経験を積む
「ゲホ、ゲホ……。くそ、なんだってんだ。お前ら、何やってやがんだ」
洞窟内から出てきた男が咳き込みながらも大声で叫ぶ。
すでに、入り口で木の枝に火をくべていた傭兵たちは下がらせている。
洞窟の穴に一番近い位置にいたのは俺だった。
先頭に立つ俺は、出てきた男をまずは観察する。
結構きれいな革鎧を着た、ちょっと頭頂部がはげた男だった。
その革鎧に違和感を感じる。
見た目はそれなりにきれいなのだが、男の体にきちんと合っていない。
とりあえず近い大きさの鎧が手に入ったから、自分で調整して体に合わせようとしたけどうまくいっていないという感じだった。
もしかして、あれは盗んだ品をそのまま使っているのかもしれない。
その男の後ろにも何人か別の男たちがいた。
どうやら、そいつらはきれいな鎧をきていないようだ。
ということは、このはげ男は盗賊たちの中ではそれなりに上位に位置する奴なのかもしれない。
戦利品の盗品を自由に使っているが、下の者にはその恩恵がなかったのだろう。
「出ろ、ノルン」
洞窟内から完全に姿を現し、そこで遭遇した俺たちを見て声を上げつつ、周りを見まわしている盗賊たち。
それを観察し終えた俺は、先陣を切って戦うことにした。
右手のひらから魔剣を出現させる。
体の中の血液がギュルギュルと動いて、手のひらに集まり、そしてそこから血が噴き出しつつ剣の形へと変わっていく。
いつ見ても不思議な光景だ。
「な、なんだてめえ……。いったい、なんなんだ」
急に現れた鮮血の魔剣に驚いたのだろう。
はげ男が声を上げる。
が、いいのだろうか?
目の前の相手が武器を手にしたというのに、そんなのんきな対応をしている余裕があるのか疑問に思う。
「ハッ」
いまだ自分の腰にある武器すら手にとって構えない男に向かって、切りかかる。
まだ距離はあった。
だが、魔力の流動を使って一気に距離を縮めることに成功する。
剣聖が使ったとされる【縮地】の効果もあったのだろう。
ダンッと踏み込んで魔剣を突き出したが、防御も何もなくその攻撃は相手の体に届いた。
「グ、ア……、ガア……」
子どもの俺とはげ男には身長差があった。
そのため、下から喉に向かって剣を突き出す形になった。
魔剣ノルンが音もなく盗賊の喉に突き刺さり、相手はただうめき声をあげるのみ。
だが、剣が突き刺さった喉元から血が噴き出ることもない。
ノルンがその血を吸い取ってしまっているからだ。
いいね。
これならきれいな革鎧が血で汚れる心配もないだろう。
(まずいな。こいつの血はもういらない)
(お前、好き嫌いとかあるのかよ。まあ、もういいけど)
どの程度の血を吸ったのだろうか。
どうやら、血があれば何でも全部吸い取りたいというわけでもないようだ。
ノルンが吸血をしなくなる。
が、特に問題ない。
もうすでにこのはげ男が動き出すことはないだろう。
初めて人を斬ったが、こんなもんか、と思ってしまった。
魔装兵と比べるとやわらかすぎる。
だけど、それは逆の立場にもなりえる話だ。
自分よりも強い相手と戦ったら紙を切るより簡単に斬られてしまうかもしれない。
これからは防御のことも考えておいたほうがいいのかな?
「あ、兄貴!! まさか、兄貴がこんな簡単に……」
喉に突き刺さった魔剣を抜き取ると、男の体が力なくバタンと地面に倒れる。
その姿を見て、後ろにいた連中が声を上げる。
兄貴?
その声を上げた男をみても、このはげとはあんまり似ていないように思う。
頭髪は遺伝しなかったのだろうか。
いや、血のつながりではなく、兄として慕っていただけの他人かもしれない。
が、まあ、どうでもいいだろう。
「動くな」
「あ、あ……」
倒れたはげ男を助けるわけでもなく、声だけを上げる連中。
そいつらに対して、俺は一言だけ告げる。
もちろん、言葉だけを投げかけたわけではない。
【威圧】のおまけつきだ。
鋭くとがった魔力を盗賊たちの胸へと突き立てる。
ビクンと体が跳ねるようにして痙攣し、うめき声だけを上げる盗賊たち。
【威圧】の効果を確認し、俺は自身の後方にいた傭兵たちへと命じた。
「おまえら、やれ。盗賊たちを一人残さず殲滅しろ」
「「「「「おう」」」」」
どうやら、俺の動きを見て止まってしまっていたのは盗賊たちだけではなかったらしい。
こちらの陣営の傭兵までもが茫然とみているだけだった。
だが、それでは駄目だ。
この作戦は傭兵団としての初めての実戦でもある。
多分、このくらいの相手なら俺一人でも大丈夫そうだけれど、他の者にも経験を積ませないといけない。
俺の声に反応した傭兵たちが武器を持って攻撃に移る。
ちなみに、傭兵たちが持つ武器は俺が支給したものだ。
剣だけではなく、槍もあれば、斧もあり、弓もあったりする。
そう、魔導迷宮で手に入れた武器を配ったのだ。
鉄製の武器でほしいものを選ばせて渡して、それを攻撃手段としている。
意外と斧が人気だったりもする。
多分、霊峰という環境下にあって一番使い慣れていたのが、木を切るための斧だったのだろう。
手斧よりははるかに大きい戦斧ではあるが、剣や弓よりも手になじむと喜んでいた者が多かった。
だが、傭兵団のほとんどの者は森の動物を殺めたことがあっても、人に対して武器を振るった経験を持つ者は少なかった。
バルカニアの住人なら、ほぼ毎年戦場に駆り出されていたので経験豊富な人が多かったが、なにせ山奥に住む連中だ。
地域間での小競り合いはあっても、大きな戦場へと行く機会というのはなかったのだろう。
それこそが、この盗賊退治の目的でもあった。
報酬目的や傭兵団としての運用云々の前に、人に対して武器を振るうことに迷いがあれば困る。
少なくとも、そんな優しい心は傭兵には不向きだ。
だからこそ、ここで経験を積み、どうしても無理なら帰らせることも考えていた。
だけど、あんまり心配いらなかったようだ。
鉄の武器を手にした傭兵たちは、動きの止まった盗賊たちへと群がるようにしてその切っ先を突き立てていったのだった。
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