広域化
「よし、ここでいいよ、アイ。こっから飛び降りる。四枚羽を出してくれ」
「四枚羽、出ます。つかまってください、アルス・バルカ様」
「了解」
アイが操縦する魔導飛行船に乗ってリード軍上空の位置まで移動する。
その下ではリード軍にラインザッツ軍の当主軍が迫っていた。
こうなったら、安全に着陸するというのは難しいかもしれない。
そう思った俺はそのまま魔導飛行船から飛び降りることにした。
魔導飛行船から飛び出た四枚羽につかまり、落下速度を落としつつ地上へと向かう。
その間、もう一度地上の状況を確認する。
カイルの位置を探しだしたところ、まだ無事なようだ。
だが、そこに向かってラインザッツ家当主であるシュナイダーが鬼気迫る勢いで突撃しているところだった。
数の多いリード軍に対して少数精鋭の部隊で突撃している。
が、その動きを上から見ているとなんとも異常な動きをしていた。
何度かその突撃部隊の動きが唐突に変わるのだ。
じっと見つめているはずなのに、まるで見逃してしまったかのようにその部隊の位置が変わる。
まるで、そこだけがコマ送りされてしまったかのようだ。
おそらくはラインザッツ家の【刹那】だろう。
だが、それでも違和感がある。
【刹那】とは時間を停止して攻撃するという魔法のはずだ。
その魔法の効果は恐ろしいものだが、効果対象となるのは当人だけのはず。
少なくとも俺が知る情報では、魔法を使った者が自分にだけ効果を発動できるものであると聞いている。
だというのに、リード軍に対して突撃しながら進む精鋭部隊は全員が遅れずに塊となって本陣にいるカイル目掛けて進んでいた。
あそこにいる部隊全員が当主級なのだろうか?
だが、そうだとしても全員同時に【刹那】を使って相手を突破することができるだろうか。
人数がいればその分、タイミングが合わずに遅れる者も出そうな気がする。
そもそも、見た感じでは精鋭部隊と言えども全員が当主級であるとは言えなさそうだった。
ということは、もしかして情報に誤りがあったのだろうか。
【刹那】を自分以外にもかける、という方法があるのかもしれない。
「そうか。そう言えば【広域化】とかいう魔法を持つ家がラインザッツにはいたっけか。確か、サーチライト家だったっけ?」
ラインザッツ家の精鋭部隊の動きを見ながら、俺は一人納得していた。
部隊全員が同時に時を止めた中を移動しているように見えるのはなにかしらの理由があるはず。
そして、それはおそらく【広域化】という魔法を使えるサーチライト家の力が関係しているのではないだろうか。
【広域化】を使用すると、その魔法がかかった者は単体に効果のある魔法を多数にかけられるようになる、と聞いたことがある。
例えば、通常であれば【回復】は一人に対して使う魔法であるが、【広域化】がかかっていれば複数に対して同時に使用可能になるといった具合だ。
それであれば【刹那】を部隊全員に使用することができ、その部隊内で【刹那】の使用タイミングが遅れて取り残される者が出ることもなくなるかもしれない。
多分、この考えは合っていると思う。
というのも、なぜかラインザッツ軍にいる者の多くが【浄化】をかけてあるっぽいからだ。
なぜ、そんなことをしているのかよくわからない。
もしかして、俺たちが不死者だとでも思っていたのだろうか?
まあ、それはともかくとして、あの【浄化】の魔法も効果対象は単体だったはずだ。
それを軽く20万はいそうな軍に対して一人ひとりに使うことなどしないだろう。
きっと、【広域化】が使われているはず。
だが、【広域化】は便利ではあるが利点ばかりというはずもない。
本来一人に対して使う魔法を同時に複数に対して使えば、それだけ魔力消費が激しくなる。
もしも、その消費で魔力残量が無くなれば、その瞬間に意識を失うリスクもある。
俺も子どものころに魔力の使いすぎでぶっ倒れたことがあるが、あの状態に戦闘中になるとあまりに危険だ。
が、ラインザッツ精鋭部隊がそうなっていないところを見ると、おそらくは【刹那】を使っているのは当主であるシュナイダー本人だろう。
豊富な魔力を持つ覇権貴族の当主であるがゆえに、部隊全員に対して【刹那】をかけるなどという離れ業ができるのだろう。
「……いや、それでもおかしいよな? あんなに連続発動できるものなのか?」
まだ四枚羽につかまりながら地上を目指す途中の俺は、ラインザッツ精鋭部隊の動きを見ながらそうつぶやいた。
今も、【刹那】が使われたのか、一瞬にして精鋭部隊の位置が変わった。
先程までいた場所から転移したかのように前に進み、その途中にいたリード軍の兵は攻撃を受けて倒れていたからだ。
おそらく【刹那】を【広域化】によって複数に使っているのは間違いないはずだ。
そして、それをしているのは当主であるシュナイダーだ。
だが、【刹那】をそこまで何度も続けて使えるとは聞いていない。
あれは強力な魔法だが、いわゆるクールタイムのようなものがあると聞いていたが嘘だったのだろうか?
もしかして、何らかの魔道具の効果でも発揮しているのではないか。
クールタイムの間隔を減らして、連続して【刹那】を使えるようになる、とかそんな感じの都合のいいアイテムを相手は持っているのかもしれない。
歴史ある名門貴族のラインザッツ家ならあっても不思議ではないが、どうだろうか。
というか、それぐらいでもないと、竜騎士部隊を持っていたリゾルテ家に対してラインザッツ家が張り合えないのではないかとも思う。
やはり、有力貴族にもなればどこもいろんな便利道具を持っているものだと思ってしまった。
そんな呑気なことを考えている間にも、俺より先にシュナイダー率いるラインザッツ精鋭部隊がリード軍本陣にいるカイルのもとまでたどり着いてしまった。
それから一歩遅れるかたちで俺は地上に降りて、カイルのところへと駆け寄っていったのだった。
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