竜姫の要求
「来ました。あれが白い悪魔です。先頭にいるのがそうです」
「あ、あれがそうなの? ……きれい。悪魔というよりも神の使いみたいね。神の盾、という名称もあながち外れてはいないのかしら?」
ライン川を越えてこちらへと迫ってくるバルカ軍。
そのバルカ軍にはほかにもいくつかの貴族や騎士の軍が帯同している。
それらの軍はすべて知っている。
なにせ、つい先日まではこちらについていた軍が今は向こうについているのだから。
スルト家やほかの貴族たちはどうやらバルカに下ったようだ。
といっても、あれは彼らなりの生き残り戦術なのは分かっている。
なぜなら、こちらのリゾルテ王国軍にもまだスルト家などの軍がいるからだ。
バルカについたブライアン・スルトはスルト家の当主ではあるが、リゾルテ王国軍にもスルト家の継承権を持つ者がいる。
これはバルカ軍とリゾルテ王国軍のどちらが勝利しても血筋が残るようにという意味だろう。
継承権を持つ者を双方の陣営に置くことで後継者が絶えてしまう可能性を減らす。
ただ、だからといって戦場で双方のスルト軍が手を抜くことはない。
どちらも自分と自分の家系が生き残るために本気で戦い抜くだろう。
しかし、今はそんな些細なことを気にしている余裕は私には無かった。
とにかく、バルカ軍の先頭に位置する少年を見る。
飛竜に乗り、空から見下ろすように地を駆けるその少年を見続けていた。
なんだろうか。
アルス・バルカはヴァルキリーと呼ばれる魔獣型の使役獣に騎乗していた。
ただ、彼の乗るヴァルキリーはほかのものとはかなり違っている。
あれは……なに……?
他のヴァルキリーはきれいな白い毛並みなのに対して、彼が乗るヴァルキリーは全身の毛が少し青白い光沢がある。
また、その体毛からこぼれ出るかのように、まるで氷の粒が舞っているのだ。
キラキラと光を反射しながら舞う氷の粒はどこか幻想的な雰囲気を出している。
そして、その頭には角がある。
聞いた話ではバルカの持つ使役獣のヴァルキリーには本来角があり、その角ありは魔法が使えるそうだ。
だが、おそらくその角ありとも違うのではないだろうか。
彼の乗る使役獣の頭にある角は根本で額を覆うように広がっているが、それらの部分すべてから恐ろしいほどの魔力を感じる。
そういえば、ラジオではアルス・バルカの弟であるカイル・リードは高位精霊と契約していると言っていた。
もしかすると、あの角ありもその高位精霊に匹敵するなにかなのではないだろうか。
その姿があまりにも神秘的すぎて、空から見下ろしているのはこちらなのにもかかわらず、相手のほうが大きな存在であるかのように錯覚してしまうほどだった。
「くっ。どうしたんだ、こいつら……」
「なに?」
「わかりません、オリビア様。ただ、バルカ軍を見てから飛竜たちがどこか怯えているようです」
私がアルス・バルカの乗る使役獣に思わず見とれていると、そばにいた竜騎士の一人が声を上げた。
思わずそちらを見ると、どうやら声を出した者だけではなく、他の者たちも自分が乗る飛竜をなだめているところだった。
そういえば、バルカ軍が視界に入ってからどこか飛竜たちに落ち着きが無いように感じる。
私の乗っている飛竜も少し興奮しているようだ。
なぜだろう?
まさか、先にあったバルカ軍との戦いで竜騎士部隊が負けたことで飛竜たちになにかあったのだろうか?
いや、そこまで飛竜は軟弱な性格をしていない。
この子たちは【調教】を使わなければ人を食べ物としか認識しないくらい獰猛なのだから。
「……もしかして、アルス・バルカを見てこの子たちが興奮しているのかしら?」
「どういうことでしょうか、オリビア様? いくら相手があの悪名高い悪魔だと言っても、飛竜にはそんなこと関係ありませんよ?」
「そうね。この子たちにとって人間の間での評判など関係ない。けれど、相手を見ることはある。いえ、この子たちが持つ本来の野生の勘とでも言うべき感覚が、もしかすると彼を見て恐れているのかも……」
「まさか……。いくらアルス・バルカが相手とはいえ、飛竜たちがこれほど動揺するとは思いませんが」
「もしかすると、彼が身につけている装備に関係があるのかもしれないわね」
配下の竜騎士に示すように私はアルス・バルカのほうへと指を向けた。
高位精霊のような使役獣にばかり気を取られていたが、改めてあの少年を見るとその異様さに驚く。
おそらくは、彼の身につけている装備の1つ、その鎧に飛竜たちは怯えているのかもしれない。
彼の鎧は見たことのないものだった。
遠目から見た感じだが、金属製ではなさそうだと思う。
だが、おそらくはあれは金属よりも遥かに防御力があるだろう。
私の勘だが、あの鎧はなんらかの生き物の鱗を使って作ったのではないかと思う。
それも飛竜たちが見ただけで恐れる生き物。
……まさか、竜ではないだろうか?
