神前決闘申し込み
「この神前決闘では我々リゾルテ王国軍が切り取ったラインザッツ領南部の土地を賭ける。神前決闘に勝利した側が領地を得て、敗者はおとなしく軍を引き、領地所有を諦める。この条件を神に誓いを立てて行うものとする。返答はいかに?」
私が述べた口上はどうやらきちんと相手にも伝わったようだ。
バルカ軍の動きが止まった。
そして、私の声が聞こえた者たちはすべて空にいる私に注目し、その後、私の言った内容について考え、近くにいる者と話し合う。
バルカ軍と戦う。
相手は強敵であり、勝利を掴むためにはいかなる犠牲が出るか分からず、またそれをためらうことは許されない。
だというのに、こちらの状況はさらに悪くなっていた。
それが、本国で起こった謀反の動きだ。
どうやらリゾルテ王家に対して分家筋の家が謀反を企てたらしい。
今回のラインザッツ領侵攻に反対していた穏健派が、竜騎士部隊が敗走したという報を受けて動いたとのことだ。
リゾルテ王国にとって、まだ回復途中だった竜騎士部隊を損なうような危険を冒してまで戦う必要があったのか。
しかも、その相手は同盟をしている国の軍でもある。
無用な戦で貴重な戦力をすり減らす王家に抗議する、と声明を出している。
その穏健派の言い分はさておいて、これ以上、竜騎士部隊を減らすのはまずいというのは私としても同意だ。
また、本国にいる王家もそう考えている。
が、そこで無理難題が飛び出してきた。
私たちにさっさと戦いを終わらせて本国に戻り、謀反を鎮圧しろと言ってきたのだ。
この命令を聞いて思わず頭を抱えてしまった。
ただでさえ、バルカ軍にどうやって勝つことができるかを悩んでいるときに、可能な限り早期に竜騎士部隊を消耗することなく勝利を収めて帰ってこいというのだ。
目の前の高い障害物の壁がさらに大きくなっていくような気さえした。
そんなことができるものか。
だが、やらねばならない。
そうして、考えた結果出たのが決闘による勝負だった。
昔から貴族や騎士間で問題が発生した場合、決闘により解決を図るという方法が行われてきた。
勝負のための条件を整え、勝敗がついた後のことを取り決めておいてから、正々堂々と一対一の勝負を行う。
だが、これは基本的には個人間の問題解決のための手法として用いられることが多い。
たとえば、一人の女性をかけて騎士同士が決闘を行い勝者が娶る、なんていうこともあるだろうか。
しかし、そんな個人間の問題だけではなく、貴族や騎士の家、あるいは領地などの更に大きな事柄についてをかけての決闘が過去になかったわけではない。
それらの決闘は通常のものとは違い、神前決闘として扱われることになる。
その名の通り、神に誓いを立てて行う決闘であり、勝敗がついたあとで反故にすることは許されない。
もし約束を違えれば神敵認定されてもおかしくないという厳しいものだ。
この神前決闘を私はバルカ軍に対して要求した。
これであれば一対一の戦いによって必ず勝敗がつく。
こちらが勝利するのが一番ではあるが、万が一負けたとしても戦力の喪失だけは避けられる。
竜騎士部隊を無事に本国に戻して謀反の鎮圧を行うことも可能だろう。
「神前決闘に際して、神の盾であるアルス・バルカ殿に決闘の勝敗を見届けていただきたい。神聖なる勝負に異論がでないように公明正大な判定をお願いしたい」
それになにより、この神前決闘を申し込むのに一番大きな理由はアルス・バルカと戦わなくとも済むかもしれないという希望があったからだ。
神前決闘はただの決闘ではない。
神に対して誓いを立てて行うという性質上、どうしても見届人が必要になる。
その見届人は教会関係者が行うのが通例だ。
それをアルス・バルカにさせる。
彼の立ち位置が非常に複雑なところに目をつけたのだ。
フォンターナ王国ではなぜか財務大臣などという役職にあるらしく、バルカ家ではすでに隠居しており当主ではない、そして、神の盾という教会に関係している立場も持つ。
この私の申し出に対して彼が必ず受けなければならないという理由はないだろう。
だが、断れば彼の名に傷がつく。
神の盾アルス・バルカは求められた神前決闘の見届けを無下に断り、しかも、決闘から逃げたという評判がつくのだ。
彼は思いの外、評判を気にしているらしいことは知っている。
ラジオなどというもので自分の名声を高めるようなことをしたことを考えても、下手な対応はできないはずだ。
つまり、彼はこの神前決闘の申し出と、その神前決闘での見届けを断りにくい、はず。
そして、それを受け入れたとすれば、彼は見届人である以上、決闘相手として戦うことはできない。
すなわち、アルス・バルカと戦わずにバルカ軍と勝敗をつけることができる可能性が十分にある。
これが私のひねり出した作戦だった。
断られる可能性が無いわけではないが、それならそれで別にいい。
そうなれば通常通り、軍による戦闘が行われるだけである。
ようするに、言うだけ言ってみても損のない提案というわけだ。
むしろ、断ってくれればそれを声高に主張することで相手の士気を下げることができる。
バルカ軍の指揮官は神聖なる決闘から逃げたと言えるわけだ。
「おもしれえじゃねえか。おい、アルス。この決闘受けろよ」
「え? 受けるつもりなのか、バイト兄?」
「もちろんだ。お前は審判でもしてろ。俺が出る」
「本気か? あの女の人、結構強そうだけど大丈夫なのか? というか、そんなことで勝敗つけなくても別にいいだろ」
「いいから、俺に任せとけって。おい、あんた。確かオリビアとか言ったか? その申し出受けるぜ。決闘はこの俺、バイト・バン・バルトが出る。だけど、条件はもう一個追加だ。俺が勝ったらオリビア、あんたをもらう」
……え?
今、あの人はなんて言ったのだろうか。
思わず聞き返してしまいそうになった。
もしかして、領地を賭けた神前決闘で私の身を賭けると言っているのだろうか。
自分が要求した神前決闘で、逆に思わぬ要求を突き返されてしまい、私はしばし思考停止をしてしまったのだった。
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