ラインザッツ家の消失
「さて、と。精霊さん、この人を拘束してくれない?」
「ラー」
「……な、なんだ。貴殿はいったい何をするつもりなのだ?」
シュナイダー・ド・ラインザッツと一騎討ちの決着がついた。
俺の斬鉄剣による一撃でシュナイダーの胴体は大きく傷がついている。
その傷は間違いなく致命傷になりえるものだ。
が、まだ死んだわけではなかった。
どうやら力が落ちたとは言え、当主級以上の実力があるがゆえにまだしゃべるだけの力も残っているのだろう。
そんなシュナイダーを見ながら、俺は精霊にお願いをした。
カイルの精霊が俺の言葉を素直に聞いてくれて、シュナイダーを植物によって拘束する。
かなり強固に固定されてしまっているようで、当主級の実力があるはずのシュナイダーもすぐさまその拘束から逃れるようなことはできなさそうだ。
それを見て、俺は次の行動に移った。
地面に手を付けて魔力を送り込む。
そして、その魔力を使って土を変化させた。
現れたのは転送魔法陣だ。
新たに作られた転送魔法陣は、すぐに起動し、対となるもう一つの別の地点にある転送魔法陣からの転移が始まる。
「おまたせ、カイザーヴァルキリー。じゃあ、さっそくで悪いけどやってもらおうかな。こいつを【収集】してくれ」
「キュー」
「な、何をするつもりだ。【収集】だと? まさか、貴様、この儂を……」
俺の行動を拘束されながらも見ていたシュナイダー。
最初はただ困惑して声を上げているばかりだったが、すぐにこちらの狙いが分かったのだろう。
全力で声を荒げながら、拘束から脱しようともがく。
だが、そう簡単に逃れられるものではなかった。
そして、その拘束から逃れることなく、彼の体は消えてしまった。
カイザーヴァルキリーによって攻撃され、そして【収集】されたからだ。
「うまくいったか? 継承権も【収集】できたんだな?」
「キュー」
「そうか。助かったよ、カイザーヴァルキリー」
どうやら、シュナイダー・ド・ラインザッツと同時にラインザッツ家当主の継承権をうまく【収集】に取り込むことに成功したようだ。
俺が質問したら、カイザーヴァルキリーが首を縦に振りながら、褒めて褒めてとすり寄ってきたので多分間違いないのだろう。
一応、継承権を手に入れることができるというのは知っていた。
もともとの【収集】の持ち主であるナージャがドーレン王から継承権を奪い取っていたことからもそれは間違いない事実だ。
だが、不安がなかったかと言うと嘘になるだろう。
カイザーヴァルキリーがシュナイダーを攻撃して、その生命の炎が消えた瞬間には継承権第一位の者が跡を継いでいる可能性も十分考えられたからだ。
しかし、どうやらそういうことはないらしい。
この場で確認はできないのだが、カイザーヴァルキリーが頷いているのであればそれを信用しようと思う。
この継承権の【収集】は現実的に考えるとデメリットのほうが現状では大きいだろう。
というのも、ラインザッツ家当主であるシュナイダーの当主としての座をカイザーヴァルキリーが持つということは、ラインザッツ家に連なる貴族や騎士までもがカイザーヴァルキリーの使える魔法を使用可能になっているということになるからだ。
カイザーヴァルキリーの使用できる魔法の数は割ととんでもないことになっている。
バルカ家の魔法やリード家の魔法はもちろん使える。
おそらくは、今この瞬間から【念話】などが使えることに多くの者が気がついているだろう。
だが、それだけではない。
例えば、ナージャがギザニア家から奪い取った【防魔障壁】などの魔法までもを使えるようになっているはずだ。
【防魔障壁】は自身の魔力を使用して攻撃魔法を相殺することができるので、地味ながらも戦場では結構役立ったりする。
そんな魔法をラインザッツ系列の魔法使いは使用可能になってしまっているのだ。
「じゃ、次は名捨てだな」
しかし、ラインザッツ家当主の座を奪い取るということはもちろんメリットもある。
