開戦
さて、どうしようか。
前に出てきたものの俺の話す内容で味方を鼓舞し敵の戦意を削ぐような事ができるだろうか。
難しいかもしれない。
ならば発想を変えよう。
こういうのはわりとその場の空気というものに影響されるものではないだろうか。
つまりは、話す内容よりも別のことで相手に勝てばいい。
俺が向こうの口上を聞いているときに感じたのは声の通りがよいということだった。
遠くまで通るよく聞こえる声のおかげで、なんというか話の内容云々と言う前に、素直に従ってしまうような説得力のある声に聞こえたのだ。
ならば俺はその声よりもよく通る声を出そう。
だが、普通に話すだけではだめだ。
大声を出すだけでも足りない。
ならば頼るべきは魔力しかない。
俺は騎乗しながら移動している間に魔力を練り上げ始める。
そして、その魔力を体の一点に集中させた。
声帯だ。
人間の体の仕組みとして、声を出すというのはのどの奥にある声帯が震えているということにほかならない。
喉の奥にある声帯が空気の振動を音として、意味のある言語として発するのだ。
そこに魔力を乗せるイメージをする。
俺の喉にある声帯が震える振動を、空気とともに魔力も合わせて口から外へと発する。
そうして、聞くものに魔力ごと叩きつけるのだ。
「フォンターナ家は俺にバルカの土地の所有を認めた。証文まで残し、正式に認めたのだ。しかし、バルカが発展し始めたのをみてそれを奪おうとしている。俺たちの土地を奪い、その土地にあるものを奪い、さらにはバルカに住む人までもを奪おうとしている。その証拠がこの間の傷害事件だ。俺の弟はなんの罪もないのにもかかわらず無抵抗に傷つけられた。こんなことが許されていいのか。俺たちは自分たちの土地を、ものを、そして自分自身を守らなければならない。今こそ、バルカに住むものの力を見せるときだ。戦え、戦士たちよ!」
意外とすらすらと言葉が出てくる。
最初は何を喋ったらいいのかわからなかったが、一度話し始めると止まらなくなってしまった。
俺も自分で思っていたよりも、今回のことでいろいろと腹に据えかねていたのかもしれない。
いかに相手が非道で常識を欠き、理不尽なのかをあれこれと言い続ける。
魔力を声帯に集中させるということもどうやら成功していたようだ。
敵味方双方ともにピクリとも動かずに俺の言うことを聞き続けている。
いや、最初に喋っていた男が途中で割り込もうとしていたのだが、俺の声に負けて聞き取れなかったのだ。
フォンターナ家への糾弾とあわせて、「戦え」というフレーズを随所に入れて話し続けていたからだろうか。
どうやら見た感じでも相手の士気は低下し始めてきて、こちらは前のめりになりそうなほど戦意高揚している。
ちらりと後ろへと目を向けて、俺自身が驚いた。
まるで獰猛な犬が限界ギリギリまで首輪につながった綱を引っ張りながらも目の前の標的に噛みつこうとしているような、そんな印象を受けたのだ。
自陣営の連中はみな、解き放たれるのを今か今かと待っている状態。
これならそろそろいいだろう。
「全員突撃! 敵を殲滅しろ!!」
こうして、俺達は戦闘に突入したのだった。
※ ※ ※
「邪魔だ、どけ!!」
号令をかけた俺は先頭をひた走る。
騎乗した状態で500人を超える集団の真ん中へと向かって突っ込んでいく。
フォンターナ軍の前で喋っていたやつが俺の突撃をみて軍中へと引き返していくのを追いかける形だ。
なんというか、この状況に酔っているのではないだろうか。
いや、さっきの前口上を自分で話しながらボルテージをあげていたというのが正しいのかもしれない。
普通ならば躊躇するだろう突進攻撃をなんの迷いもなく選択してしまっていた。
だが、それは失敗ではなかった。
それまで魔力を叩きつけるようにして話していた俺がいきなり全軍突撃を命令して突っ込んできたのだ。
相手のほうとしては対処するための精神的な猶予がなかった。
もしかしたら、本来であれば人数をまとめて盾と槍を組み合わせて槍衾という防御態勢を取るつもりだったのかもしれない。
弓で矢の雨を降らせるつもりだったのかもしれない。
だが、相手の先頭集団はその準備も整わぬまま俺の騎乗突進攻撃をモロに受けてしまった。
手にした得物を右に左にと振りまくる。
今、俺が手にしているのは棒だ。
硬牙剣も持ってきているが、騎乗姿勢で使うには少しリーチが短い気がしたのだ。
だからかわりに別のものを用意していた。
俺が魔法で作り出したのだ。
硬化レンガという硬い物質を使いやすい長さと太さで。
剣と違い刃がないが、それでも金属にひけをとらないほど硬い棒で殴られれば当然ものすごいダメージになる。
だが、俺は自分の力に驚いていた。
俺には【身体強化】という呪文がある。
呪文を唱えるだけでも体を強化できるのだが、それは普段使いやすいようにそこそこの強化倍率になるように設定している。
だが、今使っているのは呪文を使わず練り上げた魔力を全身に送って最大限に体を強化する魔法だった。
呪文を使うよりもさらに自身の体を強化して、硬化レンガの棒を振り回す。
これが予想以上の効果を発揮したのだ。
硬化レンガの棒で叩かれたフォンターナ軍の農民兵。
それが吹っ飛んでいったのだ。
棒で殴られて後ろに倒れたとかそういうレベルではない。
まるで後方へと弾かれたようにして吹き飛ばされ、さらにその後ろにいた農民兵ごと地面へと激突していたのだ。
「はは、何だこれ。ここまで強化できたのかよ」
その光景を見ながら、俺は笑ってしまっていた。
圧倒的な力で相手をなぎ倒す。
冷静に考えればひどく野蛮な行為だ。
だが、この戦場という場において、それは精神を高揚させ、脳内の快楽物質を吹き出すための行動としかならなかった。
俺はテンションをあげ続けながら、フォンターナ軍の中央に向かって敵を吹き飛ばしながら突き進んでいったのだった。
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