やりすぎ問題
「あ、出てきた。やっぱり、この森の中にいたのはアルス兄さんだったんだね」
「いやー、まいったぜ。カイルを助けにいこうと魔導飛行船から飛び降りてきたってのに、カイルの精霊の攻撃に巻き込まれちまったからな」
「ごめんね、アルス兄さん」
「いいよ、気にしなくても」
ラインザッツ家当主のシュナイダー・ド・ラインザッツをカイザーヴァルキリーに【収集】させ、その他の雑務を終えた俺はようやく植物の結界から脱出した。
といっても、そこから出るのは簡単だった。
カイルの契約している精霊が植物を操作して道を作ってくれたからだ。
まるで海を2つにわけたモーゼの伝説のように、鬱蒼と繁る森の中の木々が左右に分かれていく様はなんとも神秘的なものを感じた。
その植物のアーチの下をカイザーヴァルキリーに乗って移動して、出てきたというわけだ。
そして、その先にいたカイルと数時間ぶりの再会を果たす。
どうやら、カイルは全くの無事だったようだ。
奇襲を仕掛けてリード軍本陣まで肉薄していたように見えたラインザッツ精鋭部隊の動きは、どうやらカイルの手のひらの上の出来事だったらしい。
何度も【刹那】を使わせてリード軍の守りを突破させながらも、事前に準備していた地点にまで精鋭部隊が来るまで待つ。
そして、その死地へと精鋭部隊が入り込んだのを見届けたうえで、精霊に植物の結界を発動させたということらしい。
結果、急激に伸びた植物にシュナイダー率いる精鋭部隊は動きを絡め取られてしまった。
彼らも結構長い時間抵抗はしていたらしい。
だが、一人二人と時間が経つごとに精鋭たちが植物に身動きを封じられ、最後には当主であるシュナイダーだけが残った。
そして、それとは別に結界内で動いている存在がいたらしい。
もちろん、それは俺だ。
カイルからすれば事前に用意していた罠に俺が自分から飛び込んでいったように見えたことだろう。
無駄な時間を過ごしてしまった。
おかげで、俺が植物の結界から出てきたときには、もうほとんどラインザッツ軍との戦闘は終わっていた。
幻想華のドームが炎上していたのも今では消されているし、その他にいたラインザッツ軍もすでに無力化しているらしい。
このラインザッツ平野での戦いで、俺は実質的にほとんど働いていないなと思ってしまう。
ただまあ、ラインザッツ家当主を討ち取ったので勘弁してもらおう。
「そう言えば、この植物の結界の中にラインザッツ軍の精鋭部隊が残っているぞ。まだ生きているやつもいた」
「あ、そうだね。その人たちを回収しておかないと。そう言えば、当主のシュナイダー・ド・ラインザッツ殿はどうしたの? 見かけたんでしょう、アルス兄さん?」
「うん。いたよ。ただ、もう彼はこの世にはいない。きっと神の待つ天界に向かったんだろうね」
「……なにをしたの?」
「いや、ちょっと、カイザーヴァルキリーにね。【収集】してもらっただけだよ、うん」
「あー、そういうことか。なら、もうラインザッツ家は終わりだね。家として続かないってことでしょ?」
「そうだな。ついでにいうと、ラインザッツ家の配下もほとんど終わったも同然だ。【超加速】とかも使えないしな」
カイルと再会した俺は、その後、リード家の本陣まで行ってカイルと話し込んだ。
植物の結界の中での出来事などが主なことだ。
その後は他の者に聞かれていないことを確認しつつ、【収集】を使ってラインザッツ家当主の座をカイザーヴァルキリーが手に入れたことも報告した。
さらにはその配下との魔力パスもすでに切ってあるということも伝えると、さすがにそれには驚いていたようだ。
「うーん。でも、どうしようかな」
「うん? なにがだ、カイル?」
「えっと、どうしようかなっていうのは今後のことだよ、アルス兄さん。手に入れたラインザッツ領をどうしようかってことなんだけど」
「んん? どうするもこうするも、ラインザッツ家はこれで終わりだろう? なら、当初の目的通り、ラインザッツ領をリード家が手に入れるだけだと思うけど」
「そうなんだけどさ。今回の戦いはさすがにちょっとやりすぎなんだよね。黒焔を使った戦術でラインザッツ家は甚大な被害が出たでしょ? しかも、その前にもラインザッツ軍対バルカ軍の戦いでラインザッツ領からは兵が大量に死んでいる。農地を耕す人が減ったうえに、その地を管理していた者たちも今回は大量に失われたんだ。領地の掌握が大変になるかもしれないなって思っただけだよ。分かっていたことではあるけど、改めて考えるとちょっとね」
……確かに。
仲間にするには危険性が高すぎると判断したラインザッツ家は族滅にしようという方針をたてていた。
結局、カイザーヴァルキリーがその力を奪い取っているので、もう族滅云々は俺としてはどうでもいいのだが、問題は現時点でも人が死にすぎているということなのだろう。
つまり、このラインザッツ領は一度に大量の管理職の人間を失ったことになる。
そして、それをリード家がフォローできるかどうかというと微妙なところだ。
リード家はそもそも急造の家で、旧聖都中心のリード領をまとめるのも一苦労という感じだった。
だからこそ、新たに手に入れた土地はその土地でまとめ役となるサラディア家やスルト家を活用しようということにしていたのだ。
だが、このラインザッツ領ではそれができない。
力を失ったラインザッツ家では代理統治という形でこの地を任せることはできないだろう。
つまり、この戦いで勝利を納めたものの、リード家の統治能力がキャパを超えるかもしれないということをカイルは危惧しているのだ。
ただ、これはもうしょうがない。
こうなる可能性自体はラインザッツ家と決着をつけるために戦う前からある程度予想がついていたことだ。
思った以上に黒焔戦術による被害がエグすぎただけで、既定路線であると言えばそれまででもある。
が、たしかにカイルの言う通りこの問題は早めになんとかしないと、手をこまねいていれば変な連中が出てくるかもしれない。
それこそ、また無法地帯のように土地が荒れる可能性もある。
こうして、ラインザッツ家崩壊後のラインザッツ領の運営について、急いで対処していく必要に迫られたのだった。
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