ラインザッツ城にて
「……報告を」
「はっ。現在、リード軍によって落とされたコスタンブル要塞にバルカ軍などが加わったとの知らせが届いています。リード軍とバルカ軍を中心に、向こうについた貴族や騎士の軍が集結し、ラインザッツ城へと攻めかからんとしているようです」
「……そうか。まさか、これほどとは。いささか以上に奴らを甘く見すぎていたようだな」
「口惜しいですが、そのとおりです。今思い返せば、リード家が聖都跡地に侵入したという知らせを聞いたその瞬間にでも軍を出し、やつらを追い出しておくべきだったのでしょう。そうすれば、この一連の出来事は少なくとも今のような流れにはなっていなかったはずです」
「そうだろうな。だが、それはもはや過ぎたことだ。それに、あの時点で手を打っていても、この流れは変わっていなかったのかもしれん。結局のところ、同じように我らと敵対していたのであろう。奴らが勢力を伸ばせば、どうしても覇権貴族である我らとぶつかることになるからな」
ラインザッツ城の謁見の間。
その広い場にて話し合いが行われていた。
その中心となるのはラインザッツ家当主のシュナイダー様だ。
ラインザッツが誇る稀代の英雄シュナイダー・ド・ラインザッツ。
かつて、幾度もリゾルテ家との戦いで活躍し、そしてついにそのリゾルテ家を覇権貴族の座から引き摺り下ろし、ラインザッツ家をその頂きへと押し上げた人物。
長い歴史上でも稀有な名君であると評判でもある御方が、しかし、今は重苦しい雰囲気で家臣団からの報告を受けていた。
ラインザッツ家は今、未曾有の危機にある。
これまで、どれほど周辺の貴族やあるいは最強と名高い竜騎士部隊を誇るリゾルテ家との戦いがあっても突破されたことがなかったコスタンブル要塞が落とされてしまったからだ。
それも、一夏も持たないという短期間での陥落。
このことはラインザッツ家に大きな衝撃を与えた。
それを行ったのは突然に現れた男であるカイル・リードなる者だった。
ほとんど知名度の無かったそいつが、今我々のもとに迫ってきている。
そのため、家臣団の一人が悔しさを滲ませながら口にした。
カイル・リードが聖都跡地を手に入れてリード領なるものを作り出した直後にもっと早く動くべきだったのではないか、と。
確かに、それはそうだろう。
だが、シュナイダー様の言うとおりでもある。
あの時点では聖都跡地周辺は盗賊のはびこる無法地帯であり、そして死の土地だった。
あそこに領地を主張しようとする者がいても絶対にうまくいかない。
そう結論付けられていたからこそ、様子を見る、という選択を取ったのだ。
あの判断が悪かったと言われても結果論でしかないだろう。
むしろ、手を打つのであればもっと前であるべきだったのではないだろうか。
それも、相手はカイル・リードではない。
カイル本人ではなく、その兄であるアルス・バルカ。
やつこそがすべての元凶だったのだから。
やつさえいなければ、その弟であるカイル・リードがここまで成長し、そしてラインザッツ領を脅かす存在にまでなることは無かっただろう。
実際に、先にラインザッツ軍と戦ったのはリード軍ではなく、バルカ軍であったわけだからな。
「どう致しますか、ご当主様? リード・バルカ連合軍はおそらくそう遠くないうちにこちらへと攻め込んでくるでしょう。いかが致しましょう?」
「……貴様は儂が逃げ隠れでもすると思うておるのか、セルジオよ?」
「滅相もございません。では……」
「もちろん、奴らを迎え討つ。儂自ら戦場へと赴こうではないか。バルカ兄弟の首級をあげてみせようぞ」
重苦しい空気の中で、私、セルジオ・ライン・サーチライトはシュナイダー様に問うた。
今後の動きをこの場ではっきりと決めておく必要があるからだ。
そして、私の予想通りの答えをシュナイダー様は返してくださった。
バルカ兄弟を討つ。
もはや、ここで我らに残された手段はそれしか無いだろう。
幸い、リード領はまだ成立してから日が浅い。
奴らについた貴族や騎士も本心から奴らに臣従しているわけではなく、状況を見てあちらについただけのこうもりのようなものばかりだ。
むしろ、こちらの旗色が良くなると見ればすぐに寝返ることだろう。
それに、バルカ兄弟は皆若いと聞いている。
カイルに至ってはまだ子も授かっていないというし、ほかも後継者が当主として領内のことを差配できるものではないだろう。
ここで、バルカ兄弟を討ち取れば、やつらの勢力は瓦解する。
また、奴らの首は千金以上の価値がある。
ラジオ放送などで自らの実力を喧伝するかのごとく、戦場の出来事を各地に知らせていたようだが、逆に言えば、奴らを討ち取ったとなれば、それだけでこちらの強さが証明されるというもの。
改めて全貴族・騎士がラインザッツ家の威光に頭を垂れることだろう。
そのために、ラインザッツ軍を動かしてリード・バルカ連合軍を迎え討つことになった。
聞こえてくる話では相手はラインザッツ家の族滅すらも企てているという。
だが、そのことが知れ渡ったことでむしろこちらはより気力が充実するというもの。
私を始めとした当主級の者が瞬き一つ許さずにその首を断ち切ってやろうと燃え上がっていた。
こうして、コスタンブル要塞からラインザッツ領都の間にある平野にて、バルカ兄弟の終わりを告げるための戦いが始まったのだった。
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