評議会の策謀
「……そういうことか。ようするに、ほかの連中にとっては俺が邪魔になった。だから、国から締め出す形で追い出したかったってことですか」
「それはわかりません。純粋にあなたを王として認めて、その地位につけようと考えてのことかもしれませんから。とはいえ、そうであればまずはあなた本人へと内密に相談があって然るべきでしょうね。それをせず、教会に話が持ち込まれる時点でそうではない可能性はあるでしょうね」
シグマ・ドーレンに対しての王位返還についてパウロ教皇と話していて、とんでもない話を聞くことになった。
俺が王になる、という内容のものだ。
あまりにも唐突に、しかし、放ってはおけない話なのでパウロ教皇に詰め寄るようにして事の次第を確認する。
そうして、おおよその話の流れがつかめてきた。
この話は政治的な内容だ。
というのも、おそらくこの話を考えた連中の一番の目的はフォンターナ王国における俺の影響力を一時的にでも排除したいという思いがあるのではないかと予想されたからだ。
現在の俺はフォンターナ王国の財務大臣という、これまで存在しなかった聞き慣れない役職についている。
これは俺が宰相兼大将軍という地位を退いて、新たに作ったものだからだ。
財務大臣は基本的にフォンターナ王国の財政的なことに対して責務を負うこととしている。
が、実体はどうかというと非常にあやふやなものだ。
なにせ、財務大臣職についていながらもカイル・リードによる領地切り取りに帯同し、聖都跡地を天空霊園などと称して自身のものにしながら、先代ドーレン王の遺体を発見したと言って葬儀をすると主張しつつ、暫定王をフォンターナの街に連れ帰ってきているのだ。
これらはすべて独断であり、対外的な交渉はすべて事後報告で宰相であるリオンに押し付けている。
つまりは、現在のアルス・バルカという存在はフォンターナ王国内でどの程度の権限を持っているか、それがよくわからない状態に近い。
それを嫌がる者は当然いる。
邪魔に思う者もだ。
そして、そんな者たちが複数集まって日頃話し合いの機会を持っていた。
それは、フォンターナ王国にある評議会だった。
評議会というのはフォンターナ王国に所属する貴族や騎士から構成される集団だ。
といっても、この評議会そのものには直接的にはなんの権限も与えられていない。
それは、まだフォンターナが貴族領だったころからの流れが関係している。
フォンターナ家の当主であったカルロスが亡くなったとき、即座に俺が動いて次の当主であるガロードの身を抑えて当主代行となった。
そして、数多くいる騎士たちを無理やりまとめ上げてしまったのだ。
その後、いくつもの貴族領を攻略し、フォンターナ家は拡大していった。
だが、そうなると当主代行である俺は農民出身であり、かつただの騎士でありながら、それまで貴族である者たちの上に立つという状態になった。
これは、俺の戦場での実績があり一応認められていたが、非常に危ういバランスのもとに成り立っていた。
なので、ガス抜き的な位置づけで評議会は誕生し、今に至るのだ。
俺はフォンターナ王国でなにかしようとしたときに、なんの権限も持たない評議会に対してそのことを議題に上げて審議させたりしていた。
そして、貴族や騎士の目線からどうしてもその議題に納得しかねるという意見があれば、可能な限り俺は譲るようにしていた。
すなわち、ご意見番のような、チェック機能として評議会を使っていたのだ。
これによって、それまでフォンターナ以外で貴族として権力を持っていた者たちの顔もある程度たてていたという面もある。
これがうまくいっていたのかどうかはわからないが、少なくとも俺が宰相を退くまでは大きな問題は起こらなかった。
どうやら、この評議会が今回の問題についての大元のようだ。
俺がいない間に、アルス・バルカを王にしてはどうか、という意見が出たという。
そして、そんなありえない意見が何故か通ってしまい、今に至る。
その狙いは王にするためにはいくつかの条件がつく、という付帯事項にあった。
アルス・バルカをバルカ王として認める。
しかし、現在アルス・バルカはバルカ家の家督をすでに息子のアルフォードに譲っており、隠居中の身である。
すなわち、バルカ領はアルス・バルカの土地ではない。
であるので、特別にバルカニアと天空霊園のみをバルカ王の国土として認める。
また、この王位はアルス・バルカの功績を認めたうえでの特例中の特例での話であり、通常の王位とは異なることとする。
バルカ王の王位はアルス・バルカ個人のものとして、死後は子々孫々に対して譲られることはない。
