表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

612/1265

ラジオ放送の狙い

「ラインザッツ軍の戦死者が10000を超えました。被害は拡大し続けています」


「もうそんなに……。人がいっぱい倒れている。これが戦場の光景なんですね」


「大丈夫か、キリ嬢ちゃん? 無理はせずに少し休んだらどうだ?」


「……いえ、大丈夫です。まだいけます」


「そうか。だが、辛くなったらすぐに言うようにな」


「はい、ありがとうございます、バルガス様。けど、駄目ですね。実際に戦っているわけじゃないのに、見ているだけでこんな弱音を吐くだなんて」


「そんなことはないさ。誰だってそうだ。新兵として戦に出た連中の中には毎回必ずそういう奴はいるぜ。あまりの光景に二度と戦場には立てないなんてのも珍しくはないからな」


「でも、アルスくんはまだ小さいころから戦場に出て戦っていたんですよね? よく無事でしたね。肉体的にも精神的にも強すぎですよ」


「そうだな。まあ、大将はバルカの魔法として【瞑想】を作って使っていたからな。あれは体の疲れをとるのと同時に心も落ち着けてくれる。そういう意味ではバルカの魔法を持つバルカ軍は精神的な問題で離脱する奴は少ないかもしれないな」


 本当に大丈夫だろうか、キリ嬢ちゃんは。

 顔色がだんだん悪くなってきている。

 あまり無理はさせすぎないほうがいいだろう。

 それに大将と比べるのはやめたほうがいいな。

 あんな変なのと自分を比べる意味はどこにもない。

 あれはどう考えても大将がおかしいだけだからな。


「しかし、どうやらここまでの流れは完全に大将の思い描いた通りの作戦ってことなんだろうな。最初の壁を作って突破されたところも事前の仕込みだったってことか」


「おそらくはそうであると思われます、バルガス・バン・バレス様。バルカ軍の前衛が【壁建築】で作った壁は意図的に配置されたものです。あえて隙間を空けるように壁を作ることで、突破してくるラインザッツ軍の動線を誘導しています。そのため、壁を越えてくる際にラインザッツ軍の中で時間差ができてしまい、その結果、魔銃による掃討攻撃がより効果的になったものだと思われます」


「ようするに壁の迷路を作ってたってことだな。そして、一定の戦果を挙げてから騎兵による左右からの攻撃。ラインザッツ軍は前衛部隊が壁を突破して攻撃を継続中だから引くわけにもいかない。たとえ、雷鳴剣なんかで攻撃されても、だ」


「ですが、ラインザッツ軍は引くべきであると考えます。すでにラインザッツ軍には大きな損害が発生しており、それに対してバルカ軍の死者は183名となっています。このままではバルカ軍に対して一方的に被害を拡大させられ続けることになるでしょう」


「……えげつねえな。ラジオ放送の真の狙いはそれかよ。もう一つの見えない壁を作っていたってことか」


「え、どういうことですか、バルガス様? ラジオの本当の狙い? それに見えない壁ってなんでしょうか?」


「ん、そうだな。このラジオではバルカ軍対ラインザッツ軍の戦いを生放送で実況解説しているだろ。キリ嬢ちゃんはなんで大将がこんなことをしていると思う?」


「アルスくんがこの放送をする理由ですか? バルカ軍の強さを知らしめる、とかでしょうか?」


「それも一つの理由だろうな。バルカの強さをラジオを聞いている連中にわからせる。そのことによって、今王都圏にいる貴族の連合軍なんかにも圧力をかけることができる。俺もラジオ放送の狙いはそこにあるんじゃないかと思っていた」


「思っていた、ってことは違う理由が他にあるのでしょうか?」


「そうだろうな。ここまでのラインザッツ軍の動きを見てそれが今、ようやく理解できた。大将はラインザッツ軍の心に壁を作っているんだよ」


「……よくわかりません。つまり、どういうことなんでしょうか?」


「普通なら、今のラインザッツ軍の損害の出方は異常だ。10倍差の戦力で戦っているのに、相手の軍の総数と同じだけの被害を開戦早々から出している。ここまで負けていたら普通ならどうすると思う、キリ嬢ちゃん?」


