決定打
レイモンドが騎乗していたヴァルキリーの上から地面へと投げ出される。
やつの右手に握られていた氷精剣は、もとの長さよりも遥かに長くなっていたことで切っ先が地面と接触している。
おかげで俺を狙って振られていた軌道からずれた。
回避不能だったはずの攻撃から逃れることに成功する。
だが、これで安全とは言えない。
レイモンドが地面に落ちた、今このときに勝敗を決めなければならない。
正直なところ、身体能力で俺は負けている。
地面へと手を突いて起き上がろうとしているうちにやつのそばへと走り寄った。
しかし、俺の攻撃は防がれた。
レイモンド自身が防御したのではない。
やつのそばにいた騎士が駆け寄ってきて、俺の攻撃を防いでいたのだ。
「邪魔だ!!!」
4人の騎士を相手に硬牙剣を振るう。
だが、その攻撃は騎士の持つ金属の剣に防がれてしまう。
どうやら氷精剣の作り出した氷の剣はそこまで硬くなかったようだ。
多分鋭さを増して、斬りつけることに特化したものだったのだろう。
だから打ち合えば砕くことができた。
しかし、鉄でできた剣ではそう簡単にはいかないようだ。
といっても、硬牙剣と鉄の剣が打ち合うごとに向こうの剣は欠けていくのだが。
俺は何度か剣を振るいながら、魔力のコントロールを行う。
眼に振り分けていた魔力の量を減らして、全身に送る魔力量を増やす。
すると相手の動きが少し早くなったように見えた代わりに、自身の力が増した。
4人の騎士の顔が引きつる。
それはそうだろう。
鍛え上げ、幾多の戦場を駆け抜けてきた騎士たちが4人がかりでも子どもにダメージを与えられないのだ。
それも、俺が魔力の再分配をしたあとには力負けし始める。
だが、それでも農民兵のように簡単に負けないあたり、騎士の強さは一般人を遥かに超えているのだろう。
しかし、その状況もすぐに変化が現れた。
俺の硬牙剣が1人の騎士の胴体にあたり、鎧を砕きながら相手を吹き飛ばしたからだ。
4人による統制の取れた動きで俺を抑え込んでいた状況が崩れる。
その後は時間の問題だった。
「これで終わりだ」
横薙ぎに振った硬牙剣が最後に残った騎士に叩きつけられる。
地面には深手を負って倒れている騎士が4人になった。
はっはっ、と息が切れる。
体がひどくだるい。
4人同時を相手にするのは疲れた。
相手の動きなどの情報を瞬時に処理するためか、脳が一番疲れたのではないだろうか。
脳と体が両方共疲れ切っている状態になってしまった。
だが、ここで気を抜くわけにはいかない。
4人目の騎士を切り倒したあと、ほんの少し息が整うのを待ってから周囲へと視線をめぐらした。
ガキン。
その瞬間、氷が砕ける音がなる。
俺の斜め後方から襲ってきたレイモンドによる氷の剣による攻撃。
それをかろうじて硬牙剣で防いだ音だった。
「いい加減、無駄な抵抗はやめよ。騎士たちを倒したのは見事だが、もはや余力はあるまい」
「いいや、諦めるのはあんたの方だよ、レイモンドさん。俺の、いや、俺達の勝ちだ」
「……何を言っている? 私がお前を倒して、軍を指揮して暴動を鎮圧する。お前たちが勝つ未来など存在しない」
「だから、それが間違っているんだよ。あんたは俺の戦術にハマったのさ」
「なに? ……馬鹿な、何だあれは?」
俺の言葉を受けてレイモンドが絶句する。
ようやく気がついたのだろう。
この戦いの決定打の存在に。
※ ※ ※
俺とバイト兄、そしてバルガスがフォンターナ軍に突撃する。
その後方からバルカ村の連中がひとまとまりになって、俺が開けた隊列の穴を押し広げるように突っ込んでくる。
レイモンドは俺を誘い出すのが目的だった。
この状況下はヤツにとって用意していた策がうまくいっていたように見えていたはずだ。
もっとも、それでも俺たちの強さを見て驚きを隠せないようだったが。
だが、俺はこの突撃攻撃だけに自分の命運をすべて掛けるわけにはいかなかった。
籠城しても本質的な勝利を得られない俺たちにとっては、バルカを討伐しにくるフォンターナ軍を野戦で迎え撃ち、撃破する必要がある。
単に勝利するというだけではだめだ。
誰がみてもわかる決定的な勝利という形が必要になるのだ。
しかし、いくら村人に魔法を使えるようにさせたとはいえ、数が負けているという前提がある。
野戦に勝つためにはひとつくらい戦術が必要だったのだ。
俺が考えた戦術はたったひとつ。
バルカ勢が一致団結して突撃攻撃を繰り出した、と思わせて別方向からの攻撃を加えるというものだった。
だが、こちらの勢力はわずか100人程度しかおらず、数を分散させると突撃時に押しつぶされる可能性が高い。
それに、こちらの数が少なければ相手にも気が付かれる可能性があった。
だから、俺はフォンターナ軍が認識していない戦力を使って側面攻撃を繰り出したのだ。
どうやらそれは成功したようだった。
わざわざ川北の陣地を必要もないのに壁で囲ったかいがあったというものだ。
レイモンドも急に作られたハリボテの要塞のような陣地に意識を向けたことだろう。
それこそが、俺の狙いだったとは夢にも思わなかったはずだ。
俺は陣地を壁で囲い、そこにフォンターナ軍の意識が集中するように仕向けて、別働隊を用意したのだ。
それも自分の村と隣村から集めた人手とは別に用意した戦力。
それが今、レイモンドの目の前に現れた。
彼の戦力であるフォンターナ軍を蹴散らしながら。
「来い、ヴァルキリー!!!」
フォンターナ軍を側面から急襲した戦力。
それは人間ではなかった。
俺が川北に作った陣地から大きく迂回するようにして川を超えてきたヴァルキリーの群れ。
それはレイモンドの騎乗しているヴァルキリーではない。
俺の持つ最高戦力である、角のあるヴァルキリー。
俺と同じ魔法を使用することができる存在。
それが群れとなり、群れの進行の邪魔となる兵士に対して【散弾】を飛ばしながら、【身体強化】した状態で突っ込んできたのだった。
たった一度の突進攻撃。
それだけでレイモンドが指揮するフォンターナ軍は壊滅状態に陥ったのだった。
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