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切り札

「そういうことなら俺も協力させてもらうぜ。商人仲間に連絡をとって情報を集めてみる」


「おっさん……、いいのか? メリットのないことは商人はしないんじゃないのか?」


「ばかいうなよ、お前がいなくなったら俺の使役獣独占販売がなくなるんだ。それに、そこの爺さんと同じさ。俺はお前のことを買っているんだぜ、アルス」


「ありがとう、無事に解決したらでっかい土地を用意しとくよ」


「それはそうと、勝算はあるのか? いくらなんでもこの場にいる数人じゃ、どう頑張っても殺されておしまいだぞ」


 行商人の言うことももっともだ。

 確かにここにいる数人ではどうしようもない。

 戦うと決めたとしても、最低限の人数すら揃わないのであれば無謀もいいところだろう。

 人数を集めなければならない。

 どんなことをしてもだ。


「まずは人を集める。俺とともに戦い、命をかけてくれる人が必要だ」


「どうする? 畑の手伝いをしている奴らを無理やり連れて行くか?」


「バイト兄、そんなことをしたら俺たちがそいつらに寝首をかかれかねないよ。無理やりじゃなくて、そいつらから志願するくらいじゃないと」


「そんなこと言ったってな、お前がいつも言ってる『金で雇う』とかいうやり方でも一緒だろ。もし人数が集まっても危なくなったらすぐ逃げるぞ、そんなやつらは」


「そうかもね。なら、もっといいものを報酬に出そう。貴族に歯向かうだけの価値があるとみんなが考えるものを」


「そんなものがあるのか?」


 ある。

 おそらく、それだけの価値があるはずだ。

 自分の命をかけても得られるものが大きいと思わせられるものが。

 だが、まだ一度もそれが実現できるのか俺は試したことがなかった。


 だから、俺はこの場にいるバイト兄、父さん、マドックさん、行商人のおっさん、グランに対して、俺が持つ最高の切り札を見せることにしたのだった。




 ※ ※ ※




「まず、最初に言っておくことがある。これから見せるのは俺の奥の手とも言えるものだ。これを見せるからには絶対に俺に協力してもらう。もし、少しでも怖気づいたのなら今のうちに申し出てくれ」


 俺が真剣な眼差しでみんなを見つめながら、そう言った。

 一人ひとりの目を、まるで射殺すかのように見据えていく。

 場の空気が冷えたかのようにあたりが静まり返った。


「わかったでござる。アルス殿がそこまで言うのであれば拙者も命をかけるでござるよ」


「いいの? 一度言ったからには引き返せなくなるよ?」


「旅の身の拙者がここで腰を落ち着けようかと考えた折にこのようなことになったのでござる。これもなにかの縁でござろう。それにアルス殿が言う奥の手とやらも見てみたいでござる」


「そうか、ならいい。他のみんなもいいんだな?」


「ああ、問題ないぜ。それより、何を見せる気なんだよ。勿体つけずに早く見せろよ、アルス」


「わかった。俺が協力者に対して与えるのは『魔法』だ」


「……魔法だと?」


「そうだ、もちろん生活魔法なんかじゃない俺独自の魔法だ。俺の魔法をみんなに授ける」


「無理だ、そんなこと出来っこない。アルス、父さんはお前が何を言っているのかわからないぞ」


「言葉通りだよ、父さん。俺はこれよりアルス・バルカと名乗る。この村の、バルカ村の名をもらう。そして、みんなにもこのバルカを名乗ってもらう」


「土地の……名を……。アルス、それは……、それはあまりにもやりすぎじゃろう。それではまるで貴族のようではないか……」


「そうだよ、マドックさん。これからは俺たちはバルカという名のファミリーだ。規模は比べ物にならないかもしれないけど、貴族と対等になる。それしか、俺の進むべき道がない。フォンターナ家と交渉するにしても最低限自分たちの位置をそこまであげないといけないんだ」


「しかし、アルス殿。いくらなんでも貴族になるのは難しいのではござらんか? 名をつけるだけで貴族と同等になれるわけではないのでござるよ」


「だから、魔法を授けるって言ってるだろ。いいから決めろ。俺とともにバルカを名乗るのかどうかを!」


 俺が声を張り上げて言う。

 やはり、急にこんなことを言われて戸惑うばかりのようだ。

 だが、俺の目は先程からずっと同じだった。

 この場にいる全員を見通すような目だ。

 決して状況の悪さに悲観して無茶苦茶なことを言っているだけではない。

 それが伝わったのだろう。

 少しの時間を置いて、この場にいる全員が結論を出した。

 バルカの姓を名乗り、魔法を授かると。


 それを見て、俺は深く深呼吸をする。

 何度も何度も、体中にある酸素をすべて取り替えるかのように深く呼吸を繰り返す。

 その呼吸により空気中に存在するすべての魔力を取り込むように。


 外から取り入れた魔力を腹のあたりで自身の魔力と練り合わせる。

 空気のような希薄な魔力を液体に変え、さらにそれをドロドロとした粘性の強いものへと煮詰めるようなイメージで魔力を練り上げていく。

 その魔力を体の隅々へと満たしていき、再び深呼吸を行い新たな魔力を取り込んでいく。

 そうして、極限まで練り上げた魔力を指先から少しずつ絞り出していった。


 魔法陣。

 命名の儀で初めてみた魔法陣を再現していく。

 【記憶保存】で脳内へと完璧に記憶しているとおりに魔力で空中へと魔法陣を描き出し、それが霧散しないように固定する。

 いつも使う土系統の魔法とは雲泥の差の難しく繊細な作業だった。


 この作業も久しぶりだ。

 結局ヴァルキリーに使ったとき以降、俺はこの魔法陣を使うことがなかった。

 やはり、使うとどうなるのかということがはっきりわからなかったからだ。

 最初に生まれた使役獣にヴァルキリーという名を名付けたが、その後に生まれた子たち全頭に魔法が発現してしまった。

 それをすでに名前を持っている人間に使うとどうなるのか。

 それがわからなかったからだ。


 だが、俺が持つカードの中でもこの魔法陣による名付けは間違いなく最高の切り札だ。

 農民にとって俺の持つ魔法、とくに【整地】や【土壌改良】は喉から手が出るほど欲しがるもののはずだ。

 欲しがるやつは後を絶たないと思う。

 だからこそ、リスクはあるものの俺はこの魔法陣を使うことに決めた。

 もっとも、すでに他の人が持つ名前は神からの加護として認識されている。

 だから、その名を捨てることなく、新たに名をつけるために俺は自分の生まれた村の名をとってバルカという姓を新たにつけることにしたのだ。


「命名、バイト・バルカ」

「命名、アッシラ・バルカ」

「命名、マドック・バルカ」

「命名、トリオン・バルカ」

「命名、グラン・バルカ」


 俺が一人ひとりに向かって魔法陣を差し出すようにしながら、新たな名前をつけていった。

 こうして、俺とともに戦う魔法戦士がこのバルカ村に誕生したのだった。

お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] この場合貴族側の1番の妙手は、初手アルス取り込んで自分の一族に加えるだったけど 貴族側がほぼ面会出来なかったなのがイタいな 南無
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