初めての実戦
ゴクリ。
自分の喉からそんな音がした。
ほとんど無意識につばを飲み込んでいたみたいだ。
緊張しているのかもしれない。
動く金属鎧の姿を確認する。
間違いなく、その腰には青い明かりの魔道具は存在しない。
であれば、あれは魔装兵ということでいいはずだ。
だが、その姿は全身が鎧を覆ってはいるものの、二本の足で立ち、歩いている。
その動き自体は人間のものとそう変わらないだろう。
もしも、この迷宮の外で見かけたのだったら、一目でそれが命なき魔装兵であるとはわからなかったかもしれない。
しかし、かといってあれは人間ではない。
あの全身鎧は見せかけのものであり、肉体はないのだそうだ。
つまり、鎧だけがそのまま歩いている。
いや、違うか。
正確にはその鎧の中には魔石があるのだそうだ。
かつて、この場所にあった魔法陣のための研究所。
そこでは、魔石から兵を作り出すための研究が行われていた。
その際、床に描いていた魔法陣とのちに持ち込まれた迷宮核が反応して、そこから魔装兵が生まれ続けているのだという。
今、僕の目の前にいる魔装兵もそうして出来上がったのだろう。
そんな魔装兵だが、生まれ出てくる際に違いがあるのだそうだ。
それはその個体の強さに直結してくる。
ここに現れた魔装兵は、その体が青銅でできていた。
その表面が青緑色をしているのが特徴だ。
この青銅の騎士は手に剣を持っている。
が、これは魔装兵は絶対に剣を持っている、ということを意味しない。
なぜだかわからないが、迷宮奥の魔法陣から生まれてくる魔装兵はさまざまな形の武器を持つらしい。
剣が一番多いけれど、槍だったり、斧だったり、弓だったりもするらしい。
つまり、それはいろんな武器を持つ魔装兵がこの迷宮内を歩きまわっているということだ。
今回の目的は、異なる武器を持つ青銅の魔装兵を相手に戦うこと。
一番最初に、自分が持つ武器である剣持ちと当たったことは、ある意味では運がいいのかもしれない。
「ふー……」
小部屋に入ってきた青銅の魔装兵を見て、もう一度呼吸を整える。
ほかにはなにもいない。
一対一だ。
この迷宮内ではこの青銅型が一番弱い相手だと聞いている。
まずはこいつに勝てないと話にならない。
落ち着いて、冷静に剣を構えていつでも戦えるように体の状態を作り上げる。
カチャリ。
そんな音がして、青銅型も剣を構えた。
お互いの距離が5mほどの場所で足を止め合って、構えている。
冷静に、いつでも相手の動きに反応できるように意識しつつ、足を運ぶ。
地面から足の裏が離れすぎないように気を付けながら、移動しつつ、魔力を練り上げていった。
呼吸によって取り込んだ迷宮内の空気。
その空気から新しい魔力を体内に取り込みつつ、その魔力を自身の魔力と練り合わせていく。
極限まで濃縮したものを今度は限界まで細分化して、小さくなった粒子のような魔力。
それを体全体に送り、体内で流動させる。
まずは目と脳に多くの魔力を流動させる。
相手の動きをゆっくりととらえ続けた。
ユラリ。
そんな風に魔装兵が動いた。
全身を覆う青緑色の鎧の体ごと、こちらへと剣を振り上げつつ駆け寄ってくる。
遅い。
そして、隙だらけだ。
その魔装兵の動きを見て、逆に混乱してしまった。
もしかして、こちらの油断を誘うための擬態なのではないだろうか。
そう思ってしまうほど、魔装兵の動きは悪かった。
ドタバタというほどではないが、それでも到底達人とは呼べないような動きで剣を振り上げたままこちらへと近寄ってくる。
大丈夫だ。
油断はしない。
相手が近づいてきて、こちらに向かって剣を降り下ろした瞬間に動く。
相手の剣をギリギリまで引き付けることで、その攻撃を回避し、こちらが反撃に出る。
そうすることで、相手は回避が困難になる。
スッと体を左側へと流すようによどみなく動きつつ、こちらも剣を降り下ろした。
まるで水が流れ落ちるような流麗さで、剣を振る。
ガキン。
そんな音を立てて、青銅の鎧を切り裂く。
その攻撃によって魔装兵の鎧は大きく傷つき、そして衝撃で後方へとのけぞるような姿勢になった。
……本来ならばこれで勝敗はつく、はずだった。
だが、相手は人間ではない。
通常であれば、体を縦に剣で斬られれば人は死ぬ。
しかし、こいつはそうではない。
命なき魔物。
そんな魔装兵は多少の傷を負った程度では倒れない。
いや、倒れたところで再び立ち上がり、剣を振ってくるだろう。
こいつの厄介なところはこれだ。
切っても死なない。
そして、その金属の鎧を何度も攻撃することでこちらの武器は痛む。
そのため、人によっては剣ではなく、鈍器のようなもので魔装兵を倒すこともあるらしい。
だが、そんなことはしない。
魔力を込めた硬牙剣は傷一つついていないからだ。
アルス兄さんにもらった強力な武器に感謝しつつ、のけぞった姿勢の魔装兵を観察する。
一瞬で脳に全魔力を流動し、相手の動きを見続ける。
わずかな鎧の動きから、数秒後の相手の動きを察知する。
鎧が傷ついたにもかかわらずこちらを攻撃しようと動き始めた青銅の騎士。
その動きの先へと剣を置くように差し出した。
僕の手から音もなく差し出された硬牙剣。
その剣先は数秒前に予想した地点へと届いていた。
さきほど切り裂いた魔装兵の鎧の傷。
その中に見えた魔石へと切っ先が当たり、魔石を砕く。
ガシャン。
すると、次の瞬間には鎧が崩れ落ちた。
魔石を失うと魔装兵は動かない。
事前に貴族院の授業で聞いていた通りの現象が起こったようだ。
こうして、僕の初めての実戦は勝利という形で幕を閉じたのだった。
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