最期の願い
「ラー」
「……カイルの木精か。お疲れ様。ところで、お前、俺ごとラインザッツ家を倒そうとしたんじゃないのか?」
「ラー」
「うん、何言ってんのか全くわからん。まあいいけどさ。それより、カイルのところに案内してくれないか? お前の作り出した植物の結界で完全に方向感覚が無くなってるから、どこに行けばいいかわかんないんだよね」
「ラー」
静まり返った森の中で俺が息を整えていると、目の前に木精が現れた。
カイルの契約している植物の精霊だ。
もともとは緑色に光る玉のような精霊だったのが、いつの間にやら大きく成長しその姿を人型に変えている。
カイルなどはこの人型精霊と完全な意思疎通できるらしいが、あいにく俺はできない。
ただ、こちらの言っていることは理解しているのか、カイルのもとまでの案内を頼んだところ、ラーと返事をして移動を開始した。
おそらくは誘導してくれているのだろう。
そう思って木精のあとについて植物の結界の中を移動していく。
だが、その先で出会ったのはカイルではなかった。
「……ん? なんだ、カイルのところに案内してくれたんじゃなかったんだな。こいつはあれか。ラインザッツ精鋭部隊御一行か」
木精に連れられて鬱蒼とした森の中を歩いていた俺は、森の中で再び立ち止まることになった。
そこにはカイルはいなかった。
だが、別の者がいた。
カイルのいる本陣を目掛けて攻めていた精鋭部隊の者たちだ。
森の中の植物に体ごと手足も動けないようにした状態で拘束されていた。
枝や根、蔦などが体中に巻き付き、はりつけのように体を固定されている。
多分、こいつらも植物たちと激しく争ったのだろう。
周囲には何本もの切られたり、折られた木の枝などが落ちていて激戦が繰り広げられたあとが見て取れた。
「貴殿がカイル・リードか?」
「ん? だれだ?」
いくつもの木に拘束されている精鋭部隊を見ていると、とある木の後ろから俺に声をかける者が現れた。
だれだ?
斬鉄剣を構えながらそちらを見ると、そこにはラインザッツ家当主のシュナイダーがいた。
覇権貴族のトップにして、これまでいくつもの戦場で戦い続けた老将。
しかし、老いたとはいえ体はしっかりと引き締まっており、老人という印象はほとんどない。
そんな人物が俺の前に現れたのだった。
「カイル・リードではないのか? はて、その精霊殿には最期の願いにと、ぜひカイル・リードと戦わせてほしいと言ったのだが……」
「残念ですが、私はカイルではありませんよ、シュナイダー・ド・ラインザッツ殿。私はアルス・バルカです」
「ほう、貴殿が噂の……。なるほど、それは僥倖。ぜひとも儂と戦っていただきたい」
「ちょっと待ってください。一つだけ聞いてもよろしいですか? もしかして、シュナイダー殿は精霊と話せるのですか?」
「まさか。ただ、儂は願っただけだ。死にゆく老人の最期の願いに、武人として剣を交えて戦いたい、と」
なにそれ?
カイルの精霊はそれを聞いたとでもいうのだろうか?
おそらくだが、シュナイダーはこの木精に勝てなかったはずだ。
だからこそ、彼以外の精鋭部隊は皆拘束されている。
そして、敗北を悟ったシュナイダーはせめてもの情けとして、相手と剣を交えて戦うことを望んだ。
それを精霊様は何をどう解釈したのか、カイルではなく俺を呼び出して戦わせようとしているらしい。
「ふむ。まあ、いいでしょう。私でよければカイルの代わりにお相手いたしましょうか?」
「ありがたい。では……、参る」
木精の考えは俺には全くわからない。
が、どうせもともとカイルを助けるために飛び降りてきたのだ。
そのカイルがシュナイダーと戦う前にこちらが相手を務めるという意味では当初の目的通りでもある。
そのため、俺はシュナイダーとの一騎討ちを了承した。
シュナイダーが剣をかまえる。
その瞬間に俺は【封魔の腕輪】に魔力を流し込む。
一騎討ちを受けたとはいえ、ラインザッツ家の魔法を素直に使わせる気はさらさら無かったからだ。
その魔力に反応して、周囲一帯は呪文を使えない場が出来上がる。
だが、シュナイダーは最初から呪文を使う気が無かったようだ。
彼もまた、自身の持つものに対して魔力を注ぎ込んでいた。
それは、シュナイダーの持つ魔法剣だった。
というか、アレはみたことがある。
シュナイダーが持っているのは、俺も今手にしている疾風剣だった。
まずい。
相手の持つ魔法剣の存在に気がついた俺は、即座に反応した。
