仮想人格
「なにがどうなっているんだ。俺にも分かるように説明してくれないか、カイル。なんで、依り代が勝手に動くなんてことがあるんだよ」
カイルの行った突拍子もない行動にさすがに驚いてしまった。
魔力を送り込むことで遠隔でも操作可能な魔装兵器と、そこから派生して造られた魔導人形、および神の依り代。
特に依り代については神界で神アイシャが自分の体としても使っている。
だが、基本的には遠隔操作できるというだけで、操縦者が自分の視界内で操作するラジコンみたいなものなのだ。
例外としてアイシャは自分の体である神像が安置されている神殿内であれば、視界から外れていても行動できるといった程度だろう。
そんなラジコンもどきを与えたら、それをまるでロボットのように扱うとは想像もしなかった。
というか、どうやったらそんなことが可能になるのか。
まるで意味がわからんぞ、カイル。
「うんとね、実はこの技術は本来別のものに使うつもりで考えついたんだよ、アルス兄さん」
「別のもの?」
「うん。バルカニアで賢人会議を開いて知識の書を作るってのがあったでしょ。で、カイザーヴァルキリーにいろんな人の知識を【記憶保存】してもらって、それを皆で共有できるってやつ」
「ああ、もちろん覚えているよ。あれが、この自律的に依り代を動かすことに繋がるのか?」
「そうだよ。今、依り代を動かすのにボクは仮想人格を作って、それを依り代に込めたんだ。ボクが直接動かすんじゃなくて、仮想人格に操作させれば離れていても自律的に動けるからね。でも、その仮想人格を作ったのは本当は集積された知識の検索のためなんだよ」
「……そういや、それもカイルに頼んでいたっけか。カイザーヴァルキリーの頭に【記憶保存】した情報は玉石混交の雑多なものばかりになる。情報量が増えたときに、いかに目的の情報を早く的確に探し出す方法が必要になってくるって。そうか、そのためにカイルが出した答えが仮想人格ってやつだったのか」
「アルス兄さんは調べたいことを単語なんかで検索して情報を探すやり方を提案してくれていたよね。でも、それだとどうしても重複していたり、間違っている情報なんかを検索結果から除去できなかったんだ。だから、検索結果に一定の精度を持たせるために、情報を精査する役割を持った人が欲しかった。でも、そんなの現実にいる人がずっとやれるわけでもないでしょ? だから、現実には存在しない仮想人格を作ってみようかなって試していたんだよ」
「……それで作ったのか? 仮想人格を? すごいな、お前は」
なるほど、わからん。
いや、カイルの言っていることは分かる。
確かに、カイザーヴァルキリーの持つ知識は文字列だけではない。
賢人会議に参加した連中はカイザーヴァルキリーに自分の知識を預けて、それを他の人の知識まで含めて観ることができる。
その目的はあくまで、バルカで知識の書を作るというためのものだった。
だが、油断していた。
俺の目的は間違いなく知識の書という本の完成だったのだが、賢人会議に出席していた連中は別に書が完成しようがしなかろうがどうでもよかったのだ。
俺とカイルが忙しくなってバルカニアから離れた後は、各自が思い思いに知識の集積だけをしていった。
その結果、カイザーヴァルキリーに蓄えられた情報は文字に限らず、映像類も増えたのだ。
多分、いちいち文字に書き下ろすよりも映像そのものを送ったほうが手っ取り早かったりするのだろう。
インターネットがテキスト情報から動画情報に移行していく様を超高速で見せられているみたいな感じで変わっていったのだ。
しかし、そんなふうに文字だけではない数多の情報を管理するのに、キーワード検索という手法は適していなかったのだろう。
だからこそ、カイルは情報を精査する存在が必要だと感じた。
そして、そのためにプログラムを組んだのだ。
情報を確認し、それをまとめて、精査し、閲覧者が求める情報を提供できる仮想人格というプログラムを、どうやってか魔力的に作り出してしまった。
そして、その仮想人格を依り代を動かすために使っている、と。
発想が常人とは違うな、我が弟は。
まあ、もしかしたら前から考えていたのかもしれない。
依り代開発はカイルも一枚噛んでいたし、そのときに動かせるかどうかは実験していたりしたのだろう。
そうでなければ、あんなふうに体を動かす人格を作れるとも思えないしな。
「えっと、要するに話をまとめるとだ。その仮想人格が依り代を動かすことでカイルの仕事を手伝えるようになる、と。それで、そいつらの働きがあればカイルは更に領地を増やしても管理がしやすくなるってことでいいのか?」
「そうだね。まあ、けど、この子たちはしばらく手元において仕事を教えないといけないだろうけど」
「……教えるってことは、学習能力があるってこと?」
「うん。きちんと教えれば理解して学んでいくようになっているよ」
「……依り代としての体の数は多いけど、個人個人に学習してくのか?」
「え、違うよ。この仮想人格は各依り代を操作しているけれど、大本は別にあってそれは一つなんだ。だから、どの個体に教育を施してもその教えは全てに反映されるようになるよ」
「つまり、依り代はただの端末だってことか。まあ、ぶっちゃけなにがどうなっているのかはよくわからんが、仮想人格が間違ったことを覚える可能性もある。その場合に修正できる機能はしっかりつけておけよ?」
「もちろん、わかっているよ、アルス兄さん」
「……しかし、そうなると名前はないのか? 毎回、仮想人格とか依り代とか呼ぶのも面倒だろう?」
「え、そうか、名前か。全然考えていなかったな。なにかいい名前はないかな。そうだ、アルス兄さんが考えてくれないかな?」
「俺がか? ……うーん、そうだな。じゃあ、アイってのはどうだ? 依り代を使っているから、神アイシャの名前をもじってみたんだけど」
「……いいのかな? 神様の名前を勝手に使って怒られないかな?」
「さあ、どうだろうな。というか、一応そいつを連れて神界に行ってみるか。神アイシャの話し相手や雑用係に置いてやれば名前の使用くらいなら快諾してくれるんじゃないかな」
「そうだね。依り代を使うことも含めて承諾を得てきてくれたら嬉しいな」
「わかった。じゃ、何体か依り代をもらっていくぞ」
ちなみに、アイはAIという意味も含めて名付けた。
そのアイシリーズを連れて神界へと移動する。
その結果、心配は杞憂だったことがわかった。
アイシャはやはり相当に暇だったらしい。
数千年を超える時間を神界に閉じ込められ、ほとんど唯一話し相手となっていたのは同じく地上で氷漬けになって動けなかった初代王との念話だけだったのだ。
それが急に話し相手ができた。
しかも、相手は自分を貶めた人間ではなく、生き物ですらない。
ただ、やはり自分と同じ体が動き回っているのはちょっと不満だったようだ。
もっと可愛くきれいな体をアイシャ専用ボディーとして作ってきてくれ、と頼まれることになったのだった。
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