降参
「勝負あり、だな。降参しろ、バルガス」
「くそ……、今のは一体……」
地面へと吹き飛ばされたバルガスだったが、意識を失ったわけではなかったようだ。
俺が声を掛けると理解の及ばぬことが起きて、混乱した様子でつぶやいていた。
俺がしたバルガスへの攻撃はさっきまでと同じで、遠距離魔法攻撃だ。
だが、それが【散弾】ではなかったというだけのこと。
もちろん【散弾】で決着がつくのであればそれでよかった。
しかし、バルガスが思いの外強かったため、俺は【散弾】という攻撃方法そのものを囮にして攻撃を繰り出したのだ。
バルガスは俺が手のひらを向ける角度から攻撃の狙いを察知し、呪文を唱える音を聞いて攻撃タイミングを把握していた。
それを逆用したにすぎない。
何度も回避される【散弾】をしつこく続けたことで、最終的にバルガスは攻撃を食らってでも自分の攻撃を当てるという捨て身の行動に出た。
だが、これは俺が誘導したものだったということだ。
まさか、なんのダメージもなく近寄ってこられるとは思いもしなかったが、狙いを察知して回避するという行動を取らせなくする意味があったのだ。
そして、その捨て身の攻撃に対してカウンターを発動する。
いくらバルガスが数多くの戦場で戦ってきた強者だといえ、不意をつかれればダメージは必ず通る。
自ら魔法攻撃の前に身をさらけ出したところに、呪文を使わない魔法攻撃をしたのだ。
それまで何度も繰り返していた【散弾】という言葉とともに発射される魔法攻撃。
バルガスは無意識のうちに呪文が聞こえたら魔法攻撃が発射されるものだと刷り込まれていたはずだ。
他のものが相手であればそれでも問題なかっただろう。
だが、俺は別に呪文化していなくとも魔法を発動することはできるのだ。
頭の中で【散弾】で飛ばすものよりも大きく硬い岩をイメージし、無音で発射したのだ。
バルガスはその攻撃を受けるまで察知することができなかっただろう。
こうして俺のカウンター攻撃が見事に決まったのだった。
だが、それでもバルガスはすごかったと言わざるを得ない。
完全に不意をついたはずだったのに、大剣で身を防いでダメージを減少させたのだから。
もっともそれによって愛用の大剣がポッキリと折れてしまっているのだが。
「わかった。俺の負けだ。投降しよう。だが、お願いだ。この村の人間に危害を加えないでほしい」
俺がバルガスに勝利したあと、バルカ村の人は雄叫びのような歓声をあげて喜んでいる。
戦場で見て、聞いた、隣村の英雄に自分の村の人間が勝ったということが嬉しいのだろうか。
だが、どうもその嬉しさがヒートアップしすぎているような気配もあった。
こういうときの集団心理は危険かもしれない。
普段善良で優しい人間でも熱狂的な雰囲気に当てられて、通常ならば考えられないような行動に出ることもあるだろう。
特にお互いに武器となるものを手にしている今なら、それは尚更かもしれない。
バルガスは自分が負けたことがキッカケとなって、自分たちの村が蹂躙されることを恐れているのではないだろうか。
だからこそ、降参ではなく、俺に対して投降するといったのかもしれない。
それもいいだろう。
これから俺たちは土地を治める貴族と一戦交える覚悟なのだ。
だが、戦力が足りているかといえば決してそんなことはない。
むしろ、村中から人を集めたにもかかわらず少なすぎるかもしれない。
もともと、この村には戦力の拡充が目的でやって来たのだ。
バルガスのような男こそ、必要なのではないだろうか。
「わかった。バルガス、お前が俺たちと一緒に戦うというのであれば村に危害を加えることはないと約束するよ」
「了解した。ともに戦うと約束しよう、アルス」
「ありがとう、よろしく頼むよ」
こうして、俺は当初の目的通り、戦力の増強を果たしたのだった。
計画通りだ!
※ ※ ※
「すごいな。まさか俺が魔法を使える日が来るとは思わなかった」
バルガスを仲間に加えたあと、俺はすぐさまバルカ姓を与えて魔法を使えるようにした。
隣村の人間であるバルガスにバルカ姓というのもおかしいのかもしれないが、グランや行商人のおっさんなど村と関係ない人間にもバルカ姓を与えていたからだ。
村の人間にこだわる必要もあるまい。
むしろ、おなじバルカを名乗ることで一体感が出てうまく戦っていくことができるのではないだろうか。
実際のところどうなのかわからないが、とりあえずこういう考えのもとにバルカ姓を名付けて魔法を習得させたのだった。
バルガスと戦うという不測の事態。
これは結果論として言えば、わりといい方向へ話が転がった。
というのも、俺が実際に戦う姿をみんなに見せつけることができたというのが大きかったのだ。
考えてみれば当たり前だろう。
俺はまだ成人もしていない子どもなのだ。
いくら魔法を使えるようにしてくれるからと言って協力しても、俺個人に対して信用も信頼もそう簡単にできるものではない。
本当にいざとなれば俺を置いて逃げ帰ろうと考えている人間が多かったのではないだろうか。
だが、実際に俺が戦う姿を見て、その考えを改める雰囲気が出てきたようだ。
圧倒的強さを持って戦場を駆けてきた実績を持つバルガスを、まるで立場が逆転したかのように赤子の手をひねるがごとく勝利してしまったのだ。
もしかして、本当に強いのかもしれない。
貴族と戦って勝てるかもしれない。
そう考えるのはおかしなことではなかった。
そして、この「もしかして」というのが大きいのだ。
かすかでも希望があれば人はそれを追い求めるように頑張ることができる。
やってやろうじゃないか、という空気が集団に満ちてきていたのだった。
「それで、大将は今どこにむかっているんだ?」
「なにその大将って?」
「何ってアルスのことだよ。この中の親分なんだから大将でいいだろ」
「うーん、まあ別にいいけど。今向かっているのは川だな。そこで陣を張るつもりなんだ」
バルガスが俺の横へと来て話しかけてきた。
話してみるとなかなかおもしろそうな人だった。
仲間思いのようで、みんなから慕われているらしい。
バルガスが俺に対して投降し、一緒に戦うとなったとき、隣村の若者が何人も我も我もと参加してくれたのだ。
どうやら、かつて村から離れたことがあるというのも仲間を守るために起きたトラブルが原因だったようだ。
そのバルガスの質問に答える。
隣村の戦力も吸収して、さらにその村からも移動を開始した俺達の目的地。
それはバルカ村から南のフォンターナの街に行く途中にある川だった。
俺はそこで陣地を作って、フォンターナ家を迎え撃つことにしたのだった。
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