竜姫オリビア
「報告いたします。ライン川でバルカ軍に動きあり。どうやらライン川を渡河してこちらへと向かってくるようです」
「ついに来たのね。竜騎士部隊に連絡を密にして警戒を怠らないで。それから、本国にも連絡を。早く援軍を送ってくるようにもう一度要請をかけるのよ」
「そ、それが……。もう一点、ご報告があります、オリビア様」
「何かしら?」
「……リゾルテ王国で謀反の動きがある、という報告が先程こちらに届きました。現在、急ぎ確認中です」
「な、なんですって?」
どうなっているの?
謀反が起こった?
本当に?
私はその報告を聞いて、しばしの間、頭を高速回転させるために口をつぐむことになった。
どうしてこんなことになるのだろうか。
リゾルテ王国は今、私の予想もしなかった大きな岐路にあるのかもしれない。
王家であるリゾルテ家。
そこに生まれた私は女性でありながらもこうして戦場に立つ身になっている。
これは別に私がそうありたいと願ったわけではなかった。
ただ、気がついたらそういう流れに身をおいていただけだ。
リゾルテ家の子女として生を受けた私は、なんの因果か生まれついて魔力量が多かったらしい。
そして、成長するにつれてその魔力量は順調に伸び続け、その御蔭で相手が誰であっても負けないくらいに強かった。
だからだろうか。
両親がそれを気に入って、私に名付けをしたのだ。
基本的に名付けを受ける者は男性がほとんどだ。
だが、私のように女性であっても魔力量が多ければ例外的に名付けをされることがある。
といっても、そのほとんどが女騎士となって主家の奥方の身辺を守ることが多い。
けれど、私は違った。
当時の覇権貴族であるリゾルテ家の生まれであるゆえに後宮の守護者となる必要も無かったのだ。
ただ、せっかく名付けをしたのだからということで、リゾルテ家の宝を与えられた。
それが飛竜の卵だ。
リゾルテ家は飛竜を【調教】し、その【調教】した飛竜同士を交配させて繁殖させる。
そのときに卵を手に入れるわけだが、孵化した飛竜は当然のことながら人には従わない魔物にほかならない。
そのため、リゾルテ家の持つ【調教】を生まれたばかりの幼竜のころから使い続け、手懐ける必要がある。
どうやら、私はこれが非常にうまかったようだ。
他の者が何度も何度も【調教】をしなければ飛竜を従えることができないにもかかわらず、私は割と短期間で【調教】が終わり、従順な飛竜を使うことができた。
そのため、次々と飛竜の卵を孵化させて【調教】を繰り返していくことになった。
今から考えるとそんなことをしなければよかったかもしれないと思わなくもない。
そうすれば、今とは違った未来があったかもしれないからだ。
ともかく、私が【調教】した飛竜の数は結構な数になったころだった。
最初は分からなかった私の【調教】の欠点が見えてきたのだ。
それは、私が近くにいないとだんだんと飛竜たちが言うことを聞かなくなるというなんとも面倒なことだった。
いや、言うことを聞かなくなると言っても【調教】の効果が無くなったというわけではないらしい。
ただ、私が近くにいない状態では竜騎士たちの言うことを聞きにくくなるということのようだ。
それを解決するためには私が【調教】した飛竜に対して、再び他の竜騎士たちが【調教】を行い、言うことを聞く状態にすること。
ただ、それはできなくはないが余計な手間でもあった。
そのため、私は飛竜の繁殖係となった。
私が育てた飛竜たちは覇権貴族としての戦力である竜騎士部隊で使われるのではなく、本国で繁殖させるために使用する。
そうすれば、私のそばから離れることは減り、言うことを聞いた状態を維持できると判断された。
この役割分担はうまくいっていたと思う。
もっとも、流れというのは唐突に変わるものだ。
数年前の出来事によって、私の生活は大きく変わってしまったのだから。
覇権貴族であるリゾルテ家の凋落。
それはラインザッツ家とメメント家、そしてパーシバル家という3つの大貴族によって作られた三貴族同盟によって起きた一大事件だった。
長年覇権貴族として覇を唱えていたリゾルテ家からその実権を奪うためにできた三貴族同盟によってリゾルテ家は負けたのだ。
特に影響が大きかったのがパーシバル家の存在だろう。
パーシバル家の持つ魔法である【猛毒魔弾】が飛竜にとって最悪の相性だった。
あの魔法によって、覇権貴族としての力の源だった飛竜の多くが失われたのだ。
だが、覇権貴族という立場から転落したとはいえ、リゾルテ家は滅亡したわけではない。
なんとか生き残りをかけてあがく必要があった。