ラインザッツ家に名付けされた者たちの魔力がカイザーヴァルキリーに流れ込むという点だ。
だが、このメリットは現状ではさほど重要でもない。
むしろ、不必要な魔法の拡散のことを考えるとデメリットのほうが大きいだろう。
そう判断した俺は、名前を捨てることをカイザーヴァルキリーに提案した。
といっても、手に入れたばかりのラインザッツ家の当主の座を放棄するというわけではない。
ラインザッツ家当主が持つ魔力パスにおいての子関係の者すべてに対する名を強制的に捨てさせるのだ。
そうすれば、ラインザッツ家に名付けされた子や孫などの関係にある者は、カイザーヴァルキリーが使える魔法を使えなくなる。
これをこの場でやってみようというわけだ。
本来ならば、この場でそんなことは不可能だろう。
名付けを行えるのは教会の神父らのみであるからだ。
だが、俺ならばそれができる。
なぜなら、俺は一度バルカ家の当主の座を息子のアルフォードに継承した後、神であるアイシャから直々に名付けをしてもらったことがあるからだ。
そのときはただ単に【飲水】や【照明】などの生活魔法が使えなくなっていたからだという理由でそれを求めただけだった。
しかし、アイシャは俺に対して教会関係者用の名付けをわざわざしてくれたのだ。
その結果、俺は幼い頃にパウロ教皇の出した魔法陣を【記憶保存】して盗んだ名付けの方法だけではなく、継承の儀などの教会用の魔法を特別に使えるようになっていた。
その中には当然、一度付けた名を捨てさせる儀式もある。
これは親が子の名を切り捨てるときにも使うこともあれば、子が親の名付けから離れるときにも使う。
つまり、ここにラインザッツ家当主の座を持つカイザーヴァルキリーがいるのであれば、名付けでの子関係の者がこの場にいなくとも名捨てが可能であるということを意味している。
「アイシャにもやり方は確認しておいたしな。ドーレン王家のこともあるし」
ちなみに、カイザーヴァルキリーのようにいろんな家の当主の座を持っている場合でも、特定の家の魔力的なつながりをいじることは可能だそうだ。
というか、それができないようではドーレン王家に対して王の座を返還するという約束が履行できない。
この点については名付けのシステム開発者である神アイシャ本人によるサポートサービスを受けているので問題ない。
ラインザッツ家が名付けをしたことのある関係だけをすべてリセットすることは俺でもできるはずだ。
「……というわけで、いけるか、カイザーヴァルキリー? 【超加速】や【刹那】といった時間操作系の魔法を使えるラインザッツ家の配下のことはわかるな? そこから流れてきている魔力のつながりを全部断つんだ。わかるかな?」
「キュ、キュー」
「……分かったのかな? いや、まあいいか。というより、すべての子関係とヴァルキリーの親関係が途絶えても別に今更問題でもないしな。そうなったら、王都圏の貴族がちょっと動揺するくらいだろうし。いいや、やるぞ」
いろいろと考えていた割には最終的にはまあどうなってもかまわないという精神でいくことにした。
以前までならば、カイザーヴァルキリーの強化やそのカイザーヴァルキリーに名付けをしているカイルなどの魔力量増強のために、あえて子関係の連中との魔力パスを切っていなかった。
だが、現状ではリード家としてカイルが独立し、自力で魔力を稼いでいることもあり、失敗してもそこまで不便にはならないだろうという判断からだ。
こうして、雑な扱いでラインザッツ家から名付けを受けていた貴族やそれらの貴族から名付けを受けていた騎士はこの時を以て時間操作の魔法を使えなくなった。
これにより、ラインザッツ家の魔法は人の手を離れることになり、事実上、ラインザッツ家の系譜は断絶することとなったのだった。
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