天空王の血
ゴトゴトと揺れる馬車に揺られて移動をする。
魔導迷宮から王都にあるシャルル様の屋敷に戻っていた。
まだまだずっと迷宮に潜っていたい気持ちもあったけど、もう今年も終わりに近づいている。
さすがに、迷宮の中で新年を迎えるわけにもいかない。
「ただいま」
「おう、お帰り、アルフォンス。迷宮はどうだった?」
「楽しかったよ、アルス兄さん。いっぱい戦えて、僕も強くなったんだよ」
「みたいだな。また話を聞かせてくれよ」
そんな僕をアルス兄さんが迎えてくれた。
僕が迷宮に潜っている間、ずっとここにいたみたいだ。
ブリリア魔導国にここまで長く滞在しているとは思ってもいなかった。
結構珍しいことだと思う。
けど、そんなアルス兄さんに迷宮での話をしたくて僕はうずうずしていた。
今日の夕食のときにでも、いっぱいいろんなことを話してあげよう。
(おい、アルフォンス。なんだこいつは?)
(なんだこいつは、じゃないよ。この人はアルス兄さん。僕の兄で、天空王国の王様なんだよ)
(天空王国? 聞いたことのない国だな。それにしても、こいつが王なのか。おっかねえな)
(なにが? アルス兄さんはいつも優しいよ)
(本当か? まあ、それはお前が身内だからだろうな。これだけ血のにおいをさせている奴も珍しいだろ)
(血のにおいってなにさ。っていうか、剣のくせに血のにおいなんて分かるのか、ノルン?)
僕がアルス兄さんと会って話しているときだ。
ノルンが思念で口をはさんできた。
そのノルンの言葉をこちらも思念で返す。
どうやらノルンはアルス兄さんのことが気になるみたいだ。
ただ、なにか変なことを言っていた。
別に血のにおいなんてしないと思うけど、何を言っているんだろう。
(ばか野郎。俺様を誰だと思っているんだ。血に関して、俺よりうるさいやつはいないぜ、アルフォンス。その俺が断言してやる。こいつはやばい。どんだけ人を殺してきたら、ここまで血のにおいを漂わせることができるんだって感じだな)
(まあ、アルス兄さんはいつも戦場で戦ってきたからね。負けたことがないんだよ)
(だろうな。こいつはやばいにおいしかしねえ。けどまあ、そんなことはどうでもいい。それよりも、このアルスってやつの血を飲みてえな。そうすりゃ、俺の魔力も回復するかもしれねえし)
「おい、どうしたんだ、アルフォンス? なんかあったのか? いきなりしゃべらなくなったけど」
「え、ああ、ごめん。えっとね、実はアルス兄さんにちょっと変なお願いがあるんだけど……。あ、別にいやなら全然いいんだけどね」
「お願い? いいぜ。アルフォンスのお願いならなんだって聞いてやるよ」
「本当? じゃあ、ちょっとこの剣にアルス兄さんの血を吸わせてくれないかな?」
「……は? こっわ。なにそれ」
ノルンとのやり取りで目の前にいたアルス兄さんへの返答が遅れていたようだ。
どうしたのだ、と聞いてくるアルス兄さん。
そんなアルス兄さんへと唐突なお願いをする。
剣に血をくれ、という自分でも意味不明なお願いだった。
いきなりそんなことを人に言われたら、その人の頭がおかしくなったのかと思うかもしれない。
僕のお願いを聞いて驚いているアルス兄さんにもう少し事情を説明する。
迷宮の中で魔剣ノルンを見つけたこと。
長年放置されていて、ノルンの力が落ちていること。
そして、血を取り込むことで力が戻ること。
「へー、変わった剣もあるもんだな。いいよ。血くらいいくらでもやるよ」
そう言って、アルス兄さんが自分の手首を剣で斬った。
アルス兄さんの腰につるしていた斬鉄剣という剣でスパッと手首を切って、勢いよく血が出ている。
思い切りがよすぎる。
僕はあまりの光景に驚きつつも、その手首から噴き出る血をノルンの剣身で受け止めるようにして、血を吸わせた。
(おいおいおい。なんだこれは。すごいぞ、アルフォンス。こいつは極上の血だ。魔力の質と量、どちらも最高じゃねえか。こんなにうまい血を飲むのはいつ以来だ。うめえ。うますぎる)
アルス兄さんの手首から出続ける血を魔剣が吸い続ける。
不思議な光景だった。
ノルンに触れた血はどんどん吸収されてしまうので、見た目ほど床が血に濡れていない。
ノルンは一滴たりとも逃すものかと吸い続けているみたいだ。
そして、そんなノルンは歓喜の声を上げ続ける。
うまいうまいと言いながら、ずっとその血を飲んでいるのだ。
それとともに、剣に変化が現れた。
赤黒い色をしていたノルンの剣身が、鮮血というのか、鮮やかな赤色へと変化していった。
「こんなもんでいいか、アルフォンス?」
「ありがとう、アルス兄さん。十分すぎるくらいだよ。っていうか、そんなに血を出して大丈夫なの?」
「問題ない。回復、っと。はい、これでもう元通りだよ」
しばらく血を流し続けていたが、もう十分だろうと判断したアルス兄さんが【回復】を使った。
呪文を唱えると、あっという間に切りつけた手首から傷が消える。
多分、失われた血も元に戻ったんじゃないだろうか。
普通はそこまで回復しないのだろうけれど、アルス兄さんはこの【回復】が得意だと聞いている。
ついでに、床に落ちた血も生活魔法の【洗浄】できれいさっぱりと片付けていた。
(ふぅ。うまかったぜ。極上の甘露とはまさにこのことだな)
(そう、よかったね、ノルン)
(ああ、お前にも感謝するぜ、アルフォンス。だが、まさかお前にこんな知り合いがいたとはな。一目見てやばいやつだとは思ったが、まさかここまでとは)
(なんだよ、やばいやつって。アルス兄さんはいい人だよ)
(本当かよ? じゃあ、なんでこいつはお前を自分の弟だ、なんて嘘ついているんだ?)
(……はあ? なに言っているんだよ、ノルン。僕は正真正銘、アルス兄さんの弟だよ)
(嘘だな。お前は騙されているんだよ、アルフォンス。こいつはお前の兄じゃないさ。今まで数多くの血を飲んできた俺だからわかる。断言するよ。こいつは、アルスはアルフォンスの兄ではない)
(いい加減にしろよ? 言っていい冗談と悪い冗談がある。それに、アルス兄さんが僕の兄じゃなかったらなんだっていうだ)
(そうだな。言うなれば、お前の原典、かな)
(原典? どういう意味だ?)
(アルフォンスとアルスの血は全く同一だ。お前、こいつに造られたな?)
……本当に何を言っているんだ、こいつは。
造られた?
僕がアルス兄さんに?
急にノルンが意味不明なことを言い出して、僕は再びアルス兄さんの前で停止してしまったのだった。
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