渡河
「じゃあ、いくよ、アルス兄さん」
「おう。思う存分、好きなようにやってくれ、カイル」
「わかった。それじゃあ、よろしくね、精霊さん」
対岸にコスタンブル要塞が見えるライン川のほとり。
そこで、カイルがこちらに確認をとってから、行動を開始した。
ラインザッツ家が誇る難攻不落の要塞にして、最終防衛ラインのコスタンブル要塞攻略戦の始まりだ。
カイルが杖を取り出して、精霊を呼び出す。
その杖はカイルのために作られた特別製だ。
かつて北の森でいきなりカイルに思念を送ってきて、精霊との契約をさせた古の大木。
どうやら、その木は生意気にも自分のことを世界樹などと言っているらしい。
もっとも、大地を支える巨木などと言えるほどの規模の大きさだったりということではないようで、上空を飛んでも多分どれがその木かは簡単には見つからないだろうという話だ。
ただ、古いだけあって特別な木であることは間違いないらしい。
長い年月を生きた世界樹と、おそらく長生きしていただろう竜の魔石。
その魔石にはシャーロットから聞き出したというブリリア魔導国の魔法陣技術の新たなエッセンスも加えたことで非常に優秀な杖が出来上がった。
世界樹の枝に魔法陣を刻んだ不死骨竜の魔石をはめ込んで作られたその杖は、使用すると非常に魔力のコントロールが上がるのだという。
これが王都連合軍を一網打尽にするのに役立った。
貴族や騎士の間では、よく強さの象徴として魔力量の多さが言及されたりする。
同じ魔法を使える者であれば、魔力量が多いほど魔法を使用できる回数も増えるし、身体能力などの向上も魔力量が多いほうがいいからだ。
なので、相対的に魔力のコントロール技術というのは低く見られがちになることが多い。
細かな扱いに習熟したところで、結局は量が多いほうが優れているという感覚なのだろう。
だが、俺やカイルはその考えとは少し違っていた。
なぜなら、通常の貴族や騎士は名付けを得て使用可能になった魔法を使うだけなのに対して、俺たちは自分で魔力を操作させて特殊な現象を発揮させることがあったからだ。
なので、魔力のコントロールは魔力量の多さとともに重要視していたのだ。
俺で言えば、地面の土に魔力を送り込んでその土の形を変えたり、レンガ製の壁を作ったりできる。
が、これは他の人が見ているほどに簡単な作業ではなかった。
まずは、大地に手をついて魔力を十分に送り込んでいく必要がある。
大きな物を造ろうと思えば、相応の量の魔力を地面に練り込んでいく必要があり、その分時間もかかってしまう。
そして、例えば大きな建物を造りたいのであれば、その形を頭の中でしっかりイメージしなければならない。
もし、このときのイメージがいい加減なものであればうまく作れなかったり、あるいはできたとしても欠陥住宅のようにすぐに崩壊する可能性もあるのだ。
このイメージの際には魔力をうまくコントロールして造りたいものの形に変化させたりするので、量が多ければいいというわけでもないのだ。
なので、このコスタンブル要塞の攻略で、俺がライン川を渡れるような巨大で堅牢な橋を作るというのはなかなかどうして難しかったのだ。
深い川底の土にまで十分に魔力を送り、そして、川の流れに負けない陸橋を建てて、その上を通れる橋を架ける。
そんなことやろうとすれば、かなりの集中力とともに膨大な魔力を消費してしまう。
バルカ軍以外にもまだ味方についたばかりのサラディア家やハマン家の連中が近くにいる状態でそんな消耗をするのもためらわれたのだ。
バルカニアや聖都跡地を空に浮かべることができたのは、アトモスフィアや聖都の地下の迷宮核と【合成】されたカイザーヴァルキリーの存在があったからこそだ。
それらのものを使って事前に土に魔力を溜め込んでいたからこそ大掛かりなことができた。
なので、それ以外の場所では俺は巨大建造物を魔力で作り上げたりは基本的にはしない。
だが、カイルは違った。
世界樹の杖と自身が契約した精霊という存在。
このふたつは魔力の扱いをものすごく助けてくれる働きがある。
それがあることで、短期間で広範囲に魔力を送り、特異な現象を発現させることができる。
だからこそ、目の前に迫ってきている王都連合軍を相手に魔力を練り上げて幻想華の花を咲き乱れさせるなどという離れ業ができたのだ。
「おお。見ろよ、アルス。カイルの精霊がなんか川の水の上に植物を伸ばしているぞ。もしかして、これが橋を架けるって言ってたやつか?」
「そうみたいだな。なんかよく知らないけど、水の上で人が乗っても大丈夫な植物ってのがあるらしい。それをこのライン川の対岸にあるコスタンブル要塞までつなげるように伸ばすんだってさ」
「じゃあ、俺たちはその植物の橋の上を通ってコスタンブル要塞に取り付いて攻撃をすればいいってことだな? よっしゃ、ようやく攻撃に移れるのか。待ったかいがあるな」
「はりきるのもいいけど、あんまりバルカ軍に被害が出るようなことをするなよ、バイト兄。サラディア家の【水壁】とかもあるんだし、あいつらをうまく使って攻撃をするようにな」
「おう、任せとけって」
魔力を使って広大な川幅を持つライン川に橋を架ける。
俺にはこの方法をとることはできなかった。
だが、精霊の力を使えるカイルはそれができた。
持ち前の魔力量の豊富さと各種条件によって、カイルはこのライン川にあっという間に植物でできた橋を架けることに成功した。
その橋の上に乗ってみる。
どうやら、植物の蔓が編み込まれるようになっているようだ。
そのためか、乗ったときに沈んだり不安定になるようなこともなく、大軍が移動することもできることが確認できた。
で、あれば遠慮はいらない。
コスタンブル要塞にいる連中もまさかこんな形で対岸から渡ってこられるとは思いもしていないだろう。
本来であれば船を使って渡河してくると予想していたはずだ。
なので、コスタンブル要塞に向かってくる船がいればラインザッツ軍の水軍が逐一それを迎撃に向かうつもりだったのだろう。
だが、それが仇となった。
水面を覆い尽くすように伸びた植物の橋によって、船が使い物にならなくなったからだ。
そして、そんな急な変化に即座に対応できるはずもない。
この機を逃す手はない。
相手が対応できない混乱状態にあると見て、俺たちは一斉にコスタンブル要塞に向かって接近し、攻撃を仕掛けたのだった。
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