模擬戦
「それじゃ、始めるか。いつでもこい、アルフォンス」
庭に出て剣を構えたアルス兄さん。
そのアルス兄さんが僕を見ながらそう言った。
……すごい。
こうして対面から見ているだけでもアルス兄さんからの圧力みたいなものを感じる。
それに、魔力の質がほかの人とは全然違う。
貴族院では生徒以外にも教員などの大人がいる。
もちろん、それらの人も貴族出身で皆普通よりもはるかに魔力量が高い。
けど、そんな人たちと比べてもアルス兄さんの魔力は明確に違う。
なんというか、ほかの人はもっとふわふわとした蒸気のようなのに対して、アルス兄さんのは黒く、ドロリとした感じなのだ。
普段はあまり感じないが、剣を向けて立っているそのどす黒い魔力は見ているだけで恐ろしさを感じるほどだ。
禍々しいといってもいいんじゃないだろうか。
ゴクリと唾を飲む。
だけど、ここで怯んではいけない。
まだ、アルス兄さんは剣を構えて立っているだけなのだ。
それに、アルス兄さんは剣の達人というわけではない。
実戦で身についた我流の剣だからこそ、そこに付け入るスキがあるかもしれない。
フーっと息をつき、落ち着いてからアルス兄さんへと切り込んだ。
スッと体重移動をして、体を前へと動かす。
ルービッチ家に伝わる【剣術】という魔法の中の技の一つである【縮地】だ。
足を上にあげながら歩くのではなく、腰の重心の位置を変えずに体ごと移動することで相手からはその挙動を察知しにくくなる。
正面から向き合っている相手からすると、まるで瞬間移動して近づいてきたかと思うだろう。
「うおっ。びっくりした」
相手の虚を突いて攻撃範囲に入った僕が剣を振った。
一番練習していた上からの降り下ろし。
【兜割】だ。
以前までの自分では考えられないほど滑らかな動きで剣を振り切った。
剣の動きがまるで流れるようにして上から下へと滑っていく。
この【兜割】は上手く決まれば防具すらも断ち切って相手を斬ることが出来る。
だが、その剣をアルス兄さんが声を上げながらよけた。
その顔を見ると、驚いているようだった。
多分、僕がこんな剣戟を繰り出せるとは思っていなかったんだろう。
だけど、ここで終わりではない。
降り下ろされた剣は下まで行くと即座に次の攻撃へと移る。
【燕返し】を使った。
それまで降り下ろしていた剣の軌道を左下から斜めに跳ね上げるように変える。
だが、それは力で無理やり軌道修正するのではない。
各部位の筋肉に魔力を流動させることにより体の動きを補助することで、無理なく滑らかに、まるで地面すれすれまで落ちるように飛んだ燕が一気に上へと飛ぶかのように剣が跳ね上がる。
先ほどの攻撃を避けた体が、回避行動から立ち直るよりも早く攻撃を届かせる。
僕の剣がアルス兄さんの体に届いた、ように思った。
「あっぶな」
だが、それを間一髪で避けるアルス兄さん。
本当に髪の毛一本分くらいのギリギリさで僕の剣が空を切った。
完全に虚を突いたつもりだったのに、それらが躱されてしまった。
攻撃が不発に終わったことを感じ取った瞬間には、体の中の魔力をさらに流動させる。
今度は自分の目と脳に魔力を多く流動させ、相手の反撃を見極めた。
僕の剣をギリギリで避けたということは、それだけ相手は次の攻撃に移る余裕を得ることにもなるからだ。
そのために、アルス兄さんの体の魔力までもを観察して、次の攻撃を見極める必要がある。
そしたら、アルス兄さんの目がギラっと光った。
戦いのさなかの一瞬で、僕とアルス兄さんの目が合う。
そして、その瞬間、僕は動けなくなってしまった。
魔力だ。
アルス兄さんのどす黒く、重々しい魔力が目の合った僕にたたきつけられるようにしてぶつけられた。
その魔力の圧倒的な圧力を感じ取って、僕の体が委縮したんじゃないだろうか。
金縛りにあったように動けなくなる。
ハッとした次の瞬間には勝負は決まっていた。
目の前にいたはずのアルス兄さんの体は僕の視界から消えていた。
そして、そのアルス兄さんはすでに僕の後ろへと移動していたようで、握った剣を僕の首筋に当てていた。
何が起きたかわからなかった。
アルス兄さんがどんな動きをして僕の後ろに立っているのか。
どのようにして剣を首に当てたのかわからない。
わかることといえば、僕は負けたということだけだった。
「はい。俺の勝ち」
「負けたー。なに、最後の? 体が動かなかったんだけど」
「何って、睨んだらアルフォンスが怯んだだけだよ。俺の気合い勝ちだな」
「気合いって、そんなもんじゃないと思うだけど……」
「ん? あれ? 前にバイト兄に教えてもらってなかったか? 戦いには気合いが大切だって」
「あ、言われたことはあるかも。けど、アイは気合いよりも技術を身につけましょうって言ってたんだけど」
「アイらしいな。けど、気合いも大切だよ。攻撃の瞬間なんかに大声上げながら相手に魔力をたたきつけたりするだけで、意外と相手は動けなくなったりするもんだからな。ま、実戦での小手先の技みたいなもんだけど、案外こういうのが重要になってくるんだよ」
「そっか。わかった。それじゃ、気合いも練習してみるよ」
「ああ、それがいいな。普段から声に魔力をのせて相手にたたきつける練習もありだぞ、アルフォンス。たいていの場合、それだけで相手が勝手に委縮してこっちの言い分を聞くようになったりするしな。それにしても、強くなったな。お兄ちゃん、びっくりしちゃったよ」
「本当? 強くなってるかな?」
「強いよ。間違いなく強い。同じ年齢だった頃の俺やバイト兄なんて鼻くそかってくらい強いよ。いやー、すごいな。アイの教えがあったにしても、頑張ったんだな、アルフォンス」
うれしい。
アルス兄さんに褒められた。
ただそれだけで、ものすごくうれしい。
これまでの頑張りが認められたのがたまらなかった。
そのことに気をよくした僕は、その後何度もアルス兄さんと模擬戦を繰り返したのだった。
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