バルカ軍の強さ
「ラインザッツ軍前衛の被害が広がっています。すでに3000の死傷者が出ています」
「……本当なのか、アイ? 魔銃が優秀な武器だっていうのは分かる。が、それだけでそこまでの被害が出るものなのか?」
「どういうことですか、バルガス様? なにか気になることがあるということですか?」
「ああ、そうだな。魔銃はたしかに向かってくる相手に対して面制圧するように撃てば戦果を挙げられるだろう。だが、それは相手による。特にラインザッツ軍の前衛として出てきているサルディア軍とハマン軍はもう少し被害を防げるはずなんだが……」
「魔法ですね、バルガス・バン・バレス様。サルディア家の魔法には【水壁】が、ハマン家の魔法には【風壁】という魔法が存在しています。双方ともに防御に秀でた魔法だという情報があります」
「そうだ。ラインザッツ軍がバルカに向かってその両家の軍を動かしたのはきちんと理由がある。相手の攻撃に対応できるだけの力と実績がある貴族軍だということだ。それがここまで大きな被害を出しているっていうのは、ちょっと不自然だ」
俺はアイの実況を聞きながら、気になる点を指摘した。
バルカの【壁建築】は非常に優秀な防御用魔法だ。
だが、壁を作れるというのは何もバルカの専売特許ではない。
他にも守りのための魔法を使う貴族というのは存在しているのだ。
そして、ラインザッツ軍にももちろん防御用魔法を使う家が存在していた。
それが、前衛部隊としてバルカ軍に肉薄しているサルディア軍とハマン軍だ。
【水壁】や【風壁】はバルカの壁ほどに分厚くはないだろうが、それでもかなりの防御性能を持っていると聞いたことがある。
なので、バルカ軍から魔銃による攻撃を受けたとしても、両家の騎士たちが先頭に立って魔法を発動すれば被害はもう少し防げるはずだ。
なぜそこまで戦果を上げ続けているのか。
「それはアルス・バルカ様が防御をさせないようにしているからです、バルガス・バン・バレス様」
「防御をさせないように?」
「現在、ラインザッツ軍は魔法による防御を一切行えない状況です。そのため、魔弾攻撃を無防備に受けています。その理由はアルス・バルカ様が用いている封魔の腕輪による効果であると思われます」
「そうか。それがあったか!」
「封魔の腕輪ですか? それはなんなのでしょうか、バルガス様?」
「封魔の腕輪はかつてパーシバル家が迷宮街にて所蔵していた魔道具だ。封魔の腕輪に魔力を送り込むことで周辺で一切の魔法を発動させなくする効果がある。それも、かなり広範囲でその効果は発揮されるんだ」
「ええ? もしかして、それをアルスくんが使っているってことは今、ラジアル平原では魔法が使えないってことですか?」
「そうなるだろうな。俺も前に大将が封魔の腕輪を使ったときのことを覚えているよ。カーマス家との戦いのときに使っていたが、戦場を丸々覆うほどの広さで魔法が使えなかったからな」
「……じゃあ、ラインザッツ軍の前衛は魔法で防御ができると思って突撃したのに、その魔法が使えないってことですか? あれ? でも、バルカ軍は攻撃できているんですよね? 魔銃っていうのを使って」
「そうだな。俺も封魔の腕輪について詳しく知らないからなんとも言えないが、おそらくは魔法を発動させないけど、魔道具は発動できるんじゃないのか? だから【水壁】なんかの防御ができない相手に、遠くから魔銃を使って攻撃できて、それが被害を広げているんだ」
そう言えば、そんなものがあったなと思ってしまった。
アイに教えてもらってから、俺はようやく封魔の腕輪について思い出した。
俺も一緒に攻め込んだパーシバル領の迷宮街。
そこで迷宮街を攻略した際に持ち帰ったもののひとつにそれがあったのだ。
魔法の発動を防ぐ魔道具。
なるほど。
それがあったからこそ、大将はラインザッツ軍との戦いについて自信を持っていそうな雰囲気を出していたのか。
【刹那】なんていう、こちらの認識できない間に殺されかねない物騒な魔法を持つ相手と戦うのに、万が一があったらどうするのかと思っていたが、そもそも魔法を発動させる気すらなかったのだ。
そして、魔法を発動させないということは、それはほとんど相手の遠距離攻撃を防ぐことにもつながる。
サルディア軍やハマン軍は防御だけの魔法ではなく、攻撃用の魔法も持っているがそれも使えないのだ。
対してバルカ軍は魔銃がある。
