追放
「お待たせ。もう食事は済んだの、母さん? 帰ってくるアルフォンスのためにごちそうを用意しておくとか言ってたはずだけど」
「ええ、もう食事は済ませたわ。それよりも、アルフォンスのことでちょっと聞きたいことがあるのよ、アルス」
「なに? 重要な話っぽい?」
「そうね。アルフォンスにとって非常に大きな問題だと思うわ」
「わかった。それじゃ、人払いでもしようか。部屋も移動しよう」
バルカ城へとやってきた僕たちはアルス兄さんに面会を求めた。
どうやら、ブリリア魔導国から帰ってきたばかりのアルス兄さんは溜まっていた仕事をこなすために働いていたようだ。
そして、それが一区切りしてからようやく会えた。
大切な話がある、と言って切り出した母さん。
その真剣な様子から、人の目がないところで話そうということで、改めて部屋を移動する。
城の奥のほうの小部屋に移り、そこで話を再開することになった。
「それで、どうしたの? アルフォンスの話だったよね? もしかして、東方から帰ってくる間、アルフォンスの様子がちょっとおかしかったけど、それが関係していたりするのかな?」
「気が付いていたのね。そのとおりよ。この子は自分の出生について悩んでいたの。帰ってきて、ずっと真剣な表情で聞いてきたから、私は本当のことを話したわ」
「え、言っちゃったんだ? アルフォンスが俺の子どもだってこと、もう知ってるってこと?」
「そうよ。でも、話はそれだけじゃないわ。この子はもっと別のことに悩んでいた。それは、アルフォンスがあなたに造られたのではないか、ということについてよ」
「造られた、ってどういうこと?」
「そんなの母さんが分かるわけないでしょう。ちんぷんかんぷんよ。けれど、人とまったく同じ体を造り出すことができる技術があるそうじゃない。それを使ったんじゃないかって心配しているわけ」
机をはさんで向かい合ったアルス兄さんと母さん。
僕は母さんの横に座って、話を見守っていた。
本当ならば自分で話をするべきなんだろうけど、母さんがどんどんと話を進めていく。
その頼もしい姿を見ながら、アルス兄さんの答えを待つ。
「ああ、それのことか。一応、技術的には可能だよ。遺伝子が同じ肉体を造り出す技術は魔法を応用していいのであればすでにある。もっとも、これは最重要機密だから誰にも言わないでね」
そして、そんなアルス兄さんの答えはあっさりしたものだった。
できる。
ただそれだけの事実を当たり前のように言ってくる。
「できるのね? ということは、本当にアルフォンスをその技術を使って造ったの?」
「ん? なんでそうなるのさ。できるかどうかと、やったかどうかは別問題でしょ? というか、もしかしてアルフォンスが俺のクローンだとかそういうことを言っているのか?」
「クローンっていうのがなんなのかよくわからないけど、アルフォンスの体はあなたとまったく同じじゃないかって心配しているのよ」
「なんでまたそんな突拍子もないことを言い出したんだ、アルフォンスは。なにか理由があってのことなんだよな?」
母さんと話していたアルス兄さんがそう言って僕のほうを向く。
そこで、僕は魔法鞄の中からノルンを出した。
アルス兄さんの血を吸ったことで鮮やかな赤色の剣身に変化した魔剣。
それを机の上に置きながら、説明する。
「ちょっと前に、この魔剣ノルンにアルス兄さんの血を吸わせてもらったことがあったでしょ。で、その時に、ノルンが言ったんだ。僕とアルス兄さんの血は全く同じだって」
「はい? この剣がしゃべるの?」
「あ、うん、口はないけど思念を送ってくるんだよ。頭の中に話しかけてくるって感じかな」
「へー。それってちゃんとした人格があるってことか。世の中には不思議な剣があるもんなんだな。ちょっと触ってもいいか、アルフォンス」
「うん、いいよ」
「ありがとう。……んー、駄目だな。こいつ、俺には話しかけてこないっぽいな。なんかコツとかあるのか?」
「え、いや、別にないと思うけど。僕の時はノルンのほうから勝手に話しかけてきただけだし」
「そうか。まあ、いい。ようするにこいつがアルフォンスに変なことを言ってきたってわけだな。血が同じだとかなんとか」
「そうなんだ。昔、錬金術師ってのがいたんだって。そいつは永遠の命を研究するために、自分と同じ体を造ろうとした。で、その時の人造人間は本人とまったく同じ血をしていたけど、僕とアルス兄さんもそうだっていうんだ」
「ほうほう。血の味でも感じてんのか。なるほど。それで、お前が俺の模造品だとかそういう話を吹き込んだ、と」
「うん。だから、それを確かめようと思って母さんに聞いたら、実は僕はアルス兄さんの子どもだって聞かされて。本当のところはどうなの、アルス兄さん?」
ゴクリ、と唾をのみながらアルス兄さんに改めて聞く。
僕の隣にいる母さんも、その後ろにいてまだ酔いの醒めない父さんも一緒にアルス兄さんのほうを見つめていた。
「んー、わからん。俺とお前の血が一緒かどうかを調べる方法が存在しない。だから、俺にはその可能性を否定することができない。けど、お前がリリーナのおなかから産まれてきたのは間違いないよ。リリーナが痛みに耐えて産んだ事実と、そのことからお前が俺たちの息子であることは本当だ。わるかったな、アルフォンス。いろいろ事情があったとはいえ、子どものお前には悪いことをしていると思っている」
「僕がアルス兄さんの子ども……。リリーナ様の子どもなんだ」
「そうだな。しかし、困ったな……」
「何が困ったのよ、アルス。困っているのはアルフォンスのほうでしょう?」
「いやー、そうなんだけどね。でも、俺に隠し子がいるってのは秘密なわけじゃない。それがこんなに早くアルフォンスに知られるとは思ってなかったんだよね。ちょっとまずいかも」
「何がまずいの、アルス兄さん?」
「お家騒動が起こるかもしれない。アルフォンスが俺の子だってことが知られると、それを利用しようとするやつは必ず出てくるからな。そうなると、地上のバルカ家のほうにも必ず影響が出るんだよ。……しょうがない。アルフォンス、お前、もう一回東方行ってこい。そんで、この国には帰ってくるな」
……え?
なんでそうなるの?
自分の生まれについて聞かされた僕は、その瞬間、国外追放の憂き目にあったのだった。
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