攻撃ではなく、防御という形で。
それも回避ではなく、すべての魔力を自身の皮膚表面に集めて防御に全振りすることを選んだ。
「グッ。いってえ」
「やはり、届かぬか。せっかく時を止めて攻撃しても、こうも力が違うとな」
俺が全身の防御力を上げた次の瞬間、俺の体は斬られていた。
シュナイダーの持つ疾風剣による攻撃を受けていたのだ。
決して、相手から目を離していたわけではない。
だが、その攻撃は全く見えていなかった。
まるで、こちらが認識できない攻撃をされたかのように。
【刹那】ではない。
ラインザッツ家の持つ当主級の魔法である【刹那】は時間を停止して相手を攻撃することができる魔法だ。
だが、それは今は使えない。
【封魔の腕輪】がたしかに効果を発揮して、魔法を封じているからだ。
しかし、それでもシュナイダーは時間を止めて攻撃してきた。
それは間違いなく疾風剣の効果なのだろう。
疾風剣はルービッチ家に伝わる魔法剣で、使用者の俊敏性を大きく向上させる効果がある。
が、もしかしたら、それは疾風剣の持つ力の一端でしかないのではないか。
九尾剣と同じなのかもしれない。
炎の剣を出す九尾剣は、しかしウルク家のペッシが使ったときには【黒焔】を生み出していた。
それと同じで、きちんとその能力を引き出したら疾風剣もまた敏捷性向上どころか、さらに上位の能力を発揮できるのかもしれない。
【刹那】と同じで、時を止める、という効果を。
「残念でしたね、シュナイダー殿。疾風剣の効果にそのようなものがあるとは驚きました」
「ああ、どうやらそちらもこの疾風剣を持っているようだな。おそらくはルービッチ家のものだったのであろう。だが、これは本来ラインザッツ家で作られた魔法剣なのだよ。かつて、親交のあった剣聖殿に当時のラインザッツ家当主から贈られた剣がそれだ」
「なるほど。そういうことがあったのですね」
「ああ。だが、無念だ。最後の切り札としてこの疾風剣を用意していたというのにな。まさか、相手に剣が届く距離に近づくまでにここまで儂の力が落ちていることになるとは考えもしていなかった。ラインザッツ家は終わりだな」
たった一太刀。
シュナイダーがこちらに斬りかかり、そして俺はその攻撃をそのまま受けた。
本来であれば、優位に立つのはシュナイダーの側のはずだろう。
だが、そうはならなかった。
痛い、と言ったものの俺にはほとんどダメージが無かった。
それは俺の魔力による防御力に対してシュナイダーの攻撃が全く通じていなかった。
なぜなら、ラインザッツ家当主のシュナイダーの魔力量は激減していたからだ。
今、彼の体から溢れ出る魔力はこのラインザッツ平野の戦いが始まる前と比べると恐ろしいほどに減っている。
とても覇権貴族の当主とは言えない、そこらの当主級と同程度くらいしかなくなっているのだ。
きっと、この植物の結界の外ではもう趨勢が決まったのだろう。
幻想華のドームによって囲まれ、その幻想華ごと【黒焔】によって燃やされたラインザッツ軍がどうなったか、シュナイダーも理解しているはずだ。
自分の魔力量が激減したのは、配下となる者が多数失われたからだ、と。
まあ、そうでなければ俺も一騎討ちを受けていなかったかもしれない。
万全のシュナイダーを相手にしていたら、今の攻撃でこちらが負けていた可能性は十分にある。
だが、そうはならないというのが事前に分かっていたからこそ、この戦いを受けた。
手にしている剣を握りなおす。
お互いが言葉を交わしていたが、その間も一切気を緩めていなかった。
そして、次はこちらが攻撃に移る。
全身の皮膚表面に集めていた魔力を一瞬で再分配して、今度はこちらも速度を上げた。
時間を止めるというほどのスピードはでないが、疾風剣による敏捷性向上効果とともに、筋肉の力を高めて高速で移動しながらシュナイダーへと斬りかかった。
どうやらシュナイダーはもう一度時を止めるほどの魔力もないようだ。
俺の攻撃を防ごうとして、しかし、途中でその防御も諦めたのか、腕をおろして斬鉄剣による攻撃をその身に受けた。
鋭い切れ味の斬鉄剣により、一切の抵抗なく、シュナイダーの体に致命の傷が刻まれる。
そして、そのまま仰向けになるように地面に倒れるシュナイダー。
こうして、誰も見ていない鬱蒼とした森の中でラインザッツ家との戦いは幕を下ろしたのだった。
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