紳士的対応
「ご無事ですか、アルス様?」
「大丈夫だ。それより、本陣の守りを固めろ。誰も近づけさせるな」
「はっ。かしこまりました。各員、防御陣形を取れ。特に空からの竜騎士の接近を許すな」
氷漬けのオリビアの肉体をカイザーヴァルキリーの【収集】によって回収した俺はすぐに本陣まで戻ってきた。
空ではバイト兄が四枚羽と一緒に竜騎士部隊を抑えている。
地上ではスルト軍などが前面に出て、その背後からバルカ軍が抑え込んでいる。
とは言え、いつそれらの守りを突破してリゾルテ王国軍が来るかわからない。
そのために、今やるべきことを速やかに終わらせなければならない。
「カイザーヴァルキリー、オリビア殿を【収集】から取り出してくれ。その際、氷化した【黒焔】は【収集】したままで、オリビア殿の体だけ出してくれよ? ああ、【矢避けの加護】の宝玉や女神の鎧も【収集】に取り込んだままでいいからな」
「キュー」
本陣の中で兵たちに守られた状態。
そんな場所で俺はカイザーヴァルキリーにオリビアを取り出させた。
彼女は大丈夫なのだろうか?
全身を【黒焔】によって焼かれたことも、その後、氷漬けにされたことも、そして【収集】に取り込まれたことも普通はなかなか経験できることではないだろう。
多分、そのどれもが死に直結する出来事のはずだ。
特に、氷漬けとは言え、生きている状態で【収集】に取り込まれて果たして大丈夫なのかどうかが全く分からなかった。
「おお、ラッキー。息しているな。これならなんとかなるかな。……回復、っと」
もしかしたら、オリビアはすでに息絶えているかもしれない。
そんなことが頭にちらついていた。
が、どうやらまだ無事なようだ。
カイザーヴァルキリーに取り出された生まれたままの姿のオリビアはかろうじて息をしているようだった。
といっても、無事とは言い難い状態だ。
全身が黒い炎に焼かれているのだから当然だろう。
よくぞ生きていたと言いたい。
多分、これは氷漬けになったのが結果的には良かったのではないかと思う。
というのも、あれはおそらく普通の氷で氷漬けになったわけではないのだと思う。
あらゆるものを燃やし尽くすまで消えないとされる黒い炎。
その炎をバイト兄は氷炎剣の氷の剣から炎の剣に変換して作り出し攻撃した。
そして、もう一度黒い炎を氷に戻して氷漬けにしていた。
おそらく、このとき黒い炎はただの氷ではなく別のなにかに変わったのではないだろうか。
確証はないが、かつて不死者の王を封印していた初代フォンターナ家の氷の封印と同じようなものなのではないかと思う。
数千年の時を超えても溶けることのない不思議な氷と同じ氷になったのではないか。
俺も今現在不死者の王ことドグマ・ドーレンを神界に封印しているが、あれは単純な氷とは違う気がしている。
なんというべきか、氷漬けにした対象の状態そのものの時を凍らせているのではないかと思うのだ。
宇宙に存在するブラックホールの外縁では超重力によって時が凍っていると表現されることがあるようだ。
それは一度その空間にとらわれると、その物体は外から見ると時間が凍結されたように変わらなく見える。
もしかしたら、氷漬けの氷にもそんな特殊な効果があるのかもしれない。
全身に大きなダメージを負いながら氷漬けにされて息もできない状態でいたオリビアがこうして生きているのをみて、そんなことを考えてしまった。
もっとも、そのとんでも仮説が正しい保証はどこにもないのだが、とにかく生きていたという事実こそこの場においては重要だった。
「こ、ここはいったい? 私はどうなったのでしょうか……?」
「大丈夫ですか、オリビア殿? どこか体に不調はありませんか? 神前決闘は終わりました。あなたはバイト兄に負け、私が【回復】を用いてあなたの傷を治したのです。どこか気になるところがあればおっしゃってください」
「私は、……負けたのですか? 信じられません。絶対に負けるはずがない装備を用意して神前決闘に挑んだというのに。……え? きゃあ。ちょっと待って下さい。なんで私は裸なのですか!」
「オリビア殿は氷炎剣から発生した炎によって全身が焼けただれていたのです。治療をするために鎧は取りました」
「か、返してください」
「それよりも、お体の具合はどうですか? どこかまだ痛むところはありませんか?」
「あ、ありません。もう大丈夫です。ですから鎧を返してください!!」
「落ち着いて。とりあえず、この毛布をどうぞ」
「よ、鎧を返して」
「それはできませんよ、オリビア殿。あなたは我々に対して神前決闘を申し込んだ。にもかかわらず、あなたの指揮下にあったリゾルテ王国軍は神前決闘で敗北したあなたをみて、こちらに攻撃を仕掛けてきたのです。これは神への誓いを踏みにじる行為だ。このようなことをする相手にたいして女神の鎧を渡すわけにはいきません」
「え……、な……。戦いが起こっているのですか。待ってください。私が軍を停止させます。ですから、どうかお許しを」
「そう思うのであれば、早く止めてください。神前決闘の見届人たる私が彼らを神の誓いを無視した神敵と認定する前に止めたほうが、リゾルテ王国にとってもいいのではないでしょうか」
「今すぐに彼らを撤退させます。ですので、どうかお許しを」
かろうじて生きていたオリビアに俺が【回復】をかけたことで完全復活した。
乙女の肌は傷一つない状態に治癒し、もちもちプルプルのきめ細かいお肌がそこにあった。
そして、意識を取り戻したオリビアに対して話しかける。
普通ならば意識を取り戻した直後はもっと混乱しそうなものだが、オリビアは落ち着いて対応してくれた。
なので、俺も紳士的に対応する。
そして、オリビアの意識が失われていた間のことを説明し、彼女にどうすべきかを教える。
リゾルテ王国軍の暴走を止めろ、と。
このまま、バルカ軍とリゾルテ王国軍が戦うのはこちらにとってもあまり上手い話ではない。
どうしても軍に損害が出るだろう。
なので、ここは一つ、リゾルテ王国軍に命令を下せるオリビアの鶴の一声で相手を止める必要があった。
これこそが、オリビアを回収してまで【回復】させた狙いだ。
そして、それはどうやらうまくいきそうだ。
完全回復したオリビアがまるで美の女神のように全身に布を巻き付けただけの状態でリゾルテ王国軍にすべての行動の停止を命じる。
それにより、その後、少し時間はかかったものの両軍の激突はひとまず落ち着いたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ぜひブックマークや評価などをお願いします。
評価は下方にある評価欄の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして頂けますと執筆の励みになります。