たとえ、魔力が無くなっても手持ちの魔石を使えば遠距離攻撃が続行できるというあの新型武器をこの戦いで実戦投入したのは、封魔の腕輪の効果を見込んでのことだったのかもしれない。
「ラインザッツ軍の両翼でも動きがありました。バルカ軍の騎兵団が攻撃を仕掛けています」
「あ、本当だ。ヴァルキリーに乗った騎兵が攻撃しているね。けど、騎兵団はラインザッツ軍の両翼の軍に突撃はしないみたい。あれはなにか光っているけど、なにかしら?」
「あれは雷鳴剣の攻撃です、キリ・リード様。雷鳴剣が放つ紫電の光です」
「雷鳴剣っていうのは魔法剣ですよね。確か、今はなきアーバレスト家の持つ魔法剣だったような」
「そうだな。といっても、今、バルカ軍が所有している雷鳴剣は最近作られた新しい魔法剣だけどな。俺の領地にあるネルソン湿地帯で手に入れた魔電鋼っていうのを使って作っているんだぜ」
「へー。やっぱり強いんですか、雷鳴剣って」
「そりゃもちろんだ。一撃喰らえば即死級の威力で、魔力的な防御力がある騎士でも身動きが取れなくなる雷攻撃を出せるんだからな。しかも、あれは拡散するように攻撃が広がるから、一度使えばいっぺんに何人も攻撃できる。それを移動力のある騎兵がすれ違いざまに使われたら、防ぎようもないだろうな」
「あ、でもなんとかラインザッツ軍も対応しようとしていますよ。騎竜隊でバルカ軍の騎兵に近づいて攻撃しようとしています。あ、反撃されて落ちちゃった。あれはなにを使ったのかな、アイさん?」
「今のは氷精槍です、キリ・リード様」
「氷精槍、ってなんでしたっけ? フォンターナ家が持つ魔法剣が氷精剣じゃなかったですか、バルガス様?」
「そうだ。その氷精剣とは別にこれまた大将がブーティカ家の連中と作り上げたのが氷精槍だ。魔力を込めると氷の槍が伸びて攻撃できる。騎兵が突撃攻撃するときには剣よりも槍があったほうが突破力が増すってことで、今の騎兵団は氷精槍も持っているんだろ」
「あの……、質問いいですか?」
「なんだ、キリ嬢ちゃん?」
「魔銃にしても、雷鳴剣にしても氷精槍にしても全部魔法武器ですよね? 普通魔法剣とかって貴族くらいしか持っていないんじゃないでしょうか? あとは、貴族から特別に功績が認められた騎士が頂戴できるってくらい貴重なものだと思うんですけど、もしかしてバルカ軍ってそれを皆が持っているんですか?」
「ん、ああ、そのことか。いや、あれは個人所有じゃなくて全部軍としての持ち物で、それを兵に支給しているだけだぞ。この戦が終わったら軍に回収されるから全員が所有しているわけじゃないぜ」
「いえ、そういうことが言いたいのではなくて、全員がそんな貴重な装備をしているんですよね? すごすぎませんか?」
「そりゃすごいなんてもんじゃないさ。キリ嬢ちゃんは気づいていないかもしれないけど、他の装備もいいものを使っているはずだぜ。バルカの兵が着ている簡易鎧は全部魔法耐性がある金属鎧だからな。あんなものを装備するのは普通なら当主級に限られるが、バルカは全員がそれを着用してるんだぜ」
そうだ。
大将のなにが一番異常かといえば、その装備にある。
昔からそうだった。
バルカが騎士領となったときから、大将は軍を強くするという理由で騎兵に力を入れたんだ。
だが、普通ならば騎兵団を作るにしてもその騎兵となる使役獣は各自に用意させるのが当たり前だ。
なのに、バルカでは軍の持ち物として大将が用意していた。
いくら大将が使役獣の卵から騎乗できるヴァルキリーが孵化できたからといって、それを軍として運用できるくらいまで金をかけて当主自らが揃えるというのは異常だ。
元行商人で今はバルカの金庫番となっているトリオンなんかも昔からずっと領地の金の使い方に文句を言っていたが、大将はそれだけはずっと変わらなかった。
異常なまでに装備に金をかけて揃えるバルカ軍。
バルカの強さがどこにあるのかといえば、一番はそこだと俺は思う。
昔から一貫して軍に金を注ぎ込んできた大将がいたからこそ、バルカは強い。
それに対してラインザッツ軍はどうだろうか。
旧態依然というか、基本的にはラインザッツ領の複数の貴族や騎士を動員して軍を構成しているため、各軍の装備はそれぞれに任せている。
魔法剣などそうそう揃えられるものではないし、装備に一貫性など一つもない。
俺はバルカに属していながらも、こうして解説という立場からバルカを見直すことで改めてバルカ軍の強みを把握することができたのだった。
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