使者との対話
「シグマ・ドーレン王を返していただきたい。ドーレン王がいるべきは王都であり、フォンターナ王国ではない」
「我がフォンターナ王国は国際法に則って、ドーレン王の亡命を受け入れました。身の危険を感じて保護を訴えてきた王を、王に対して剣を向けた者たちがいる場所へと戻すことはできません」
「……国際法? なんのことだ、それは。貴殿はもしや、我々が王に対して剣を振るったとでも言いたいのか? ドーレン王はグレイテッド家らによって連れ去られたのだぞ」
「フォンターナ王国ではシグマ・ドーレン王と国際法について意見を交わし、調停しました。それぞれの国と国がある以上、一定の規則は存在します。当然、フォンターナ王国とドーレン王家にもそれは適用される。そして、ドーレン王自らがフォンターナ王国に亡命を要請しました。故に、我々はドーレン王を保護する義務があるのです」
「馬鹿な。そのような詭弁が通じるものか。それに、そもそも本当に王は無事なのかどうかすら怪しいではないか。ドーレン王家とフォンターナ王国は敵対した関係だ。その相手のもとに連れ去られたドーレン王がどうして無事でいられようものか」
「国際法に規定があります。亡命した者や、あるいは捕虜となった者などに対する扱い方についての決まりがあるのですよ。その国際法に則り、我々が亡命を希望したドーレン王を不当に扱うことはありません」
「いい加減にせよ。そのような国際法などというものは無効だ。我らはそれを承知していない」
「国際法は有効です。これはすでにフォンターナ王国とドーレン王、さらにはリゾルテ王国、及び聖光教会でもすでに調印がなされています。これに違反、あるいは無視した行動を取るということは各国から罪を問われることになりますよ?」
「な、貴様、私を脅す気か? 私はドーレン王家から正式な使者としてここに話し合いに来たのだぞ」
「脅してなどはいません。ですが、あなたの発言は国際法を著しく無視したものだ。故にこれは忠告です。発言にはもっと気をつけたほうがいい」
王都から使者がやってきた。
ヨーゼフが王の影武者を残して暫定王シグマ・ドーレンを連れ出して向かった先がフォンターナ王国であるとして、その身柄の引き渡しを要求してきたというわけだ。
その使者はリード領のリシャールの街を窓口としてやってきたわけだが、その相手は俺がしている。
財務大臣がなんで外交でやりあっているのかとも思うが、もともとが文官武官で役職がはっきりと分かれていたわけでもない。
いろんな職の兼任は当たり前で、事後報告もよくある話であり、財務大臣が他国の使者と対応していても別に構わないだろう。
それに、この返答自体はすでにリオンなどと想定済みなものであり、既定路線でもある。
「どうあっても、ドーレン王を返さないというおつもりですかな、アルス・バルカ殿?」
「ドーレン王はフォンターナの街にある大教会にて継承権を取り戻す儀式を行うように希望されております。それが終わり、王都に安全に帰ることができると判断されたらご自身で帰還を望まれるでしょう」
「……では、先代王のご遺体は? 貴殿が先代ドーレン王のご遺体を隠していることはすでに知られている。そのようなことが許されるとお思いか? 即刻、王都に戻していただきたい」
「それはできませんね。先代ドーレン王のご遺体は私が葬儀することが決まっています。これも、ドーレン王が希望されたことで決定事項です」
「嘘だ。ドーレン王家の墓は先祖代々王都にあるのだ。ドーレン王家の葬儀は王都で然るべき者が執り行い、王都にて埋葬される。そういうしきたりなのだ。ドーレン王がそのしきたりを知らぬはずがない」
「事実です。これがその証拠ですよ。ここに、ドーレン王自らの署名で神の盾である私に葬儀を依頼したことが記されているでしょう?」
そう言って、俺は使者に羊皮紙を見せた。
俺が作った植物紙であるバルカ紙は薄く便利で、魔力を使って文字も書ける。
が、こういった正式な書類には昔ながらの羊皮紙などを利用していることも多い。
特にドーレン王家を始めとした王都圏の連中はその傾向が強かった。
なので、ドーレン王と契約した葬儀についても羊皮紙に契約内容をまとめてサインをもらっていたのだ。
それが間違いなくドーレン王のサインだということに使者は気がついたのだろう。
契約書を破りかねないほど持ち手に力を込めて、ワナワナと震えている。
そして、我慢の限界が来たのか、羊皮紙を机の上に叩きつけるかのように押し付けて叫んだ。
「話にならない。フォンターナ王国は屁理屈を捏ねて王の身柄を押さえて、無茶苦茶な条件を王に押し付けているようだ。このようなことは断じて認められない。私は帰らせてもらう」
「いいのですか? 話し合いは何一つまとまっていませんが?」
「これ以上、話すことなどなにもない。失礼する」
そう言ったかと思うと、使者は扉を壊さん勢いで出ていった。
「……いいのかな、アルス兄さん? あんなに怒らせるようなことばかり言って大丈夫なの?」
「国際法にしろ、亡命の話にしろ、葬儀についても嘘は言っていないからな。大丈夫ではないが、まあ、こうにしかならんだろ」
「動いてくるのかな、王都の貴族たちは」
「だろうな。あそこまでなめられて黙っていたら貴族としての面目も立たないだろう。ただ、王都圏の貴族だけでは戦力として当てにならない。問題はどこまで王都の意見に賛同して他の貴族が動くかだが……」
「ラインザッツ家は間違いなく、王都につくだろうね」
「ま、そうだろうな。王都とラインザッツ領の二方面から軍が動いて、このリード領を襲ってくるだろう。奴らの狙いはリード領と、天空霊園だ。もっと正確に言えば、そこにある転送魔法陣が狙いだろうな」
「その場合、王都方面をボクが、ラインザッツ家をバルカ軍が抑えるってことでいいんだよね、アルス兄さん?」
「ああ。時間操作の魔法を持つラインザッツ家の相手はリード軍にはちょっと厳しいだろうしな。そっちはバルカが受け持つよ」
「ありがとう。じゃあ、手はず通りよろしくね、アルス兄さん」
「任せとけよ、カイル」
こうして、予定調和のごとく、王都との話し合いは決裂した。
俺たちの予想通りならば、間違いなく王都の連中は動く。
周囲の貴族に号令をかけて、リード領を狙ってくるだろう。
それを迎え撃つ。
相手の軍の一角は当代の覇権貴族としてあらゆる貴族に勝る魔法の一族であるラインザッツ家だ。
時間を止めることすら可能と言われるラインザッツ家。
そのラインザッツ家とバルカ・リード軍が激突することになったのだった。
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