今はもうほとんど伝説の存在となった竜。
飛竜たちよりも遥かに大きく強い存在。
だが、その竜についての記述は古い文献にしか載っておらず、いちばん有名なものであれば初代ドーレン王と数多の魔法使いによる竜退治ではないだろうか。
が、近年になって竜種の目撃とその討伐の話があった。
伝説上の生き物であるとされた竜を倒した者。
それが私たちに向かってきているアルス・バルカの有名な逸話だ。
最初は不死者となった竜を倒したという話だった。
これは当初でたらめな作り話ではないかと思われていた。
が、教会が正式にその不死の竜の存在とそれを退治したことを認め、のちに彼を聖騎士として認定したことで間違いのないことだと知られるようになった。
そして、その次は最近になって出版された挿絵付きの本によるものだった。
バルカで作られるようになったという羊皮紙とはまた種類の違う薄い紙で作られた本。
その本は、なんと驚くべきことにすべての頁に絵が描かれていた。
本来、本というものは文字が主体でそれを補足する程度に挿絵が添えられるものだろう。
だが、その本は絵こそが主体であると言わんばかりの構成だった。
そんな絵本で特に人気が高かったのが、西方探索における竜退治だった。
少年の騎士が空を飛び西へと行き、海という大きな湖を目指す。
そして、その途上で空を飛ぶ巨大な竜である空竜と遭遇し、戦った。
圧倒的な巨体でありつつも空を飛ぶ竜に光の剣で立ち向かう少年騎士。
この話はかなりの人気作だと聞いている。
だが、私たちのリゾルテ王国では別の意味を持って捉えられた。
その絵本の少年騎士がアルス・バルカであることは明白。
そして、空を飛ぶ巨大な竜とはそのままの意味ではなく、リゾルテ王国を暗示しているのではないか。
飛竜を活用し、最強の竜騎士部隊を持つリゾルテ王国を空竜と呼び、それを撃ち落とすという話の内容。
それはまさしく、アルス・バルカがリゾルテ王国打倒を目指しているという何よりの証拠ではないか。
あの絵本が出版されてからリゾルテ王国ではそのような解釈が一般的になっていた。
だからこそだろう。
バルカ軍がラインザッツ軍に勝利した瞬間に軍を動かすように命令が来たのは、バルカに対抗するために必要なことだったのだ。
しかし、もしかしたら違うのかもしれない。
あの絵本の内容はリゾルテ王国打倒を暗示したものではないとしたらどうだろうか?
もしかすると、本当にあった実話の可能性はあるだろうか?
もし、あれが事実であるとすると、アルス・バルカは空竜を倒したことになる。
飛竜よりも遥かに大きく強い竜である空竜を倒した。
そして、その空竜から採取した鱗を使って鎧を作ったのだとしたら?
飛竜たちにはわかるのかもしれない。
自分たちの種よりも圧倒的に強い本物の竜が鎧に変えられ、かの悪魔の身につける装備となってしまっているということに。
だからこそ、その姿を見ただけで怯えているのではないだろうか。
……駄目だな。
こんなことではいけない。
これらはただの推測だ。
あるいは荒唐無稽な妄想と言ってもいい。
何一つ、確証のあることではない。
こんなことを考えている時点で私は彼に無意識に追い詰められているということなんだろう。
だが、それらはいったん頭から追い出そう。
そんなことでは、万に一つも勝ち目が無くなってしまう。
私はこれから目の前の相手と一戦交えるのだ。
気持ちで負けていては話にならない。
そう考えて、一度自分の体からすべての空気を吐き出し、そして大きく息を吸う。
それを何度か繰り返してから、私は叫ぶようにして要件を伝えた。
空の上から地上を移動するバルカ軍全員に聞こえるように。
「我が名はオリビア・リゾルテ。リゾルテ王家の姫にして、竜騎士部隊をまとめる将である。バルカ軍に告げる。私はバルカ軍に対して決闘を申し込む。我が要求を受け入れて神前決闘を受けるか否か、答えてもらおう」
ここに至るまで、何度も頭の中でバルカ軍との戦いについて想定しつくした。
だが、どれも勝利への糸口がつかめなかった。
だから、まともには戦わない。
軍同士での戦いをしない。
その代わり、決闘を申し込む。
これまでリゾルテ王国軍が切り取ったラインザッツ領南部をかけて、一対一の決闘をアルス・バルカに申し込む。
彼はこれを断ることはできないはずだ。
逃げることは許されない。
いざ、尋常に勝負だ!!
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