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植物の結界

「刹那」


「ラー」


 地上数mの高さから四枚羽を掴んでいた手を放して飛び降りる。

 そのときだった。

  【刹那】の呪文を唱える老人の声と人語以外を話す高位精霊の歌声が聞こえてきた。


 顔を上げて前に進む。

 その瞬間、目の前の地形が変わった。

 いや、地形ではないか。

 大地の状態は変わらずに、しかし、その場所に突如として森が出来上がったのだ。

 地面から生えた木が急成長して伸びていく。

 そのために大きな木が日光を遮り、あたりは暗くなっていく。

 これは、カイルの木精がやったのだろうか。


 それはまるで植物による結界のようだった。

 カイルの身を守るために、その周囲に爆発的に増えていく植物たち。

 戦場を覆い尽くす幻想華のように広範囲ではないからか、その成長速度は異常なほど速い。


 ……状況がわからなくなった。

 次々と生えて伸びていく植物によって、刻一刻と眼の前が変化し続けているからだ。

 カイルたちがどこにいるのかもよくわからない。

 カイルのことが心配で、勢いで飛び降りてきたが早まったかな?

 随分あっさりとラインザッツ精鋭部隊を近づけさせるなと思っていたが、こんな迎撃手段を用意していたのかと思ってしまう。


 とりあえず、自分の身を守ることを優先しよう。

 周りを見渡せないことから、いつどこでどの方向から攻撃を受けるかわかったものでもないので、全身の皮膚表面に魔力を集めて防御力を上げる。

 そうしてから、さらに前に進んでいくことにした。


「って、この植物、見境なしかよ。こっちまで攻撃してくるのか」


 だが、その先に進むのは困難をきわめた。

 どんどん伸び続ける植物があろうことか俺にまで攻撃を加えてきたからだ。

 周囲の木の枝や、地面からの根っこ、あるいは蔦が近づいてくる。


「毒無効化」


 その中には幻想華もある。

 あれは危険だ。

 なんの対策もなしに捕まれば行動不能になってしまう。

 なので、【毒無効化】を使い、槍のように突き出してくる枝や根を光の剣で切り飛ばす。

 だが、終わりがなかった。

 どれほど枝を落とそうとも、次から次へと攻撃が止まることがない。

 これは一旦、外に出るか?

