観察と使者への返答
「あれが飛竜か……。やっぱ、かっこいいな。魔導飛行船もいいけど、ああいうのに乗って空を飛ぶってのも面白そうだ」
「おいおい、随分余裕だな、アルス。もう目前までリゾルテ王国軍が迫ってきたってのに。でも、わかる。なんかこう、竜に乗るってのは浪漫があるよな」
「だろ? やっぱ、一度は乗ってみたいもんな、飛竜とかって」
ライン川の東岸を下っていった俺たちバルカ軍。
そのバルカ軍がライン川から少し離れた場所でリゾルテ王国軍を待ち構えていた。
一目散に駆け抜けてきたので、いったん休憩をとり、兵もヴァルキリーたちも休ませていると、ようやくリゾルテ王国の軍がそこに現れた。
どうやら、リゾルテ王国軍はライン川を船で渡ってきたようだ。
向こうには最強の部隊と呼ばれる竜騎士部隊が存在しているが、リゾルテ王国軍すべてが飛竜に乗って行動しているというわけではない。
むしろ、その数は限られている。
こちらが確認できた感じでは、竜騎士部隊の構成人数は300ほどらしい。
飛竜はそれほど大きな体をしているわけではなく、だいたい成人男性を一人か二人、背中に乗せて飛べるくらいのようだ。
そのため、基本的には一人の騎士が一匹の飛竜に乗って行動する。
が、ラインザッツ領を切り取るリゾルテ王国軍はもちろん300などという少数ではない。
ほかにもっと数がいるので、川を渡るためには船を必要としたというわけだ。
まずは竜騎士部隊がライン川を空を飛んで渡り、対岸の安全を確保する。
そうして、ほかの者たちが船を使ってピストン輸送の要領で川を渡ってきた。
まだ全軍が渡りきっていないところを、俺たちは遠くから双眼鏡などを使って相手の動きを見ていたというわけだ。
その双眼鏡を使っての観察で俺とバイト兄は飛竜のことをジロジロと見ていた。
やはり、空飛ぶ竜にまたがって空を翔けるというのは男のロマンだろう。
俺が今まで関わった竜は骨だけだったり、200人が乗り込める魔導飛行船を足で掴んだまま飛べるほどの巨体の空竜だったりしたが、飛竜はもっと小型だ。
だが、しっかりとした翼で人を乗せながらも空を飛んでいるのを見ると非常に力強さを感じる。
ぜひとも一度は乗ってみたいものだ。
「けど、あの飛竜ってのはそんなに強いのか? なんか特別な力とかはあるのか、アルス?」
「いや、確かそんなのはないって話だったはずだ。あくまで、人を乗せて飛べるってだけで、別に口から火を吹いたり、しっぽに毒の棘を持っていたりとか、そういうことは無いはずだ」
「へー、ってことは竜騎士部隊は空を飛べるだけってことか? 飛竜からの攻撃は別に無いんだな?」
「そうだ。実際の竜騎士部隊の仕事は空を飛んでの偵察だとか、城壁を越えて相手の城門を開けるとか、そういうのが多いらしいからな」
最強の竜騎士部隊、という言葉を聞くとあたかも飛竜がものすごく強いのかと思ってしまう。
いや、実際に飛竜は強い。
硬い鱗を持ち、空を素早く飛んで、鋭い爪や牙で攻撃してくるのだから。
普通に人間が敵う相手ではない。
が、部隊としての仕事はあくまでも補助的なものが多かったようだ。
これはいくら飛竜が強靭な肉体を持っていたとしても、さすがに当主級の魔法攻撃を喰らえば無事では済まない可能性もあるということもある。
それに数が揃っていたと言っても、無限にいたわけではない。
あくまでもかつての覇権貴族で飛竜に乗っていたのは、リゾルテ家の中でも限られたエリートだけだったそうだ。
他の騎士では乗ることすらできない特別な存在。
それが飛竜に乗る騎士だった。
だが、最初に飛竜の【調教】に成功したリゾルテ家当主の時代はまだそこまで最強の部隊などと評価はされなかったらしい。
いくら空を飛んで行動できるとはいえ、攻撃の段階で飛竜が翔け下りてきて爪などで攻撃してくるのであれば反撃する余地もあるからだ。
