一触即発
「おい、バルカの連中よ。一体、どういうつもりだ?」
双方が殺気立ちながら相対しているなか、隣村の中から一人の男が声を上げた。
武器を片手に持ちながらズッと前に押し出るようにして集団の先頭へと出てくる。
大きな剣を持っている。
大剣といっていいのだろうか。
分厚く太い剣を手にしているにもかかわらず、特に重たさを感じさせるような素振りも見せずに動いている。
その姿はこの集団でもかなり異質で浮いている。
俺たちの村の連中もそうだが、基本的に武器はあまりいいものを持っていないのだ。
下手したら農具をそのまま掴んで出てくるような人が多い。
農具ではなく戦用の武器として使用されることが多いのは槍だ。
なぜ剣ではなく槍が多いのかと言うと経済的な面が関係している。
柄頭からそれなりの金属部分の長さが必要な剣と木の棒の先に刃先をつけるだけの槍。
比べてみると使用される金属の量は圧倒的に槍のほうが少なく、値段も安くすむのだ。
それ故に剣を持つということはそれだけ経済的な力もあるということを示しているとも言える。
つまり何がいいたいのかというと、粗末な武器しか持たない集団の中で人の身長よりも大きな大剣を持っているというのはそれだけで存在感に満ちあふれているということなのだ。
「あいつ、もしかしてバルガスか?」
「バルガス? 父さん、アイツのこと知っているの?」
「ああ、知っている。あいつはここいらの英雄みたいなもんだな。かつて、幾多の戦場でものすごい活躍をしていたからな」
「てことはかなり強いんだね」
「だが、昔ここを出ていったって話だったはずだ。戻ってきていたのか」
どうやら、お隣さんの有名人らしい。
父さんと同年代以上の人はバルガスのことをよく知っているらしい。
バルガスが姿を現してからあちこちで声が上がり、動揺し始めた。
それに対して、隣村の連中はバルガスが前に出たことでかなりの落ち着きを取り戻したようだ。
かつてここを出ていったという話だが、それでも隣村の連中にとっては頼りがいのある男ということになるのだろうか。
「聞け! フォンターナ家はバルカ村の住人に非道を働いた。俺たちはそれに怒り、立ち上がった。だから、お前らもそれに協力しろ!」
俺が前に出たバルガスという男を観察しているときだった。
バイト兄が俺達の前に出ていきなり話しかけ始めた。
バルガスの大剣を持つ姿もこちらに対して威圧感を与えるものだったが、バイト兄もいい勝負だろう。
バイト兄はこちらの中では群を抜いて装備の質がいい。
それも当然だろう。
なにしろ俺が用意したものなのだから。
まず、バイト兄は角なしヴァルキリーに騎乗している。
普通、農民で騎乗技術のあるものなどほとんどいない。
そもそも騎乗できる使役獣を持っている人間というのがほとんどいないのだから当たり前だろう。
真っ白な毛並みをもつ雄々しい使役獣に乗ったバイト兄。
その体は真新しい革鎧に包まれている。
これは大猪の毛皮を魔力回復薬を触媒としてなめした一品だ。
農民の多くは農具などを武器にしているだけあり、防具に至ってはほとんど無いに等しい。
せいぜい木の板を盾にしているくらいだろう。
まだ子どもでこれからも成長することが明らかであるバイト兄の体に完全にフィットするように作られた革鎧。
だが、さらにすごいのが手にしている武器だった。
バルガスの持つ大剣ほど大きくはないが、大猪の牙をもとに作られた硬牙剣。
グランが作った剣の一振りをバイト兄へと渡しておいたのだ。
金属ではないが、それゆえに怪しげな光をはなつ剣を持つ。
そんなバイト兄は向こうからするとどういう存在として映るのだろうか。
普通の農家の次男坊だとは夢にも思わないに違いない。
「その装備、もしかしてお前か? バルカの大物喰らいとかいうやつは……」
「ん? ああそれは違うぞ。そいつは俺の弟だ。アルス、前に出てこいよ」
バイト兄とバルガスが二言三言話をし、俺を呼ぶ。
よくわからんがとりあえず話ができるのであれば行ってみるとしよう。
「そいつが? おい、何かの冗談だろう。そんなガキが大猪を一人で殺せるわけ無いだろうが!」
ああ、なるほど。
大物喰らいとかいうのは大猪を倒したことでついた呼び名みたいなものなのか。
そういえば、グランが俺のところに来たのも大猪退治について聞いたからだとか言っていたな。
結構噂が広がっているんだろうか。
「おい、今なら子供の冗談として笑って済ましてやるよ。さっさと後ろの連中をまとめて帰んな」
「ふざけるなよ、さっきも言っただろうが。俺たちバルカの人間はフォンターナ家と戦う。お前らもそれに協力するんだよ」
「それこそ、ふざけるな。そんな寝言みたいな話に付き合うわけないだろうが」
「ああ、なんだとコラ」
「なんだ、やんのかこら」
やばい。
バイト兄とバルガスが口喧嘩のようなものに移行し始めた。
だが、それが口喧嘩ではすまなくなる可能性がある。
お互い、両者の後ろには武器を持った人間が前のめりになりながらジリジリと距離を近づけてきているのだ。
しょうがない。
俺はそうそうに平和的解決を諦め、バルガスの方へと向かって威嚇射撃として魔法を放ったのだった。
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