そのため、バルカ王亡き後のバルカの国土はフォンターナ王のものとしてフォンターナ王国に帰属するものとする。
パウロ教皇に聞いた限りではだいたいこんな感じらしい。
ついでに言えば、王になればフォンターナ王国の財務大臣の仕事もさせられないから退職することになるそうだ。
さらにいえば、現在アルフォードが当主を務めるバルカ家は王族とは認めないときた。
ようするに、俺に王位という名誉ある地位を与えるから、フォンターナ王国に関わるなと言いたいのではないだろうか。
そして、死んだ後はその財産を全部持っていこうという算段のようだ。
「この話の発案及びまとめ役はブラムスやゲイリーたち、か。ちょっといじめすぎたかな?」
そして、その首謀者たちはかつて俺が大将軍として攻略し、フォンターナ王国へと取り込んだ貴族たちだ。
【剣術】を使う剣聖の末裔であるブラムス・フォン・ルービッチのルービッチ家。
そして、【分身】や【隠密】を使うゲイリー・フォン・エルメスなどのエルメス家。
とくに、この2つの貴族家が大きく動いたようだ。
こいつらの家はフォンターナに取り込んだときに、力をつけさせないように領地を与えずにいた。
その代わり、フォンターナ軍の兵に対して名付けをさせて、その数に応じた金額を支払うという提案などもした。
つまり、ルービッチ家やエルメス家はフォンターナ王国内では貴族として認められてはいるものの、領地を持たない家になってしまっている。
これの不満があったのだろう。
だが、不満があってもそれを表立って行動に移すには難しかった。
なんせ、俺は本当はそうではないにもかかわらず武闘派のような印象を持たれていたからだ。
文句を言えば家ごと潰されるかもしれない。
そんなふうに思っていたのだろう。
だから、虎視眈々と機会を窺っていた。
俺に勝つのではなく、フォンターナ王国内から俺の影響力を一時でもいいから切り離す。
そうすれば、自分たちが再び力を得られるチャンスが有ると考えたのかもしれない。
そして、その絶好の機会がきたというわけだ。
俺がリード家の手伝い戦に出ているという状況。
さらにその後に、リオンがフォンターナ軍を率いて王都に駐屯した。
つまり、フォンターナ王国の首都であるフォンターナの街に残った面々の中では一番力のある貴族として彼らだけに近い状況になったのだ。
その状況を好機とみて評議会に議題を提出した。
俺を王にするという名目で国の中枢から追い出すという計画を発動した。
そして、それはうまく話が進んでいるらしい。
なぜなら、フォンターナ王であるガロードがそれを認めたらしいからだ。
ガロードへの説明では、俺に対する報酬である、と言ったのではないかというのがパウロ教皇の考えらしい。
つまり、リード家を手伝って王都や王都から北部の貴族、あるいは覇権貴族であるラインザッツ家を倒した俺に対する恩賞をどうするかという話を利用した可能性がある。
あまりにも大きな功績を上げた俺に普通に報酬を与えるのは、結構難しいレベルになってきている。
それこそ、その功績に見合う領地を与えるとなると誰の領地を取り上げるかという話にもつながりかねない。
だが、バルカニアなどを国土にしたバルカ王という地位そのものを報酬にすれば、フォンターナ家が出す報酬はないに等しくなる。
当代限りの名誉を与える代わりに褒美を我慢しろ、ということになるのだろうか。
本来ならば渡すべき領地を与えずに、国政から切り離す。
そうして、自分たちが国内で更に力をつけて、いずれは領地を手に入れようというのが狙いなのかもしれない。
パウロ教皇との話し合いで、俺たち二人はおそらくそんな感じではないかと結論づけた。
「どうするのですか、アルス? この話に納得がいかないのであれば、動くならば今のうちでしょう。正式に話が来てから断れば、あなたはフォンターナ王の命令に逆らうということになりますよ」
「うーん。そうですね。……よし、ちょっとリオンと話してきます。あいつがこの話を知っているかどうか確認する必要もありますし」
「そうですね。私はフォンターナ王国の内情にまで入り込むべき立場ではありません。私の話もあくまでも噂話として、きちんと確認しておくほうがよいでしょうね」
「ええ。ですが、ありがとうございました、パウロ教皇。この話を知ることができたのはよかった。助かりました」
そう言って頭を下げる。
やれやれだ。
どうしたものやらと頭をかきながら、俺は大教会を出て、リオンと会うために再び王都へと移動したのだった。
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