留学候補生
「はじめまして、シャーロット様。以後、よろしくお願いいたします」
「……あの、これはいったいなんなのでしょうか?」
「私の名前はアイです」
「いえ、あなたに聞いているのではありません。そちらの方に質問しているのです。これは人ではないのですよね?」
「そうですよ、シャーロット様。カイルが新たに開発した自律型魔導人形です。ブリリア魔導国が作り上げた魔装兵器の改良発展型と言うところでしょうか」
「……とても魔装兵器の一種だとは思えません。それで、このアイさんを私はどうすればいいのでしょうか?」
「ええ、実はお願いがあって来たんです。アイは自分で考えて行動できる自律型であり、学習が可能なのです。ですので、ぜひともブリリア魔導国の言葉や礼儀作法、常識をアイに教えてやってくれませんか?」
「学習? このお人形にそのようなことを教えてどうするつもりなのでしょう?」
「以前、シャルルお姉様と話して交換留学を行うことになっていたでしょう? そのときにこちらから出す要員にアイをつけようかと思っているのです。アイは物覚えも早いですし、いろんなことを知りたがっていますからね」
アイシリーズの活用法第二弾。
バルカ銀行で銀行業務を執り行うネットワークシステムとして活用するという考えの次に思いついたのが、東方での活用だった。
こちらとは物理的に離れて、文化的にも地政学的にも関係が薄い東方。
だが、東方はこちらよりもいろんな国が存在し、未知の文化も多い。
学べることは多いはずということで、俺はブリリア魔導国との交換留学を行うことを考えている。
その際の留学生はフォンターナの街にあるバルカ塾から、学習意欲の高い希望者を募って送り出すことを予定していた。
また、俺の弟として扱っているアルフォンスも向こうに送る気でいる。
だが、心配事もあるのだ。
それは留学生たちのモチベーションだ。
俺個人の勝手な思い込みかもしれないのだが、親や保護者の目を離れて留学することになった学生はしばらくしたら勉強よりも遊びに夢中になってしまうのではないかという危惧があるのだ。
離れた場所に送るため、こちらも金銭的な支援をするつもりでいるので、遊ぶ金には困らないだろう。
それに、異文化はいろんな魅惑があるはずだ。
それらに夢中になってしまわないとも限らない。
もちろん、それがいけないことだというわけでもない。
違う文化を体験するために、遊びを通して経験を積むということもあるだろう。
だが、最低限の勉強はしてもらわないと金を出して行かせる以上、こちらも困る。
が、留学して勉強した後のビジョンがないというのも問題だった。
東方での文化などを学んでこちらに戻ってきたとき、それらの経験を活かして活躍する場があるかどうかというと微妙なところだ。
なんといっても、東方とは国交を開いて自由に行き来できるわけでもない。
そのために、ブリリア魔導国で留学して勉強した、という事実がこちらでの仕事に大きくアピールできるものでもないのだ。
そんなこともあって、交換留学生たちの学習意欲がどれほど維持できるか、正直なところ全くわからなかった。
そんなことを思っているときにアイが登場したというわけだ。
アイはすごい。
カイルによって作り出された仮想人格でありながら、会話などはほとんど人としているようにしか思えないのだ。
そして、多くのことに対してなんでも疑問と興味を持ち、それを学び取ろうとする。
と、同時にそれを真正面から信じるということもなかった。
おそらくは、知識の書の情報集積とその検証のために造られた仮想人格であるという点が大きいのだろう。
自分の中に取り入れた情報はひとまずそのままインプットするのだが、その情報が正しいかどうかを必ず検証しているようなのだ。
そして、その検証結果によってその情報の真偽や重要度を分類しているらしい。
果たしてその検証がどれほど正しいのかは俺にはわからないが、それでも便利なものだろう。
この能力を留学に活かさない手はないだろうと考えたわけだ。
そこで、アイをアルフォンスたちの留学に同行させることにした。
身の回りの世話のやり方もついでに教えておけば、アルフォンスのサポートもできるという考えもある。
そして、それを実行する前にこうしてシャーロットに預けに来た。
別に留学してから覚えてもいいが、時間がある今のうちにフォンターナの街にいるシャーロットやその付き人たちからブリリア魔導国の上流階級の話し方や行儀などをレクチャーしておいてもらう。
そうすれば、向こうでも通用する即戦力になるだろう。
シャーロットは初めて見る自律型魔導人形のアイに驚いていたが、その目的を話すと逆に大きく興味を持ったようだ。
珍しいものを見る目だったが、それでも受け入れてブリリア魔導国の知識についていろいろと教えてくれる気になったらしい。
ちなみにこの話には裏があり、実際は実験的な意味合いが大きかったりする。
それはアイに対して情報流出の危険性を考慮したものだった。
アイはカイザーヴァルキリーに集められた情報を持つ、いわば極秘情報の塊のような存在だ。
なかにはいくつもの貴重な情報がある。
それがアイの口から漏れる可能性が十分に考えられた。
なので、カイルと一緒にアイの管理者権限を使って情報の流出防止機能をつけることにしたのだ。
いくつかの条件付けをして、情報に重要度を設定し、その重要度によっては口外しないようにアイには言い含めている。
それが実際にどの程度の効果があるのかを、フォンターナの街にいるシャーロットに対して使うことで確かめてみようというわけだ。
こうして、アイの活用法にいろいろと精を出していると段々と時間が過ぎていった。
そして、そんなことをしているとようやく動きがあったようだ。
王都でドーレン王が影武者と代わっていることが分かり、本物がフォンターナ王国にいるとして、ビスマルク家を始めとした貴族が動き始めたのだった。
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