精霊の歌
「精霊が歌っている?」
「歌? 高位精霊ってのは歌を歌うものなのか、キリ嬢ちゃん?」
「わかりません。けど、ラーって感じでなにか言っているのが、まるで歌っているように聞こえます」
接近する王都連合軍を前にして、カイルの精霊とやらはなにやら歌い出したらしい。
それがもし本当に意味のある歌なのだとしたら、それはすごいと思う。
俺が【氷精召喚】で呼び出す氷の大亀はそんなことできないしな。
が、ちょっと戦場では不釣り合いな行為でもあるだろう。
精霊はちゃんと今が戦いの真っ最中だということを分かっているんだろうか。
「すごい……。お花が咲いちゃった。きれい……」
「……もう何をどう突っ込んでいいのかわかんねえな。花ってなんだよ、キリ嬢ちゃん」
「カイル君の精霊さんが歌を歌っていたら、その周りからどんどん地面に草が生えていって、そこから花が咲いているんですよ、バルガス様。で、その花がだんだんと広範囲に広がっているんです。空から見ている光景だと、すごく幻想的できれいな光景ですよ」
「なるほど。もしかしたら、相手にきれいな花でも見せて心を落ち着かせようとでもしてんのかもしんねえな。さすが高位の精霊様は格が違うね」
「あれ? バルガス様、ちょっと投げやりになってませんか?」
「しょうがねえだろ。解説できるかよ、こんなの。アイ、お前ならわかるか? なんだよ、花って」
「承知いたしました、バルガス・バン・バレス様。解説いたします。あの花は幻想華です。棘のある蔦を伸ばし、その先には様々な色の花をつけるのですが、その花には色によっていくつかの効能があります」
「あ、わかった。あれってもしかして、カイル君が作った魔法の?」
「そのとおりです、キリ・リード様。カイル・リード様がお作りになられた魔法で【守護植物】というものがあります。これは、密室状態の部屋の中に植物を茂らせ、外から許可なく侵入した者に対して効果を発揮する魔法です。この魔法に使用されているのが幻想華の蔦です」
「そういや、そんな魔法もあるな。あれって確か、カイルに対して大将が作れって言って作らせたんだっけ? 当時からカイルの魔法は貴重だったから、身を守れるような魔法が必要だとか言ってたように思う」
「あ、そういえばそうだったと思います。私も聞いたことがありますね。けど、知らなかったな。【守護植物】は私も使えるので、毎日寝るときに部屋の中で使用している魔法なんですけど、それが幻想華っていう植物なのは知りませんでした」
「あれって俺はよく知らないんだが、無許可で入ろうとした者を植物が拘束する魔法だったか?」
「ちょっと違いますね。拘束するのはそうなんですけど、拘束した相手に対して毒とか麻痺とか睡眠とか、なんかそういう効果も発揮するみたいなんですよ。だから、【守護植物】を発動して寝たら、次の日起きたら部屋の入口とかで知らない人が倒れていたってこともあったりするんですよ」
なんか、さらっと言ってるがキリ嬢ちゃんもそんな経験があったんだろうか。
なかなかに怖い経験をしているようだ。
だが、そんなキリ嬢ちゃんの身を守ったこともある【守護植物】の効果はかなり便利なものだろう。
なにせ、一晩中ぐっすり寝ていても安全なのだから。
これがあるだけで身の安全はかなり保障できることになる。
「ん? その【守護植物】に使われている幻想華とかいうやつを精霊は地面に増やしているのか?」
「そうですよ、バルガス様。もうかなり花が咲いている面積が広がっています。あ、そういえば王都連合軍の動きもちょっと遅くなりましたね。お花が咲いてびっくりしたんでしょうか?」
「そりゃまあ、いきなり色とりどりの花が咲きだしたら驚くだろうな。それに、先頭にいる奴らからすれば精霊が見えているんだろうし警戒もするだろう」
「でも、止まってしまってもいいんでしょうか? 幻想華の広がり方はものすごい速度ですよ? っていうか、もう王都連合軍全体を覆うほどの面積を完全に超えて広がっていますし。どこまで広がるんだろう」
「もうそんなに増えてんのか。精霊がすごいってのもあるんだろうが、もしかしたらカイルの魔力量だとか、その手に持っている杖にも理由があるのかもしれねえな」
「きっとそうでしょうね。……あ、堕ちた」
「どうした、キリ嬢ちゃん? 堕ちた、ってなんだ? なんのことだ?」
「王都連合軍の兵が次々と崩れ落ちるように倒れていってるんですよ、バルガス様。あれは見たことありますね。【守護植物】に絡め取られた人が倒れるのと同じような感じです。そっか、あの花が咲くくらいまで成長していれば密室じゃなくても、蔦が絡まなくてもいいのかも。花粉とか、花の香で相手を眠らせたりできるのかもしれません」
