焼肉街道
「では、そちらの肉とこちらは生地を出し合うということで合意を確認したいと思います。よろしいですか?」
「はい。結構でございます」
「それでは商談成立と致します。今後ともよろしくお願いいたします」
スルト領に滞在するバルカ軍。
そこに来た周辺領主が俺を通してリード家に対して臣従することを誓っていく。
今のところ、大きな反発は周囲では起こっていない。
やはり、なんというかこの辺の気質的に強いものに従うという感覚が染み付いているのではないだろうか。
急に現れたぽっとでの俺たちに対しても、こちらが無茶なことを言わないのがある程度確認できた段階で次々と頭を下げにきていた。
そんな連中を相手に俺は商談を行っていた。
それはこの地でとれる食べ物についての商談だった。
スルト領などを始めとしてラインザッツ領南部で取れる食べ物は北にはないものも多い。
それらとバルカで生産している服飾用の生地で取引をしていたのだ。
こちらにはバルカで飼育しているヤギから取れた上質な毛を使って作った生地で仕立てた服を着ているお姫様がいる。
オリビア・リゾルテ、またの名を竜姫や戦乙女などと呼ばれるその女性が俺のもとに来た周辺領主たちの前でその姿を見せているのだ。
幼い頃から強く、竜とのコミュニケーションが得意だった竜姫様だが、当然のことながら覇権貴族の娘として礼儀作法などの教育も受けている。
動作の一つ一つがきれいで、思わず惚れ惚れしてしまうオリビアは絶好の広告塔になってくれていた。
神に捧げる衣服を身にまとったオリビアを例に出して、いかにバルカ製の生地が優れているかをアピールする。
実際、【跳躍】という屋根の上すら飛び越えてジャンプするヤギを飼育できる場所は限られており、そんな飼育困難なヤギから取れる毛をさらに厳選して使っている最上級の生地は王都などでも高く評価されていた。
つまり、バルカ製の生地は非常に高価なものとして、まるで宝石のような扱いになっていた。
そんな希少で高価な生地を取引材料にして、毎年一定量の食べ物を定期的に取引する契約を周辺領主たちと結んだのだ。
ここらで取れる食料をバルカに持って帰って生産する研究もできればいいが、気候が違うのがどれほど影響するかわからない。
であれば、直接の仕入れルートを確保しておこうと考えたわけだ。
これが結果的にラインザッツ南部の領主たちの心を掴むのに一役買ったようだ。
というのも、彼らにしても別に損はしないのだ。
もともと一定の評価を得ている希少な生地を手に入れる機会などそれまで無かったのに、手に入れることができるようになるという点。
そして、その対価として出すその土地の特産品の食料も喜んで提供できるものだった。
各地の自慢の一品であることには違いないが、そのほとんどが自ら献上するかのように持参したものだ。
最初からある程度こちらに気に入ってもらいたいという下心もあったのだろう。
「ですが、毎年の取引と言っても、どうやってそれを行うつもりなのでしょうか、アルス・バルカ殿?」
「どうするつもりというのは、どういうことですか、ブライアン殿?」
「いえ、少し気になったことです。バルカの生地であれば保存に気をつければ取引しやすい品であると言えると思います。ですが、その生地と取引の形でそちらにお渡しする品、特に食料関係ですな。それらは短期間で傷む可能性が高いものばかりです。それらをどうやって遠距離にあるバルカと取引しようとお考えでしょうか?」
「そこは少し思案のしどころですね。基本は保存食として日持ちする状態で取引に出していただければと思います。さらにできればリシャールの街に続く道も整備させていただきたい。リシャールの街には転送魔法陣があり、そこから北へと瞬時に移動できるようになっています。それを利用するのがいいかと思っています」
「なるほど。そういえば、ライン川で我らと戦った後、フォンターナの街に戻ると言って移動していましたな。私はその転送魔法陣を利用したことがないので本当にそれほどの遠距離を移動できるのかと思ってしまいますが、わかりました。我がスルト領と旧聖都、現リシャールの街への街道を整備することに致しましょう」
「ありがとうございます。あとはできれば他にも商業路があったほうがいいかもしれませんね。現段階ではなんとも言えませんが、できればライン川に港も作りたいですね。そうすれば、あの大きな川を移動してバルカ領の中でもアーバレスト地区へとたどり着くことができるので」
「ライン川ですか。あの川はたしかに大きく広く深いうえに長い川であるため、商業に利用できるかもしれません。が、いくつもの領地を越えて流れているのでいろいろとややこしいですよ?」
「領地問題が川の上でもある、ということですか。確かにそれは厄介そうですね。ま、これはいずれそうなればいいな、くらいの話です。今はとりあえずリシャールの街との街道整備が先決ですね。まだしばらくの間はバルカ軍はここを離れられないので、バルカ軍からも人を出しましょう。ちゃちゃっと道を整備してしまいましょうか」
「よろしいのですか? 軍を道路の整備に使うことになるのですよ?」
「かまいませんよ。もともと、うちはそういう仕事をすることも多いですしね。美味しいお肉を定期的に食べるためにはそれくらいの労力は問題ないですよ」
いかんな。
どうやら俺は思った以上にここらの食べ物が気に入ってしまったようだ。
食欲に突き動かされているような気がする。
だが、まあいいか。
どうせ、しばらくここにいるのであれば自分の利益になることをやってしまおう。
それに、リシャールの街との街道をバルカ軍がしっかりと整備をすることで、スルト家がこの地でいかに重要視されているかを示すことにもつながる。
こうして、俺はラインザッツ領南部を切り取りつつも、そこで得た食料を安定的にバルカへと送ることができるように動脈路となる道路を作る仕事に着手することになった。
特に俺がこのスルト領でたびたび焼き肉パーティーを楽しんでいたからだろうか。
いつしか、焼肉街道などと呼ばれることになるスルトとリシャールの街をつなぐきれいで移動しやすい道が超特急で作られることになったのだった。
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