 カイルが心配ではあったが、この状況では助けに行こうとしたこちらがカイルの攻撃でやられかねない。


 だが、逃げるのも難しかった。

 もう植物はこちらのはるか頭上まで伸びており、空を見ることもできない。

 鬱蒼と茂った原初の森というような印象を与えるこの植物の結界は、自分の位置すらも曖昧にしてしまっていた。

 どこに向かえば植物の攻撃から逃れられるのか。

 この植物の結界が今、どこまで広がっているのか。

 それすらもわからないのだ。


 こうなったら致し方ない。

 カイルの救援は諦めよう。

 というよりも、この植物の結界が維持されている間は少なくともカイルは無事だろう。

 それよりも、植物からの執拗な攻撃をなんとかしないと。

 こんなところで植物の養分になるのはまっぴらごめんだからだ。


「身体強化」


 身体機能を強化する魔法を使う。

 そして、その間にも光の剣で枝や根を切り落としながら、魔法鞄から魔力回復薬を数本取り出した。

 それをグビッと飲んで、再び魔法鞄に手を突っ込む。

 今度は剣を取り出した。

 薄紫色をした剣身を持つ氷炎剣を取り出す。


 光り輝く剣と、炎と氷の魔法剣。

 その二本の剣を左右の手に握り、それから俺は長い時間、その植物の結界の中で剣を振り回しながら耐え続けることになったのだった。




 ※ ※ ※




 息を弾ませながら、剣を振り続ける。

 もう、結構長い時間が過ぎたような気がする。

 周囲の状況はいまだ変わらず、むしろ更に植物が成長しているようにすら感じた。

 いろんな木が周りから襲ってくる。


 腰にある魔法鞄に手を突っ込み、新たな魔法剣を取り出す。

 今は斬鉄剣を使っていた。


 カイルが近づいてきたシュナイダーを迎え討つために使った、植物による結界。

 これは思った以上に厄介で面倒なものだった。

 というのも、まるでこちらの対処を見て植物の森がその姿を変えてくるからだ。


 最初は光の剣と氷炎剣を使って周囲の植物を切っていた。

 もちろん、氷炎剣は氷と炎の特性を発揮させている。

 剣身に現れた氷の剣で植物を切り、その氷を炎に変換して燃やしたりとしていたわけだ。

 バイト兄のように【黒焔】を使えるわけではないが、それでも有効に作用していた。


 だが、それを何度も繰り返していると、周囲に現れる植物に変化が出てきたのだ。

 その中の一つに樹液が油の特性を持つ植物というのがあった。

 氷炎剣による炎が引火することで、周りが炎に包まれてしまうという大惨事に陥ったのだ。

 慌ててその炎を氷に変換するが、そんなことが何度もあってから氷炎剣を使わなくなっていた。

 目の前で引火して爆発を起こされたらたまったものではないからだ。


 もしかすると、この植物の結界は森の中にいる標的に合わせて植生を変えるのかもしれない。

 なので、別の魔法剣に切り替えて使っていた。

 だが、最終的には斬鉄剣を使うのが一番しっくりくるようになっていた。

 というのも、さらに植生が変わってきて、今度は金属以上に硬いのではないかというような植物が出てきたからだ。

 魔法剣で切りつけると、ガキンというような音がするほどの硬い木がこちらを狙って突き出されてくる。


 魔法剣というのは非常に便利で、面白い武器だと思う。

 だが、その特徴はあくまでもいろんな能力が備わった剣というだけで、剣としては通常の金属剣と大差ない。

 そして、金属の剣とはいえ、切る対象が人などではなく金属のように硬いものであったらどうなるか。

 そう、剣が欠けてしまうのだ。

 植物を切り払うたびにガキンガキンと音がして、何度もそれを繰り返していたら魔法剣がのこぎりのように欠けている、なんてことがあったのだ。


 光の剣であれば、そうはならない。

 同じ魔法剣という存在でありながらも、剣身が見えておらず光っているだけだ。

 魔力を込めると遠距離を切ることができる光の剣であるが、そのままの光る剣身の部分だけでも植物を切ることはできた。

 だが、使っているとだんだん魔力を消費してしまうのが玉に瑕だった。

 光の剣を振り回しているだけでも消耗してしまうのだ。


 で、行き着いたのが斬鉄剣だったというわけだ。

 北の森に住む大猪の幼獣の牙から作った小剣状態の硬牙剣。

 その硬牙剣は魔力を注げば成長する剣だった。

 そして、それにヴァルキリーが複数で魔力を込めることで日本刀型の剣へと形を変えていた。


 この斬鉄剣は魔法剣ではあるが、ただ硬く、そして切れ味が鋭いという単純なものだった。

 だが、この場ではそれが良かった。

 変な小細工なしに、金属のように硬い木も油を出す植物も、そして、幻想華などもまとめて切り落とすことができる。

 さらに他の魔法剣のように魔力消費が激しいわけでもない。

 いくら切っても剣身が欠けることもない。

 なんだかんだで、この斬鉄剣が一番継戦能力が高く、信頼性があるということなのだろう。


 それにプラスして、腰には疾風剣を吊るしている。

 これは剣聖の子孫であるルービッチ家秘蔵の魔法剣であり、その効果は使用者の俊敏性を上げる。

 が、実はこれは剣に魔力さえ注いでいれば手に握っていなくとも効果が発動するらしい。

 植物の結界の中では前後左右に合わせて、上からも下からも攻撃がくるので少しでも速さがほしいので助かった。


 こうして、斬鉄剣を振り続けて何時間くらいたった頃だろうか。

 ようやく、この木人拳地獄のような状況が終わりを告げた。

 周囲の植物がゆっくりと引いていき、攻撃してこなくなったのだ。

 だが、森がなくなったわけでもない。

 鬱蒼と茂った、動物の鳴き声一つしない恐ろしげな森だけがそのままに、植物の攻撃が止まった。


 もう大丈夫なのだろうか?

 まだ油断はできないものの、俺は思わずふーっと大きく息をついていたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] カイルがラスボスの風格
[一言] アルスを認識したのか それとも猛攻の前触れなのか、、、
[一言] カイルくんの邪魔しただけでは? 戦場で連絡手段あるんだから相談してから動けばいいのに
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