警告と調整
「よく来てくれました、ブラムス殿。そして、ゲイリー殿。今回、二人を呼んだのは話がしたかったからです。私が言いたいことがなにかわかりますよね?」
「……はっ。アルス・バルカ殿の今後について、ではないでしょうか」
「そのとおりです、ブラムス・フォン・ルービッチ殿。なにやら評議会が私の知らない間にいろいろと動いてくれたようですね」
「はい。僭越ながら、私がルービッチ家を代表して、エルメス家と共同で評議会に議題を提出いたしました。アルス殿の功績に報いるためにできることはないかと考えた結果、フォンターナ王に対して意見を奏上することとなりました」
「それがバルカ王の話になった、と」
「そのとおりです。その奏上を受けてフォンターナ王はその意見にご賛同いただきました」
リオンと話し終えた俺は、再び場所を移動した。
フォンターナの街に戻ってきたのだ。
そして、そこで二人の貴族と会って話をすることにした。
ブラムス・フォン・ルービッチとゲイリー・フォン・エルメスだ。
この二人は比較的まだ若い。
なにせ、俺が大将軍としてフォンターナ軍を引き連れてルービッチ家とエルメス家を下した後に、両家の当主になった。
その時いた本来の当主に対して息子に力を継承することを要求したからだ。
そんな二人の貴族家当主だが、おそらくは、こいつらが俺をバルカ王にすると考えたわけではないだろう。
むしろ、隠居させられた前当主のほうがこういうことを考えるのではないかと思った。
つまり、力を失い、家を息子にまかせたものの裏から口を出していたという感じではないかと思う。
なので、この場でこの二人を強く責めたとしてもあまり意味がないかもしれない。
「そうですか。フォンターナ王にそこまで評価していただけるというのは大変ありがたいお話です。けれど、非才なこの身で王位につくなど分不相応ではないかと悩んでいるのですよ」
「そんなことはありません、アルス殿。限定的な形であるとは言え、アルス殿が王位につくことは評議会に参加した者も皆認めていました」
「ブラムス殿の言うとおりです。我がエルメス家はアルス・バルカ殿を非才であるなどとは考えておりません。だからこそ、ルービッチ家と共同でフォンターナ王に奏上することにしたのです」
「……ありがとうございます。歴史あるルービッチ家やエルメス家のご当主様にそのように言っていただけるというのは大変ありがたいことです」
エルメス家のゲイリーはともかく、ルービッチ家のブラムスがここまで意思が固いというのは少し驚きだった。
というのも、以前一度だけブラムスとは意見が対立したことがあったからだ。
それは、フォンターナ軍の軍政改革のときのことだ。
それまでは農民をかき集めて常備軍をつくっていただけのフォンターナ軍。
それをルービッチ家やエルメス家、そして【合成】などの魔法を使うブーティカ家を倒してフォンターナに取り込んだ後、俺はフォンターナ軍を新たな形に変えることにした。
それは、徴兵した兵に対して名付けを行うというものだった。
バルカが名付けした兵は工兵として、バルトが名付けすれば騎兵、エルメス家であれば偵察兵、そしてリード家は通信兵というように兵科を造ったのだ。
それぞれの魔法を兵に与えることで、軍という組織がより機能的に動きやすいように再編することを目論んだ。
だが、それにルービッチ家は反対していたのだ。
【剣術】が使えるルービッチ家が名付けをしていれば剣兵としてフォンターナ軍に組み込むことも考えていた。
けれど、ルービッチ家はそれを拒んだ。
理由は簡単だ。
それまでの伝統に反するということがルービッチ家の言い分だった。
貴族はそれぞれの祖先から受け継ぐ独自の魔法を使うことができる。
そして、各貴族は配下に名付けをして魔法を使えるようにするかわりに、その者を騎士として取り立てて主従関係を結ぶ。
それはどの貴族と騎士でも共通した関係であり、社会秩序でもあったのだ。
それをフォンターナ軍は壊そうとした。
そのへんの農村から徴兵してきた兵に対して気軽に名付けして戦力とする。
そのことについて、貴族であるルービッチ家として認められないと主張して、剣兵という兵科ができなかったことがあったくらいだ。
その点にかんして言えばエルメス家はもう少し柔軟だった。
伝統に反することではあるが、領地を失ったエルメス家に残された生き残る道はそれしかないと切り替えてフォンターナ軍の兵に対して名付けを行い、その人数に応じた金額を受け取ることを選択した。
これはきっと、エルメス家が長い間、農作物の収穫しづらい山がちの土地しか持っていなかったことが関係しているのかもしれない。
伝統や誇りだけでは腹は膨れないという思いがあったのだろう。
そして、今のルービッチ家はかつてのエルメス家以上に辛い状況にある。
今のルービッチ家は貴族家として認められているものの、それに見合うだけの稼ぎがないのだ。
そんな困窮する状況がルービッチ家を変えたのかもしれない。
ブラムスはフォンターナ軍に所属して将軍として兵を率いる立場になってはいる。
が、兵に対して名付けしたりはしていないので家を存続させるだけの金が入ってこない。
そんなところに、バルカが開発した兵器が登場してしまった。
魔銃だ。
攻撃用の魔道具であり、遠距離攻撃を可能とする騎士が相手でも通用しうる兵器。
そんな魔銃がバルカ軍で実戦運用され、そして覇権貴族であったラインザッツ家に多大な被害を与えた。
この衝撃的なニュースをルービッチ家はどのように受け取っただろうか。
かなり焦ったに違いない。
だからこそ、伝統を重んじるはずのルービッチ家がその主義主張をかなぐり捨てて、一世一代の大博打に出たのだ。
農民出身である俺を王にする。
本来の、歴史ある貴族家としての立場であれば絶対に認められないこの奇策に打って出たのだ。
「ただ、お二人の行動はいささかまずかったかもしれませんね。なんの権限も与えられていない評議会が宰相であるリオン・フォン・グラハムを飛び越えてフォンターナ王であるガロード様に意見するというのはどうかと思います。リオンより然るべき沙汰が下るでしょう。また、今後、評議会はフォンターナ王への直接の奏上は禁止とします。必ず宰相に意見を挙げるようにお願いしますね」
「はっ。出過ぎたまねを致しました。今後はそのように徹底いたします」
最初は勝手な動きをしたルービッチ家やエルメス家に文句を言おうかとも考えた。
だが、やめておいた。
俺が王位につくのであれば、ルービッチ家やエルメス家を含めた評議会の連中とは仲良くしておいたほうがいい。
ただ、評議会が暴走しないように一定のルールを守らせるように留めておこう。
そのことをチクリと釘を刺しつつ、今回は特別に見逃すことで貸しを作る。
ただ、二度目はない。
こちらの意向を無視して勝手に動けばどうなるか、少々威圧感を与えつつ注意をうながした。
これでも勝手な動きをするのであれば、リオンと相談してなんらかの手を打つことになるだろう。
もしかすると、ラインザッツ家のような結末になるかもしれない。
俺のそんな考えが二人にも伝わったのだろう。
頬に冷や汗をかきながら、評議会は今後ガロードに直接奏上しないことを認めた。
そんなふうにガッツリと釘を刺してから、バルカ王になった際の条件などの細部をもっと詰めていく。
特例中の特例として王になることを認めるという向こうの主張と、こちらがいかに損をしないようにするかのすり合わせをしていくことになった。
それから何度も話し合いの場を持ちつつ、さらに月日は経過して、いつしか冬になっていったのだった。
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