成長にあわせて
「かなり良くなってきましたね。動きの無駄がなくなってきています」
「そりゃあね。もう剣の稽古を初めて三月は経ったでしょ。多少はうまくなってくれてないと困るよ」
今日も剣を振り続ける。
ゆっくりと動きを確認しながら体を動かしていく。
最初は上からの振り下ろしだけだったのが、ちょっとずつ他の動きも増やしていった。
ただ、まだ見稽古で覚えた動きをすべて身につけたかと言うと全然だ。
動作確認できていないものもまだまだある。
「失礼ながら、途中で投げ出すかと思っていました。地味な訓練ばかりではなく、もっと派手に動き回りたいと言うかと予想していましたが、こちらの認識に誤りがあったようですね」
「んー、たしかに前までだったらそうかもね。手っ取り早く強くなりたくて、あれもしたいこれもしたいって思ってたかも。でも、今の訓練が大切なものだってのは一応わかってるつもりだよ」
「失礼致しました」
「あ、けど、ほんとはもっと違う訓練もしたほうがいいんじゃないかなとは思ったりしてたんだ。もっと力をつけるために体を鍛えたりしたほうがいいんじゃないかな、とかさ」
「筋力の向上を目的とした訓練ですね? 確かに肉体を鍛えて筋力を向上させることには大きな意味があります。同じ魔力量であれば、筋力差が勝敗に影響を与える可能性は十分にありますので」
「やっぱりそうだよね。けど、アイはあんまりそのことを目的とした訓練を僕にさせようとは思ってなさそうだったから、こっちも何も言わなかったんだ。なにか理由があるんでしょ?」
僕が体の使い方をゆっくりと確認しながら剣を振っていると、アイが話を続けてきた。
今は多少の会話くらいならやる余裕ができている。
もちろん、集中力は切らしていない。
きちんと動きを修正しながらも、こっちも返事を返していく。
アイは僕が途中でこの訓練をやめるかもしれないと心配していたようだ。
まあ、たしかに地味だしね。
実際、最初はもっとアイと模擬戦したいという気持ちがあったのも間違いない。
それに、もっと直接的に力をつけて強くなりたいということも考えていたからだ。
魔力を使って体を強化することはできる。
けど、それは掛け算みたいなものなんだと思う。
基本となる体の強さがなければいくら魔力で強化しても弱い人になってしまう。
実際、ルービッチ家の【剣術】という魔法を使える騎士たちは体を鍛えているらしい。
いくら魔法でかつての剣聖と同じような動きができるようになっても、肉体がそれについていけなければ何の意味もないからだそうだ。
だけど、アイはもっと体を鍛えようとは言わなかった。
魔力を鍛えて、脳を鍛えて、正しい動きを体に刻み込む。
アイが求めていたのはずっとそれだけだったのだ。
そして、それにはきちんと理由があるらしい。
「はい。アルフォンス様の年齢がその理由です」
「僕の年齢?」
「そうです。アルフォンス様はまだ肉体が成長途中なのです。ここで無理に筋力をつけるために専用の訓練を行うのは逆効果となる可能性が高かったのです。一説によると幼少期に筋肉を鍛えすぎると身長が伸びなくなる、とも言われています。もっとも、これは要検証事項ですが」
「へー、そうなんだ。あれ? けど、それならこの剣の訓練はやってもいいの?」
「大丈夫でしょう。そのために、先に自然治癒力を高める訓練をしたのですから。事実、これまで確認したアルフォンス様の体の状態は至って健康です。訓練による悪影響は現在のところ、確認されていません」
やっぱりいろいろと考えてくれているんだな。
自分が成長したときのことなんて考えたこともなかった。
訓練しすぎて体に無理がくることがある、なんてのは人体解剖図の本を見ていたときにも聞いていた。
けど、それを自分のこととは結びつけていなかったように思う。
訓練はすればするだけいいものだ。
そう思っていたけど、そうじゃないらしい。
ゆっくり休むのも訓練の一環だと言われている。
それに食べることもだ。
食事は魔力の吸収だけじゃなくて栄養もしっかり摂る必要がある。
そういって、いろんな食材を豊富に、どれかに偏ることなく摂るようにと言われている。
「ありがとうね、アイ。なら、今まで通りの訓練を続けていけばいいってことだよね」
「はい。ですが、ここらで新しいことにも挑戦していくのもいいかと思います。次の訓練を行えば、今までよりも力をつけることができるでしょう」
「本当? けど、いいの? まだ剣術の動作確認は全部終わっていないんだよ?」
「かまいません。これから行うのは動作確認と並行して行っていくからです」
僕はまたてっきり、今の訓練がしばらく続くのかと思っていた。
けど、アイは新しい要素を入れていくつもりらしい。
そして、それをすれば力がつくという。
嬉しい。
やっぱり、本音を言えば力がついた方がやってる感じがするからだ。
特にクレマンたちと喧嘩したときには明確に力負けしていた。
いくら剣の動きがよくなっても、相手にゴリ押しされたら負けるかもしれない。
だからこそ、いずれは力をつけたい。
そう思っていたからだ。
アイからそのための提案があるということは、これからの成長にも邪魔にならない訓練だってことだし、嫌なはずがない。
こうして、僕はさらに新しい訓練をアイに教えてもらうのだった。
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