戴冠式
「聖光教会が教皇であるパウロがここに宣言する。この時をもって、アルス・バルカを天空王と認め、ここに神の祝福を捧げる。聖域。浄化」
フォンターナの街にある大教会。
ガロード暦6年になったばかりのこの日、教会で戴冠式が行われた。
本来ならば雪が降り積もり、人々は寒さを避けるために家にこもるはずの時期。
だが、この年のこの日は大教会の中も外も、そして街の中も多くの人が出歩いていた。
大教会の中には多数の貴族とそれに連なる騎士がいる。
本当であれば城で自らの主に新年の祝いを告げるのが通例ではあるが、今年はその主もここにいるからだ。
大教会の中は御神体である女神の鎧のおかげですでに清浄な空間になっているが、それにもかかわらずパウロ教皇が【聖域】を唱えて場を清める。
片膝をついて頭を下げた俺を中心に、【聖域】の光が広がった。
そして、次に唱えた【浄化】はパウロ教皇が持つ王冠にかけられた。
その王冠は黄金を中心にいろんな金属や宝石が散りばめられている。
どうやら、この王冠は俺の戴冠式にあわせて特別に作られたものらしい。
そして、その王冠が【浄化】で清められた状態になったことを確認して、パウロ教皇はそばにいたフォンターナ王に手渡した。
フォンターナ王であるガロード。
かつて、俺が名付けを受けて騎士として叙任したときのフォンターナ家当主カルロスのたった一人の子どもだ。
そのガロードも今年で9歳になる。
まだ幼いとは言え、これまでにもいくつもの国の仕事を任されてきた経験もあるのだろう。
多少の緊張は見えるものの、堂々とした様子でパウロ教皇から王冠を受け取り、前に出た。
頭を下げた俺の前まできたガロードがそっと王冠を頭の上に載せる。
そして、その腰から剣を引き抜いた。
フォンターナ家が持つ家宝の剣でもある氷精剣。
魔力を注げば氷の剣が生み出されるその魔法剣を手にしたガロードは、その剣をそっと俺の肩の上に掲げて言葉を発する。
「天空王アルス・バルカ。貴公を天を統べる王として認めよう。これからもフォンターナの一員として励め」
「はっ。ありがたき幸せ。これからも我が生命と命運はフォンターナとともにあり。フォンターナを守る盾となり剣となって働くことをここに誓います」
ガロードが発した言葉に返答する。
すると、ガロードが俺の肩に掲げていた剣を持ち上げ、大きく振ってから腰の鞘に納めた。
どうやらうまくいったようだ。
パチンという気持ちのいい音が大教会の中に響く。
それまでは固唾を呑んで見守っていた周囲からワッと音がして、大きな拍手が響き渡る。
それが外にまで聞こえたのだろう。
その音の波は教会の外にまで広がり、そしていつしかフォンターナの街中へと広がっていった。
すでに、俺の前にドーレン王の戴冠式も終わっている。
ドーレン王はパウロ教皇によってカイザーヴァルキリーからドーレン家の王の座を返還されており、同じようにガロードから王冠を頭に載せられていた。
こちらの王冠は俺のとは違い、もともとドーレン王家が持っている由緒正しき代物だ。
この儀式が終わったことによって、俺とドーレン王はこの場にいるすべての貴族や騎士から王であることを認められつつも、フォンターナ王の下につく立場であるということを明確に示すことになった。
そのため、この日をもってフォンターナ王国はフォンターナ連合王国として再出発することとなったのだった。
※ ※ ※
「それでは、これより継承の儀を執り行います。新婦エリーはこちらに」
「はい」
ドーレン王の王位返還の儀式があり、俺の天空王戴冠式が行われた同日。
その日はそれでおしまい、というわけではなかった。
午前中に2つの儀式を行ったにもかかわらず、さらに午後にはもう一つの一大イベントがあった。
それは結婚式だ。
結婚するのはフォンターナ連合王国の盟主であるガロードと俺の妹であるエリーだ。
ガロード9歳に対してエリーは今年で11歳。
なんとも幼い年齢の2人の結婚式ではあるが、意外と女性の結婚としてこの年齢というのは貴族などでは珍しくはないようだ。
まあ、俺も10歳で結婚したしそんなもんといえばそんなもんなのだろう。
この結婚式は俺が王になるという話が出たあと、急に決まったものだった。
というのも、俺が特殊な王位につくという条件であれこれいろんな付帯事項が提示されたので、こちらも負けじと条件を出したのだ。
特に俺が死んだ後にフォンターナ家にバルカニアが相続されるというのであれば、個人的な心情としても血の繋がりのある者に譲りたいという気持ちがあった。
そこで、ガロードとエリーの結婚を急がせたというわけだ。
継承の儀を行っておけば、あとはエリーが後継者を産めばその子が次のフォンターナの王になるだろう。
この条件はそれほど抵抗なく受け入れられた。
というのも、他の者にとってもメリットがあったからだ。
天空王として独立する俺という存在。
フォンターナ連合王国の国政の場から切り離しておきたいという諸々の意図があり、俺が王になったわけだが、だからといって野放しにするには危険だ。
というわけで、フォンターナ連合王国側としても保険が欲しかった。
この結婚が行われれば、俺と血のつながった妹であるエリーは今後ずっとフォンターナの街に住むことになる。
つまり、妹エリーと息子アルフォードがフォンターナの街にいることになる。
空の上ではなく地上に俺の血縁の者がいるという状態であれば、多少俺に対しての牽制が効く、というのが狙いだ。
もし変なことをすれば王妃の身が危ういことになるかもしれない。
あるいは、王妃になにかあるかもしれないからフォンターナ連合王国のために働け、という主張もできる。
ようするに、人質的な意味合いも含んでいるのがこの結婚話の裏側だった。
俺や外部の者の利害関係によって、この結婚は急ぎ行われることとなったわけだ。
だが、当の本人たちはそんなことを気にしていなさそうだ。
ガロードなどは結婚式の間、ずっと緊張している様子だった。
俺に対して王冠を持ってきたときのような堂々とした様子はなく、同側の手足が一緒に前に出るほどに緊張している。
この若いふたりはかつてはバルカ城で一緒に生活していたこともあり、幼馴染のような関係でもあった。
いずれ将来は結婚するんだよ、なんて話も聞かされていたのだろう。
そのわりには初心な感じで、義務的なものは全くなさそうだった。
エリーのほうがちょっと年上ということもあり、お姉さんぶっているが、なかなかどうしてうまくやっていってくれそうだという印象を受けた。
多分、大丈夫だろう。
2人の結婚式を王冠をかぶったまま見守る俺。
こうして、貧乏農家に転生した俺は異世界に生まれ落ちて20年という月日を得て、王になったのだった。
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