「素人意見ですが、私なら撤退すると思います。戦って勝てないなら、まだ数が多いうちに負けを認めたほうが兵が無駄死しないですむかもしれませんし」


「そうだ。それが普通の考え方だ。だが、ラインザッツ軍はそれができない。大将が行ったこのラジオ放送が理由でな」


 本当にいろんなことを考えるものだ。

 大将が昔からよく言っていたことを思い出す。

 行動を起こすときには一つの行動で複数の意味を持たせることが大切だ、という内容のことをちょくちょく聞かされていた。

 そして、このラジオ放送もいろんな狙いがあるのだろう。


 一つはキリ嬢ちゃんも言っていたラジオを聞いた者にバルカの強さを知らしめるということ。

 そして、その狙いと並行して、この戦いで切り取った領地をなるべく円滑に支配下におけるようにという狙いもあるのだろう。

 だが、この戦の流れを見ていて他にも狙いがあったことに気がついた。

 それはラインザッツ軍の動きを限定させることにある。


 騎士や貴族にとって戦での勝ち負けは重要な問題である。

 が、それと同時に戦えば必ずどちらかが勝ち、どちらかは負けることになるため、負けることそのものはよくあることとも言える。

 勝敗は兵家の常、なんて言葉をもある。

 負けることそのものをむやみに恐れる意味はないし、場合によっては素直に負けを認めて再起を図ったほうがいいことも多いだろう。


 だが、このラジオ放送を通じて大将はラインザッツ軍に撤退という行動を取らせないように仕組んでいる。

 このバルカ軍対ラインザッツ軍の戦いが起こる数日前から事前に放送内容を予告していたのだ。

 もうすぐある戦いを全土にあるラジオで同時に聞けるようにする、という予告があった。

 そして、そのことはおそらく今戦っているラインザッツ軍も知っているのではないだろうか。


 勝敗は兵家の常であり、負けることはよくあることで、時にはうまく負けることも必要だ。

 名将と呼ばれる者の中には巧みな撤退戦で名を上げた者の話も残っていたりする。

 なので、普通に考えればラインザッツ軍は撤退も視野に入れているはずだ。

 だが、この状況では絶対に下がれない。

 なぜならば、ラインザッツ軍にいいところが何一つないからだ。


 バルカ軍の策にハマり、見事なまでに兵を消耗した。

 もしここで撤退して兵数をこれ以上減らさずに温存できたとしても、ラインザッツの評価は大きく下がることになる。

 そして、それはそのラインザッツ軍を率いている将も本家のラインザッツ家もそうだ。

 フォンターナ王国のバルカという一つの貴族家に対して完敗した覇権貴族という汚名だけが残されることになる。


 こんなことが許されるだろうか。

 あるいは認めることができるだろうか。

 無理だ。

 絶対に認められるわけがない。

 ここで撤退するということは戦略上では有効であっても、貴族や騎士としては絶対にできない。

 もしそんなことをすれば、たとえ生き残れたとしても貴族や騎士として周囲から冷たい視線を向けられることになるからだ。


 戦の実況解説にはこういう狙いもあったのだろう。

 誇りある貴族家の一員として、絶対にこのままでは帰れないという心の壁を作る。

 ラジオ放送などがなければもしかしたらこの状況下であれば引いていたかもしれないラインザッツ軍を今も戦場に縛り付けて、損害を拡大させ続けているこの状況を大将は狙って作り出したのだ。

 そして、ラインザッツ軍ではたとえそれがわかったとしても引けない。

 もしそんなことをすれば、結局家の没落につながるのだから。


 こうしてラインザッツ軍は絶対に引けないという枷を心につけられた状態で、さらに戦闘を続行した。

 それにより、さらなる被害の拡大を招くことになったのだった。

お読みいただきありがとうございます。

ぜひブックマークや評価などをお願いします。

評価は下方にある評価欄の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして頂けますと執筆の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

本作の書籍版がただいま発売中です。

第一巻~第六巻まで絶賛発売中です。

また、コミカライズ第一~二巻も発売中です。

下の画像をクリックすると案内ページへとリンクしていますので、ぜひ一度ご覧になってください。

i000000
― 新着の感想 ―
[一言] リゾルテ王国もラインザッツ家もバルカ一族の軍だけで倒せるということはフォンターナ王国と言いつつも結局はバルカ一族が強いだけでフォンターナ王国は大したことがないという印象を内外に与えそうです。…
[一言] ギャンブルでも負けっぱなしで勝つまで帰らないとか言いながらスッカラカンになる人居ますが、 貴族も理由は違えど似たようなものですな。 ある意味両方プライドと意地なんでしょうけれどもねぇ。
[一言] 【封魔の腕輪】は魔法の発動を阻害するものでの魔法で巨人化をしたタナトス達の体や敵の防御魔法も整形済みの物は無効化しない。と言う考え方でいいでしょうか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