「……ちょっと待ってくれ。さっき、キリ嬢ちゃんはこう言っていなかったか? 幻想華が咲いている面積はすでに王都連合軍の全体を含むまでになっているって。で、王都連合軍の連中が堕ちたっていうことは、要するに全員がその幻想華にやられちまったってことか?」
「そうみたいですね。上空から見ているだけだと、寝ているのか麻痺しているのかはよくわかりませんけど、王都連合軍は全員地面に咲いた幻想華の上で倒れるように横たわっていますよ」
「騎士や当主級はどうだ? 魔力量の多いやつはまだ健在で動けたりしているんじゃないのか?」
「えっと、どうでしょうか? 数が多いからなんとも……。アイさんはわかりますか? だれか動いている人はいると思いますか?」
「確認完了いたしました。現在、精霊の用いた歌により土地を覆い尽くした幻想華による影響で、王都連合軍は完全に沈黙しました。いわゆる当主級や騎士を含む全員が行動不能となっています」
「……え? もしかして、これで終わりか?」
「終わりというのがリード軍対王都連合軍の戦いのことを指しているのであれば、そのとおりであると思われます。現在、王都連合軍は誰一人行動できません。戦闘続行は困難であると断言できるでしょう」
本当に?
王都連合軍はいろんな貴族の軍で構成された雑多な軍だ。
そのために、まとめ役であるはずのビスマルク家は各々の軍に各自の判断で動けるように指示を出した。
その結果が全軍突撃という内容になっていた。
これはかなり乱暴な作戦のようでいて、それでも結構利点もある方法であったと思う。
なぜなら、魔法には相性があるからだ。
かつて存在したウルク家は当主級の使う魔法にかんして言えばアーバレスト家とは相性が悪かったと言われている。
そんなふうに苦手な相手がいればどうしても対応に苦慮せざるを得ない。
なので、普通は当主級の魔法を使える相手と戦う場合、いろんな状況を想定してなんとか勝機を掴もうと努力するものだ。
だが、今回のようにいろんな魔法を使える当主級がいる貴族軍が全軍突撃などしてきた場合、それらに対して一つ一つ丁寧に対応することが難しくなるだろう。
どこでどんな魔法が使われるかがわからない状況で、各種魔法に対して適切な対処を行いつつ、少数で圧倒的多数を相手に勝利を得る。
それこそが、リード軍の総大将であるカイルに求められる役目だと俺は思っていた。
だが、蓋を開けてみればどうだろうか。
戦いの結果は俺の予想もしていないものになってしまった。
リード軍と王都連合軍の戦いはあっという間に終わってしまった。
それもリード軍というよりもカイル個人の力によってだ。
言語を発する高位精霊とかいう存在を出したかと思えば、それが歌を歌って花を咲かせる。
そして、その花によって相手は全員が行動不能になってしまった。
戦う前に終わったとでも言えばいいのだろうか。
たった一滴の血すら流さずに、カイルは勝利を掴んでしまったのだ。
そして、この勝利はものすごく大きい。
なぜなら、幻想華によって行動不能になっている相手の中には当然重要な人物が多数いるのだから。
騎士や各貴族家の当主級だけではない。
王都圏において名門貴族家であると言われているビスマルク家の当主や、そいつが担ぎ出して臨時王などと言われているドーレン王家の継承権を持つ王子。
そいつらも、今地面に倒れているのだ。
これは非常に大きな意味を持つ。
大将のように圧倒的な軍の力で勝つ姿を見せるというのも意味が大きいだろう。
だが、臨時王やビスマルク家当主、あるいは各貴族の当主級やそれに仕える騎士全員の身柄を押さえたカイルに対して、おそらくは今後各勢力から身柄の返還要求がなされることだろう。
重要人物を全員手元においた状態での取引が始まることになる。
そして、その相手は全員が王都圏からその北に位置する貴族家が相手になる。
つまり、カイルはこの戦いによって、王都圏から北にかけての勢力に対して非常に有利な交渉ができる条件を得たことになる。
これはもしかすると、一気にリード領の勢力を拡大することにつながるかもしれない。
俺はあっという間に終わってしまったこの戦いが今後どのような影響を各地にもたらすのか、想像すらつかずに言葉を失ってしまったのだった。
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