幻想華対策
「……あれが岩の巨人? 聞いていた話とはかなり違うではないか」
バルカの魔導飛行船から落とされた巨大な人型。
それがラインザッツ軍が布陣している真ん中に落とされ、そして暴れまわっている。
それをみて、私のそばにいたシュナイダー様がそう口にされた。
たしかにそうだ。
ラインザッツ家は覇権貴族としてすべての貴族家の上に立つ存在になっていた。
だが、決してその地位にあぐらをかいて傲慢になっていたということはない。
むしろ、常に危機感をもって行動していた。
それは、もともとリゾルテ家という我らの上に力のある貴族がいたからだろう。
リゾルテ家を覇権貴族から追い落として、三貴族同盟のなかでも一歩先へと進んでその座についた。
だが、この覇権貴族という地位は決して安泰であるとは思っていなかった。
ゆえに、覇権貴族になってからもずっと他の勢力の情報には注意していたのだ。
その情報の中にあったバルカの謎の兵器。
北部貴族との戦いで導入されて、いくつもの街を落としたという未知の武器。
それが、岩の巨人なるものだった。
集めた情報の中で分かったことは、その岩の巨人は大雪山の向こうにある東方世界で手に入れたものらしいということ。
だが、その岩の巨人をどうやって作り出しているのか、なぜ動くのかはまったくもって不明だった。
が、分かっていたこともある。
それは岩の巨人は遠隔操作で動かしている、ということだった。
使用者の魔力を原動力として離れたところから操る。
戦場においてこれは非常に興味深い点である。
というのも、利点も大きいが欠点もあるからだ。
利点とは遠隔操作そのものだ。
離れた位置で岩の巨人を操縦し、相手を攻撃することができるのはとてつもない脅威だろう。
だが、離れているというのもまた欠点になってしまっていた。
というのも、動きがかなり大雑把であったからだ。
おそらくは、遠くから目視で操縦しているのだろう。
そのためか、大きな人型の体を使って攻撃するといっても、普通の人間のような小さな標的に対しては足で踏みつけるだとか、手を振り回すだとかいった単純な攻撃手段に限られていたのだ。
また、壁や建物を壊そうというときには体ごと突っ込むという荒っぽい方法も取られていた。
おそらく、バルカが岩の巨人を岩石落としといって飛空船から落として使うようになったのもそれが理由だろう。
細やかな動きができないからこそ、上から落とすという方法をとっているのだ。
ゆえに、この岩の巨人への対策は簡単だ。
当主級であれば、相手の雑な攻撃を回避して攻撃し続けることができる。
そうすれば十分に勝機がある。
我々は戦いの前にそう結論づけていた。
そして、おそらくはそれをバルカの連中も理解していたのではないだろうか。
だからこそ、これまでのラインザッツ家との戦いで岩の巨人を使った攻撃などは一度もしてこなかった。
対処されることを嫌がっている。
そう思っていた。
だというのに、これはどういうことだろうか。
今、ラインザッツ軍で暴威を振るっている岩の巨人たちの動きは雑で大雑把である、とは決して言えないのだ。
というよりも、かなり動きがいい。
岩の大剣などを持ち、それを縦横無尽に振り回しながら攻撃しているその姿は、人がそのまま巨大化しているのではないかとしか思えないものだった。
まさか、あれほどの精密な操作ができたのだろうか。
「いけない。あれは当主級が数人がかりでも手を焼きます。私もあの岩の巨人のもとへと向かいましょう」
「いや、その必要はない」
「え、いや、しかし……。あのままでは岩の巨人どもによってラインザッツ軍の損害が拡大し続けてしまいますが……」
「かまわん。もとより、我らの目的はバルカ兄弟の首にあるのだ、セルジオよ。今、アルス・バルカはまだ空の上にいる。こちらからは手を出せん。が、逆に言えば向こうから【封魔の腕輪】の効果を発動することもできんだろう」
「なるほど。では、アルス・バルカが空にいる間に他の兄弟を狙う、ということですか」
「そのとおりだ。岩の巨人は厄介だが、数が限られている。何名か当主級の者を向かわせて、足止めをするように伝えるのだ。無理をする必要はない。その間に、まずはカイル・リードを落とす」
「御意」
さすがはシュナイダー様だ。
これまで数々の戦場を経験しているからこそだろう。
普通はこちらの軍が損害を受けていればどうしてもそこにばかりに目がいってしまう。
だが、それではいけないのだ。
あくまでもこの戦いでの目的を達成することを第一に考える。
ここではどれほどの損害を出そうが、バルカ兄弟を仕留めさえすればいいのだ。
であれば、岩の巨人に慌てるよりも、本丸を狙うほうがよい。
そして、先に狙うべきはカイル・リードで間違いない。
あのラジオ放送が真実であるとすれば、カイルの契約しているという高位精霊は厄介だ。
王都連合軍をたった一人で機能停止に陥らせたその実力は侮っていいものではない。
だが、打つ手がないわけではなかった。
植物の精霊が使ったという幻想華。
その棘のある蔦からきれいな花が咲くという植物は、蔦が絡みついた相手を毒や麻痺、あるいは睡眠などといった状態異常にしてくるという。
そんなものをここで使われたら、いくらラインザッツ軍の数が多いとはいえ手も足も出ない状態になってしまう。
だからこそ、事前に対策をとっている。
それは【浄化】という魔法だ。
教会内でも大司教以上の者しか使うことができないという神聖なる魔法。
その【浄化】を用いれば、たとえ不死者の持つ穢れた魔力ですら癒やしてしまう効果がある。
この【浄化】を我らは事前に使っていたのだ。
【浄化】は一度使用すると長時間効果が維持されたままになる。
本来ならば、この長い効果時間を用いて、先に教会で【浄化】を受けてから不死者との戦いに赴くことになる。
なので、この戦闘中に【浄化】の効果が切れるということもないだろう。
そして、重要なのが【浄化】は穢れだけに効果があるわけではないというところだろうか。
不浄なる魔力をはねのける効果があるのと同時に、毒や麻痺などの状態異常もある程度防いでくれるらしい。
らしい、というのは実は私はつい先日までそのことを知らなかったからだ。
というのも、これまで私が【浄化】の魔法を受ける機会など無かったからに他ならない。
だが、シュナイダー様は違った。
覇権貴族となる前から大貴族であるラインザッツ家の当主という地位にあったシュナイダー様は、当然のことながら魔力量も飛び抜けていた。
なので、教会内では大司教以上の者が使えるという【浄化】をシュナイダー様も使用できたのだ。
もっとも、使えると言ってもいつでも気軽に使っていいものではない。
ないのだが、これまで何度か教会の許可を取らずに【浄化】を使ったことはあったらしい。
そして、その経験から、毒などを防いでくれる効果が確かにあるとおっしゃられたのだ。
つまり、この戦いが始まる前に、シュナイダー様が自ら我らに【浄化】の魔法をかけてくださったのだ。
この状態であれば、例えカイル・リードが精霊を用いて幻想華による状態異常攻撃を仕掛けてきても問題ない。
自分たちの強さを見せるためにとはいえ、手の内を見せすぎたな。
あのラジオでの放送が奴ら自身の首を絞める結果になるとは思いもしていないことだろう。
こうして、我らは岩の巨人による急襲によって一時的に混乱したものの、シュナイダー様の冷静なご判断によって即座に対処し始めた。
岩の巨人に対して抑えを残し、他の者でまずはカイル・リードの首を落としにかかったのだった。
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