食事情の違い
「お疲れ様、バイト兄」
「おう。助かったぜ、アルス。【回復】してくれてありがとうな」
「そりゃ当然でしょ。竜騎士たちに囲まれてボコられて傷だらけになったバイト兄を治すのは当たり前だよ」
「おい、言い方ってもんがあるだろ。あいつら、どんだけの数がいたと思ってんだ」
「ははは、ごめんごめん。確かに数が多かったからね。なんにしても、無事で良かったよ、バイト兄」
リゾルテ王国軍が撤退していく。
その様子を監視しながら、俺はバイト兄と話していた。
バイト兄は神前決闘の後の乱戦で竜騎士たちと戦った際に、結構深い傷をいくつも体に受けていた。
良く無事だったなと思うほどだ。
それだけ、竜騎士たちが怒っていたということなのだろう。
その後、オリビアが止めに入り、なんとか助かったバイト兄に対して俺が【回復】をかけたことで、今は元気いっぱいだ。
「で、これからどう動くんだ、アルス?」
「うーん、カイルのところを手助けに行きたいって気持ちもあるけど、まだここから離れられないだろうね。とりあえず、もう少しリゾルテ王国軍の動きは注視しないと。本当に切り取った領地を離れてリゾルテ王国に戻るかどうかを見ておかないといけないからね」
「たしかにそうだな」
「それに、リゾルテ王国軍を追い返しはしたけれど、実際はまだこのラインザッツ領南部を切り取れたわけではないからね。リゾルテ王国軍が出ていくのを見つつ、この周辺を回って改めてここがリード領になるようにしていかないと」
「ってことは、カイルのところは当分無理だな。しばらくはこの辺のことに手を取られ続けるってことだもんな」
「そういうことだね。一応、今考えているのはスルト家をこの南部のまとめ役にしてしまうってことかな」
「よし、そうと決まればさっさと動こうぜ。まずは手始めに近くの領地を回りつつ、スルト領を目指す感じでいこうぜ」
「うん、そうしようか。リゾルテ王国軍の監視にも人を取られるから、誰をどう動かすか決めていこう」
バイト兄と話しながら、今後の動きを決めていく。
とりあえずは、リゾルテ王国軍の動きを見つつ、領地の切り取りを行うということになった。
オリビアとの取引で神前決闘に勝利したこちらが土地の所有権があるかのごとく話になっていたが、実際にはそう簡単なことでもない。
現実にはいくつもの貴族領や騎士領がそこにはあり、その土地で生活を営んでいて、そしてなんらかの既得権益を持っているのだ。
そこに突然現れたリード家の代理たる俺たちが土地の所有を主張してきても、それらの相手は受け入れないだろう。
自分たちの権利を保護してくれない限りは反抗することは目に見えている。
なので、それらの対処をしておかなければならない。
さしあたって、バルカ軍はスルト領を目指すことにした。
ブライアンをまとめ役に抜擢することも決めたし、なにより拠点となる場所がほしい。
そして、そこでリゾルテ王国軍の動きを見ながら、周囲へと手紙でも書こう。
このへんの土地の主はラインザッツ家からリゾルテ王国に代わり、そしてその後リード家になったことを宣告しよう。
で、スルト領にいる俺たちのもとにあいさつにでも来てもらおう。
もし来なければ、こちらに従う意思なしとみなして攻め込む可能性も示唆する。
その場合、そいつらがもともと持っていた土地や権益を保障しない。
この方針でいこう。
これならば、こちらは待っているだけでいいから楽だろう。
問題はこちらが送った手紙を受け取り、相手が家中で協議し、そしてこちらのもとに来るまでにどうしても時間がかかってしまうということだろう。
どのくらい時間がかかるかな?
やっぱり、俺だけでもカイルのところに行ってみるか?
とりあえずの方針をたてつつも、俺はいろいろと考え込んでしまったのだった。
※ ※ ※
「うまい。おい、アルス、これうまいぞ」
「ホントだな、バイト兄。これはいい肉だ。舌が感動で震えているよ」
「お気に召しましたかな、おふたりとも」
「ええ、堪能させてもらいました、ブライアン殿。この肉は美味しいですね」
「そうでしょう。フォンターナ王国は北に位置する関係上、その厳しい環境ゆえにあまり肉を食べられないと聞いています。このあたりは北と比べれば温暖で牧畜も盛んなのですよ」
「そのようですね。私たちは貧乏な農家の生まれなので、幼い頃は食べるものにも苦労していたのです。肉なんてとくに食べる機会が少なかったのですが、ここまで美味しいお肉があるとは驚きました」
「気に入ってもらえたようで良かったです。歓迎の宴を開いたかいがありましたな」
スルト領に入った俺たちはブライアンによって歓待の宴を開いてもらっていた。
そこで出てきた肉に舌鼓を打つ。
非常に上質な肉で、ぶ厚めに切った肉を焼いて塩で食うだけでもうまい。
こんなにいい肉があったのかと今更ながらに驚かされた。
昔はバルカではあまり肉にありつけなかったからな。
俺が領地を運営するようになってからは、たまに大猪という魔物の肉を食べることもあった。
が、なんというか野性味が強く非常に筋肉質の肉だった。
それまで肉を食えていなかったから文句は無かったが、それでもいま食べたものと比べると雲泥の差と言えるだろう。
どうやら、この辺は家畜を育てる文化が進んでいるようだ。
雪が深い北国ではなかなか難しいが、比較的温暖な気候で農作物が取れやすいという特徴があるからだろうか。
おそらくは、家畜の品種改良も長い年月をかけてやってきたのだろう。
人間の舌がうまく感じるように選別されて繁殖してきたのだと思う。
俺が魔法で作った岩塩である聖塩ともマッチしており、舌を満足させてくれていた。
バルカニアでも育てられないかな?
どうやら、牛のような草を食べる大型の草食動物であると聞くし、アトモスフィアによって環境が安定している天界バルカニアであれば飼育できる可能性もあるように思う。
それに他にももっとうまいものがあるかもしれない。
俺はカイルと合流することもなく、その後しばらくは美味しい家畜の紹介をブライアンにしてもらうことになった。
そのためだろうか。
その後、こちらの手紙を受け取って返答に来た周辺の領主たちは、それぞれの家の自慢の食べ物などを手土産に俺のもとに訪れることになったのだった。
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