空中戦
全身が鱗で覆われて、大きな翼を持つ飛竜。
その飛竜にまたがっているバイト兄とオリビア。
神前決闘開始の合図とともに、両者が空へと飛び上がった。
バッサバッサと翼を仰ぎながら、両足でジャンプするようにして飛び上がり、そしてさらに上昇する。
どちらの飛竜も空高くへと飛び上がっていった。
どういう理屈で飛竜は空を飛んでいるのだろうか。
俺は飛竜に乗って飛んだ経験がないが、もしかしたら風の魔法でも使っているのかもしれないと思った。
バイト兄が言うには、飛竜にまたがって空を飛ぶとき、思ったよりも風圧を感じなかったと言っていたからだ。
そのため、結構な速度で空を飛んでいても、目が開けられないというようなことは無いらしい。
空を翔ける飛竜たちが、上空で旋回してお互いがすれ違うようにして行き交う。
そして、その交差する寸前に魔法が放たれた。
だが、まだ様子見だったようでその魔法は余裕を持って回避され、お互いにダメージない。
「すごいものですな。この短期間で本当に飛竜に乗りこなせている。バイト殿はヴァルキリーに騎乗する魔法を作り上げたとお聞きしているが、どのような生き物でも扱いに困ることはないようですね」
「そうかも知れませんね、ブライアン殿。というか、【騎乗術】も結局は両足でガッチリと騎乗姿勢を保ちつつ、体幹を保持する魔法ですし、ヴァルキリーであっても飛竜であってもさほど変わらないのでしょう」
「いや、それだけではないでしょう。使役獣であるヴァルキリーと元来が野生の魔物である飛竜では全然違うはずです。言葉一つで言うことを理解する使役獣と違って、飛竜は手綱の扱いや体重移動だけで進行方向や速度を操る必要があるはず。それを見事にやってのけているのはさすがの一言です」
「なるほど。確かにそうですね」
俺が空を見上げながら飛竜の動きを追っていると、隣に来たスルト家当主のブライアンが話しかけてきた。
ブライアンはバイト兄の飛竜の扱いを見て感心している。
どうやら、一度は向こう方で竜騎士部隊と一緒に行動したブライアンから見ても、及第点を与えられる程度にはバイト兄は飛竜に乗りこなせているようだ。
しかし、領地の所有を巡って軍ではなく神前決闘で決着をつけることに対して、もともとの領主であるブライアンはどう思っているのだろうか。
いきなり、オリビアから提案されてそのままこういう流れになってしまったがそこのところは気になる。
もっとも、反対されても今更どうしようもないのだけれど。
「この勝負、ブライアン殿はどう見ますか?」
「……バルカ軍という騎兵団を率いる若き将のバイト殿と、飛竜に愛された竜姫オリビア様による空中戦です。勝負の世界に絶対はありませんが、やはり相手の得意とする戦いである以上、バイト殿は不利なのではないかと思います」
「オリビア殿はそれほどですか? 竜姫という呼称はあくまでも、飛竜に好かれていることなどから付けられたものだと思っていましたが、飛竜同士の戦いでも優れているのでしょうか?」
「私も先日まではラインザッツ家の影響下にありましたから、そこまで多くは知りません。オリビア様は最近まで戦場には出てこられていませんでしたから。ですが、竜騎士部隊に所属する竜騎士たちから慕われているのはなにもその出自だけが理由ではないようです。飛竜を操る技術はもちろん、空中での戦いでも他の竜騎士に対して勝ることからであると聞いています」
「ほお。それはすごい。魔力量が多いというだけではないのですね」
確かにブライアンの言う通りかもしれない。
俺たちが話している間も空での戦いは続いている。
何度も何度も飛竜たちがすれ違うようにしながら、双方から攻撃を仕掛けあっている。
が、その動きは少しずつ違いが現れているようだった。
バイト兄の飛竜の扱いが決して悪いというわけではないのだろう。
だが、どうしても乗り始めて日が浅く、また、力によって無理やり躾けた飛竜であるというのも関係しているのかもしれない。
お互いが交差し、そして、旋回しながら再び向き合うという動作を繰り返すほどに、その速さに違いが生じていた。
つまり、バイト兄の乗る飛竜のほうがだんだんと遅れてきたのだ。
空中で旋回して再び相手のほうへ向くのがワンテンポずつ遅い。
するとどうなるか。
相手の方が早く攻撃に移ることができるようになり、だんだんと回避を優先せざるを得なくなってきたのだ。
また、これは双方の飛竜そのものにも違いがあるのかもしれない。
飛竜はどの個体もおおよそは同じような体格をしているが、それでもやはり個々によって差がある。
人間でも個人個人で体格差があるのと同様に、一口に飛竜と言っても違いがあるのだろう。
そして、オリビアの乗る飛竜は他の飛竜よりも少し大きかった。
それはただ大きいだけではなく、飛ぶ速さなどにも違いがあるのかもしれない。
旋回性能で負けていると判断したバイト兄が、直線的な動きに切り替えたところ、どうやら直進性能でも相手の飛竜に負けていることが見てとれた。
飛竜の操る技術でも負けていて、飛竜同士の性能でも負けているということになるだろう。
「……ん? これはどうしたことでしょう。バイト殿の飛竜の動きが先程までと違ってきていませんか?」
「ああ、本当ですね。さっきまではすべての動作でオリビア殿の飛竜に後れをとっていました。が、だんだんとその動きについていけるようになってきているようにも見えますね」
「なぜでしょう? 飛竜の扱いに急激に慣れたと仮定しても不自然です。直線での遅れまでもが改善されつつあるようですし」
「多分、魔法でしょうね。いや、呪文化していないから魔法じゃなくて魔術かな? まあ、なんにせよ、バイト兄が魔力を使って飛竜の動きを高めているのでしょう」
「魔術ですか?」
「ええ。人は魔力を使って自身の身体能力を向上させることができます。それを他者にしているのでしょう。この場合は他者というのは飛竜のことで、要するにバイト兄の魔力を飛竜に送り込んで飛竜の能力を高めているって感じでしょうか」
「ほう。そんなことができるのですか」
「もともとは、ヴァルキリーをより強くするために使っていたんでしょうね。バイト兄はヴァルキリーに乗っていても他の人より速く走らせていましたから。それを飛竜にも応用したってことでしょう」
どうやら、バイト兄は相手の動きについていけていない状況を見て、対策を取ったようだ。
自身の魔力を飛竜に送り、それによって飛竜の能力を上げる。
これは多分口でいうほどに簡単ではない。
ただ単に【魔力注入】などを飛竜にしても意味がないからだ。
送り込んだ魔力がきちっと能力の向上につながるように魔力を操る必要がある。
一朝一夕でできることでなく、長年ヴァルキリーに乗っていたバイト兄だからこその技術だろう。
その魔術のおかげもあり、それまではすべての動きで相手から一歩遅れていたバイト兄の飛竜が、相手に遅れずについていけるようになった。
最初は相手に翻弄されるようにして、なんとかついていくという状況が改善されたことで、戦いは第一ラウンドが終わり、第二ラウンドに移ったようだ。
バイト兄の放った【氷槍】がついにオリビアに命中したのだった。
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