女神の鎧
「女神の鎧ですか。あの生足が見えそうな独特な鎧は最初に見たときから変わっているなと思っていましたが、神アイシャのために作られた女性用の鎧だったというわけですね」
「はい。もともとはドーレン王家に伝わる宝物だったようですが、何代も前のリゾルテ家当主が当時のドーレン王から下賜された一品であると言われているようです。まず間違いなく、本物でしょう」
「本物だったらすごいですね。初代王時代の遺物なんて数千年も前のものでしょう。それがあのように完全な形で残っているのですか」
「いわゆる聖遺物とも呼ばれています。聖遺物はいくつかその存在が確認されていると聞いていますが、今も実際に使われているのはあの女神の鎧くらいかもしれませんね」
おお、なんかかっこいいな。
聖遺物という響きがどことなく俺の少年心を掻き立てるような気がする。
だが、たしかに現存する聖遺物なるものは少ないかもしれない。
なんせ、聖都がナージャによって【裁きの光】で消滅させられたのだから。
もう、ほとんど残っていないのではないだろうか。
「しかし、古いだけの鎧というわけではないのですよね? もしや、なんらかの特殊な効果がついている、とかでしょうか?」
「そのとおりです。女神の鎧は鎧そのものが非常に特殊です。私も詳しくはありませんが伝承によれば忠誠と信奉を力に変える、などと言われているようです」
「忠誠と信奉を力に? 身につけると力が増すのでしょうか?」
「ええ。女神の鎧を纏った状態で配下の騎士などから誓いの口付けを手の甲に受けるのです。すると、その騎士が使える魔法が女神の鎧着用者に使用可能となるのです」
「へえ。そりゃすごい。じゃあ、信奉というのは神を信じる心が力になるってことですか」
「本来はそうなのでしょう。ただ、現在鎧を使っているのはオリビア様です。そのため、神への信仰心というよりはオリビア様の人気や知名度などがそれに該当するのではないでしょうか?」
どうやら女神の鎧というのはかなり変わったもののようだ。
その機能のひとつは魔法を使えるようになること。
鎧を着た状態で誓いの口付けなるものをすると、それをした者の使える魔法が使用可能になるという。
これは当時のアイシャにとっても必要な機能だったのかもしれない。
魔法陣技術を持ち、初代王ドグマ・ドーレンの建国の助けとなったアイシャだが、彼女自身が戦える力が必要なときもあったのだろう。
だが、名付けの儀式などを駆使して自身の魔力量を上げることはできても、ほかの攻撃魔法を使うことはできなかった。
そのために、あの黄金の鎧を作った。
当時いた他の魔法使いの魔法を使えるように。
そして、それ以外にもさらに力を高める機能が備わっていたようだ。
それが、信奉する心を力に変えるというものだ。
ブライアン曰く、オリビアが使用している場合には彼女の知名度などが信奉の代わりになるのだそうだ。
なるほど。
だからこそ、オリビアは竜姫などという名称をつけられて広く名を知られているのだろう。
きっと、リゾルテ王国も吟遊詩人などに金を積んで、オリビアが人気になるように歌を歌わせたりしたのだと推測する。
知名度が上がれば上がるほど、あの鎧を着たオリビアは強くなる。
それはつまり、その分負けにくく、実戦に出た際の危険を減らすことにもつながる。
王家直系の姫を戦場に送り出すという無謀な行為も、一応の対策が取られていたというわけだ。
「……あの鎧もオリビア殿に含まれますかね?」
「は? どういう意味でしょうか?」
「いや、この神前決闘でバイト兄が勝てば、オリビア殿を貰い受けるってことになっているでしょう? ということは、そのオリビア殿が着ている女神の鎧も一緒にもらえるのかなってことですよ」
「さ、さあ? どうでしょうか? というか、気が早いですな。あの鎧や【矢避けの加護】の宝玉がある以上、バイト殿が勝てるかどうか全くわからないというのに」
「ああ、それですか。そっちはあんまり心配していません。多分、大丈夫でしょう」
女神の鎧はぜひともほしい。
どういう仕組みでそんな機能がついているのか気になる。
持って帰ってグランに調べさせるなり、神界でアイシャに尋ねるのもいいかもしれない。
持って帰っても大丈夫かな?
リゾルテ王国が返せと言ってきそうな気もするが、まあなんとかなるだろう。
オリビアがバイト兄のもとに来るのであれば、嫁入り道具だとでも言ってもらってしまおう。
オリビアも怒るかもしれないが、調べ終えたら返却するとでも言えばいいだろう。
「あ、どうやらバイト兄が動くようですね。そろそろ勝敗が決まるかもしれませんよ、ブライアン殿」
「……あれは、剣、ですか。飛竜に乗った状態で剣による攻撃を行うのか。空中で超接近戦に持ち込まねば攻撃が当たらないが、【矢避けの加護】がある以上、致し方なしというところなのでしょうか」
「いえ、あの剣はただの剣ではなく魔法剣ですからね。通常の金属剣とは違って、攻撃範囲が少し延びます。飛竜で空を飛んでいても問題ないでしょう」
「あれは魔法剣でしたか。なるほど。確かにそのようですな。独特な色合いをしている。あの紫色の剣身はなんとなく妖艶な雰囲気を醸し出していますな。あれは私は初めて見るのですが、なんという魔法剣なのでしょう」
「氷炎剣です。私が作った魔法剣の中でも特に変わった力を持つのですが、あの氷炎剣を今一番使いこなせるのはバイト兄でしょうね。見ていてください。面白いものが見られるかもしれませんよ」
飛竜の操縦能力と高い魔力、そして空中戦においての絶対的な防御力。
それらを兼ね備えた竜姫オリビアはたしかに非常に強敵だ。
普通の騎士やあるいは当主級であっても、彼女に勝つのは難しいかもしれない。
そんな相手にバイト兄が選択した対抗手段は氷炎剣による攻撃だった。
何度か空中で相手と交差するように飛びながら、魔法鞄から取り出した氷炎剣を手に握り、その魔法剣に魔力を注ぐ。
そして、相手の攻撃を躱しながら接近し、その剣を横薙ぎに振るった。
魔力を込めた氷炎剣の剣身には氷の剣が出現する。
通常の金属剣の部分よりもリーチが伸びた氷の剣により、攻撃範囲が増大した。
だが、その氷の剣はオリビアに届く前に消えてなくなる。
否、氷が消えたのではなく炎に変換された。
その炎は黒かった。
かつて、俺たちを絶体絶命の死地へと追い詰めたウルクの魔法【黒焔】のような、真っ黒い炎が出現し、竜姫に向かって振るわれたのだった。
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