厄介な相手ではあれども、無敵の存在ではなかった。
しかし、それは段々とリゾルテ家が勢力を拡大していくに従ってその欠点が補われていった。
飛竜に乗ったまま攻撃できるようになってきたのだ。
時代が下るにつれて、段々と飛竜に乗ったまま魔法攻撃を多用するようになったらしい。
【調教】という攻撃性の無い魔法しか使えなかったリゾルテ家だが、飛竜を【調教】することに成功し、いくつかの貴族に打ち勝ち、配下を増やすことになった。
そして、その配下は遠距離攻撃できる魔法を持つ家だった。
つまり、その配下になった貴族や騎士に対して名付けを行い、【調教】という魔法を使えるようにしたのだ。
配下はリゾルテ家が管理している飛竜の卵を貰い、それを孵化させて【調教】を行う。
そうして、うまく【調教】できて飛竜に乗れるようになった者は竜騎士部隊の一員として働くことが許された。
彼らは【調教】が使えると同時に、もともとの貴族家からの魔法も持っている。
つまり、飛竜に乗りながら遠距離攻撃できる魔法攻撃が使えたのだ。
これによって、竜騎士部隊の活躍は劇的に広がったのだという。
「つまり、飛竜そのものは空を飛んで近づいて爪で攻撃してくるけど、そこに騎士が乗っていれば空を飛んだまま魔法攻撃できるってことか?」
「そういうこと。だから、飛竜が飛んでいるのを見かけたら気をつけろよ、バイト兄。手の届かない上空から魔法で攻撃されたら反撃もできずに一方的にやられるからな」
「厄介だな。けど、アルスの持っている空絶剣があれば空を飛んでいても攻撃できるんじゃないか?」
「できるけど、相手が散らばっていたりするとこっちも被害がでるかもしれないな。空絶剣は遠く離れた場所を斬れるけど、あくまでも一振りで攻撃できるのは刀の長さ程度しかないわけだから」
「空を飛び回る相手を狙うとなると時間がかかるってことか」
「そうだな。すぐに殲滅するってのは難しいかもしれない。……お、使者が帰ってきたみたいだな。リゾルテ側の返答が聞けそうだ」
飛竜を観察しつつ、その対策について話し合う。
が、もちろん何がなんでも戦闘をするというつもりもない。
相手がここで手を引くというのであれば、無理に戦う気もなかった。
そのため、渡河している最中のリゾルテ王国軍に向かって使者を出していたのだ。
ここで引けば見逃してやるよ、という内容の書簡を携えてリゾルテ王国軍に行った使者がちょうど帰ってきた。
「返答は?」
「はっ。リゾルテ王国軍にアルス・バルカ様の書簡を渡し、こちらの意思を伝えました。それに対して、我々は仇敵であるラインザッツ家に掣肘を加えるために行動しているゆえ引く気はない、とのことです」
「そうか。じゃあしょうがない。総員、戦闘態勢に入れ。リゾルテ王国軍を叩くぞ」
どうやら、リゾルテ王国軍は引く気はないようだ。
まあ、こうなるような気もしていた。
というか、ここで引くくらいなのであれば今この場にリゾルテ王国軍がいることなど無いだろう。
こちらからはすでにリオンを通じて何度も忠告を重ねていたのだ。
フォンターナとラインザッツの対決の裏で漁夫の利を得るかのような侵攻をするなと、注意を繰り返していた。
だが、それでも動き続けていたのだ。
ならば、戦うしか無い。
こっちとしてはここで引けば見逃してやるとまで言ったのだ。
それはつまり、ここまでリゾルテ王国側が切り取ったラインザッツ領を譲ると言っているのと同義だ。
相当な譲歩であるとも言える。
だが、相手はそれを断った。
であれば、これ以上穏便に済ませる方法は存在しない。
引く気がないというのであれば、引かざるを得ないようにしてやろう。
こうして、ラインザッツ領という場にありながら、リゾルテ王国軍とバルカ軍の戦闘が行われることになったのだった。
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