そのため、三貴族同盟以外の貴族などとも連携を取り、領地を維持し、力を蓄えることにしたのだ。
そして、それはある程度うまくいった。
三貴族同盟は覇権貴族であるリゾルテ家を追い落とすことに成功はしたが、その後は内部分裂を起こしたからだ。
それまではあくまでも対等な関係であった3つの大貴族。
だが、次に覇権貴族を名乗ることができるのはその3つのうちのどこか1つだけだ。
これが理由で三貴族同盟内でも意見が対立し、そこにつけ込んで裏から手を回したことでリゾルテ家凋落の主因ともなったパーシバル家などは勢力を大きく落とすことになった。
だが、そこからが問題だった。
負けたとはいえ、うまく勢力を残したリゾルテ家だが覇権貴族に返り咲くにはまだ力が足りなかった。
やはり、なんと言ってもリゾルテ家が再度覇権を握るには竜騎士部隊の復活が必要だったからだ。
いくらリゾルテ家は健在なりと主張しても、最強と言われた竜騎士部隊が存在しなければ周囲がついてこない。
それはよく分かる。
わかるのだが、だからといって何も私を軍属にすることはないと思う。
というか、ただの軍属ならまだしも竜騎士部隊の将に抜擢というのは本当に意味がわからない。
いや、他の連中の言いたいことは理解はできる。
壊滅した竜騎士部隊を復活させるためにはどうしたって飛竜は必要になる。
飛竜のいない竜騎士部隊などありえないからだ。
では、その飛竜はどこから調達するのか?
飛竜渓谷まで行って野生の凶暴な飛竜を【調教】する?
それとも、飛竜の目をかいくぐって大量の飛竜の卵を持ち帰る?
そんな面倒で時間がかかり危険なことをするよりも、もっと手軽で簡単な飛竜の調達法があるではないか。
誰が言ったか知らないが、いつの間にかその考えがリゾルテ王国内の共通認識になっていた。
つまり、飛竜の卵を繁殖・孵化させて【調教】させていた私の飛竜たちを竜騎士部隊の飛竜として活用しようということになったのだ。
私の知らないところで、それは決定事項となっていた。
そして、当然ながらその飛竜たちが私のもとから離れれば次第に言うことを聞かなくなることも知られていた。
だったら、言うことを聞かなくなるようなことが無いようにすればいい。
つまり、私ことオリビア・リゾルテを竜騎士部隊の将に大抜擢してしまえばいい。
そうなってしまったのだ。
……泣きたい。
なんで私が汗臭い男連中に混じって飛竜に乗ってこんな戦場にまで来なければならないというのか。
最初はまだよかった。
いや、別になにがよかったというわけでもないけれど、復活した竜騎士部隊を率いて戦場に送り出された私はこれまた幸か不幸か、将としての才もそれなりにあったようだからだ。
ラインザッツ家と領地争いをしたり、メメント家の領地を切り取ったりとそれなりに活躍して戦場の動きにも慣れてきていた。
が、それを本国にいる主戦派の者たちがものすごく持ち上げてくるようになってしまった。
史上初の女性竜騎士であり、これまた史上初の女性の竜騎士部隊の将である私はまるで勝利の女神だとか、戦乙女だとか、あるいは竜姫などと呼ぶようになってきたのだ。
そして、それは今年も同じだった。
今ならラインザッツ家から領地を奪う絶好の機会だと言われて送り出されて、ここまで来てしまった。
それも最初はよかった。
だが、今度ばかりは相手が普通ではない。
今、私の部隊に悪魔が近づいてきている。
リゾルテ家からはるか北に位置するフォンターナ王国。
地方貴族であるフォンターナ家をリゾルテ家同様に王国へと変え、しかも、今はリゾルテ家さえ凌ぐのではないかと思うほどの勢力へと変えた張本人。
敵対した者はすべて打倒してきた常勝無敗の英雄。
リゾルテ家を苦しめた三貴族もほとんどが彼の行動によって崩壊目前の危機に瀕している。
白い悪魔ことアルス・バルカがここに来る。
私の飛竜たちもすでに悪魔の使役する謎の飛行する蟲によって攻撃を受けた。
竜騎士たちが言うには手も足も出ずに撤退に追い込まれたというではないか。
蟲ってなに?
飛竜じゃないの?
もしかして、新しい使役獣かなにかなのかしら?
わからない。
まったくもって、わからない。
どうすればいい?
なにができる?
頼りにすべき本国からはなぜかこんなときに限って、謀反が起こったという真偽不明の知らせまでが来る始末だ。
私は今後の展望が全く見えない状況で、しかし配下の前で気弱な姿を見せるわけにもいかなかった。
こうして、最悪の相手と戦うために死地に赴く気持ちになりながらも迎撃の準備を進めていったのだった。
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