大義名分の主張
「王都連合軍が動き始めました。聖都街道を中心とした平地にて、待ち受けるリード軍に接近中です。バルカ軍対ラインザッツ軍のように、少数のリード軍が多数の王都連合軍からの攻撃を受ける戦いになる模様です」
「聖都街道かー。小さい頃に何度か通ったことがあったなー」
「聖都にお参りに行く際に使う道だったか、キリ嬢ちゃん? 結構賑わうって聞いたことがあるが、俺は一度も行ったことがないんだ」
「そうですよ、バルガス様。王都圏に住んでいる人は一生のうちに一度は聖都にお参りに行くんじゃないでしょうか? 貴族みたいに乗り物に乗って移動するよりも徒歩で行く人が多いんで、聖都街道には道中にいくつもの宿場町があるんです。そこでお土産を買ったりするのが密かな楽しみでした」
「いいな。ワクワクするだろうな、それは。フォンターナ領で生まれた俺は聖都街道って聞いたことがあるけど遠すぎて縁がねえからな。今度大将に頼んで南に連れてってもらうかな」
「ぜひそうしてください。まあ、もっとももう聖都はないんですけど」
「神敵であるナージャによって聖都が滅ぼされたからな。今、その聖都跡地は大将によって天空に打ち上げられて、青の聖女と呼ばれるミリアリア枢機卿が天空霊園として管理しているって話だ」
「神界やバルカニアは空に浮いた土地ですけど、天空霊園となった聖都跡地もアルスくんによって空の上に浮かぶようになったんですよね。すごいですね、土地を浮かせるなんて」
ラジオに出演し、リード軍と王都連合軍の戦いについて話している。
が、その際に話の種として聖都についての話題が出た。
もともと王都にて生まれ育ったキリ嬢ちゃんがかつての聖都について、そこに至るまでの道である聖都街道について話をし、それを拾った俺が現状の聖都について言及する。
今はもう、かつての聖都はない、ということをラジオを通して話題に出す。
これは今回のラジオでの実況解説をするときに、密かに大将に頼まれていたことでもあった。
このラジオは様々な場所で聞かれている。
が、これを聞いている多くの人はさほど事情通というわけでもない。
というよりも、むしろほとんど何も知らないという人のほうが多いだろう。
かつて、俺もそうだったが基本的に多くの農民などは自分の住んでいる土地のことくらいしかよくわかっていない。
あとは隣村でなにがあったとか、そういう身近なことが話題になるくらいだろか。
それ以上遠くのことになると、たまに来る旅人や吟遊詩人などから話を聞くくらいなので、下手をすると遠くであった大事件を数年遅れで聞くなんてこともざらにあるのだ。
つまり、何が言いたいのかと言うと、聖都はすでに滅んでいるということをいまだに知らない者もいれば、聖都跡地は天空霊園として空に打ち上げられているということも知らないということだ。
自分に直接関わること以外は常に情報を集めでもしていなければ分からない。
なので、この注目を浴びている実況放送でそのことを改めて伝えておく必要があった。
すでに聖都は滅び、空へと打ち上げられて、地上部分はリシャールの街としてリード家の領地になっているということをしっかりと周知しておく必要があるのだ。
「えっと、それじゃ改めて情報の整理だけをしておきましょうか。聖都の現状について、この放送を聞いているみんなはどのくらいしっているかな? 聖都は神敵ナージャの手にかかって、そこに住む教皇様や枢機卿様、あるいは大司教様もみんないっしょに亡くなられてしまったの。で、そのときに使われた【裁きの光】によって、聖都やその周辺の土地は塩害によって死の土地になっちゃったんだ」
「そうだな。そんな状況にあったことで、現教皇であるパウロ教皇が要請を出した。教会にとっても重要な聖都という場所を救ってほしいってな。それで、神の盾である大将やリード家の当主であるカイルが動いたってわけだ」
「聖都跡地に行ったアルスくんが魔法で聖都を空に浮かべて、カイル君が死の土地を豊穣の土地に変えたんですよね。で、空に浮かんだ聖都を天空霊園としてアルスくんが守っていて、ミリアリア様が管理する。地上部分はカイル君が街を作って、今はリシャールの街って言うようになったんですよね」
「そのとおりだ、キリ嬢ちゃん。そして、その天空霊園が今回の戦いにも絡んできているのは知っているか? 天空霊園で行われる葬儀がひと悶着を起こしているんだ」
「あ、聞いたことがあります。確か、暫定王シグマ・ドーレン様が先代ドーレン王の葬儀を天空霊園で行うことをアルスくんに頼んだんですよね。けど、王都にいるビスマルク家はそれが気にいらなかったから、そのための準備を進めていたグレイテッド家のヨーゼフ様を攻撃して、身の危険を感じたシグマ・ドーレン王やグレイテッド家の面々がフォンターナ王国に亡命してきたって聞きました」
「そうだ。天空霊園での葬儀を行えば先代ドーレン王は死後、安寧の世界である神界へと至ることができる。だというのに、ビスマルク家を始めとした現在のドーレン王家を構成する貴族連中は自己の利益のためにシグマ・ドーレン王を攻撃し、あまつさえ自らと血の繋がりのある者を臨時王などとして擁立して、各貴族に号令を発したんだ。今回の戦のもとを正せば、ビスマルク家などの王都圏にいる貴族がドーレン王家を利用して起こしたものだと言えるだろう」
戦いには大義名分が必要だ。
いかに自分たちが正しく、相手に非があるかを声高に主張するか。
それが結構重要になる。
戦が始まる前に口上を述べ合ったりすることがあるのも、その大義名分を主張するためでもある。
どうやら、大将はこの大義名分の主張をラジオを通してやりたかったらしい。
現状の聖都の状況の説明や、この戦いが起こった原因などを非常に注目されている放送内で一方的に話す。
それに対して、ビスマルク家などは反論もできない。
なぜなら、このラジオではビスマルク家の主張を話す者は誰もいないからだ。
多分、ビスマルク家の連中も今頃このラジオ放送を聞いていることだろう。
そして、激怒しているに違いない。
悪いのはすべてビスマルク側で、大将やカイル、あるいはフォンターナ王国は何一つ悪くないという内容を聞かされていれば、自分が逆の立場であれば腸が煮えくり返ることだろう。
だが、どうすることもできない。
このラジオはビスマルク家がある王都からは遠く離れたバルカニアで発信されているのだから。
相変わらず、大将はこういう小細工がうまいなと感心してしまった。
ラジオを聞くすべての者に自分の正当性を訴え、相手を非難してどちらに正義があるかを無理やり人の心に植え付けるのだから、相手からしたらたまったものではないだろう。
大将だけは絶対に敵に回したら駄目だなと思わざるを得ない。
そんなことを考えながら、ビスマルク家にとって悪い話をキリ嬢ちゃんと話していると、いよいよ両軍が接敵したようだ。
リード軍対王都連合軍の戦いが始まり、話はそちらに切り替えていくことになったのだった。
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