統治者としての判断
「……そう、ですね。やはり、シグマ・ドーレン王とグレイテッド家はフォンターナ王国で保護すべきでしょう。特にグレイテッド家は卑劣な攻撃を受けました。必死の思いでドーレン王を守りながら、救援要請を出してフォンターナ王国の領地のひとつであるリード領へと駆け込んだのです。それを無視するのはよくないでしょう」
「……王を守りながら逃げてきた? もしかして、そういう設定にするつもりなのか、リオン? ビスマルク家が襲ったのはグレイテッド家ではなく、グレイテッド家が守ったドーレン王だった、ってことにするのか?」
「そうです。ビスマルク家は王に対して剣を向けたことになりますね。そんな相手に対して譲歩する必要はないでしょう。ここは、歴史ある王家を助けることにしましょう」
「なるほど。そういう筋書きでいくってことね。でも、それなら継承権はどうする? ドーレン王に対して返還するってことでいいのか?」
「ええ。もっとも、時期を見て、ですが」
「時期ってなんだ? 今すぐってわけじゃないってことか?」
「もちろんです。ドーレン王家の継承権を返還する。そのためには条件があって然るべきでしょう。その条件とはフォンターナ王国との和解と国際法の制定です」
「もともと俺が言っていた条件だよな? それを先に決めてから、継承権を戻すってことか。……つまり、不平等な条件をのまないと継承権は返還しませんよ、ってことだよな、リオン」
「もちろんですよ、アルス様。シグマ・ドーレン王は仮初めの王です。実質的にはただの継承権第一位の王子である、というだけ。そんな人がアルス様に釣られて少数で他国に来た。もうこの時点でまともな話し合いが望めないことは向こうも理解しているでしょう」
「まあ、な。ヨーゼフ殿なんかは明らかにこっちに気を使っているしな」
「ええ。ですので、こちらに有利な条件で交渉をまとめます。それを認めなければ継承権は返還されず、本国へと送り返される。そうなれば、自分たちの身がどうなるかは自明の理でしょう」
どうやら、リオンはガッツリと実利を取りに行くことにしたらしい。
フォンターナの街にやってきた王様たちに、こちらに有利に決めた法などを押し付ける形で取引する。
それを認めれば、正当な王になれるが、そうでなければ自分たちを襲った者のもとへと送り返されるのだ。
たとえ、王自身がどう思っていても、もはやグレイテッド家は王都へ戻るつもりもないだろう。
そんなつもりがあるのであれば、始めからリシャールの街へと逃げ込んではいないはずだ。
ならば、グレイテッド家の面々はたとえ不利であろうとも条件を飲んで王位を得るようにシグマに対して説得するはずだ。
その点で言えば、リオンの決定は最善手であるかもしれない。
「だけど、それは諸刃の剣でもある。わかっているんだろ、リオン。たとえ、そんな脅迫じみた交渉でドーレン王と国際法を制定したとしても意味はない。第一、他の連中が王を取り戻そうと躍起になって行動してくるぞ」
「ええ、そうでしょうね。そして、それに一番影響を受けるのはフォンターナの中でも王都に近い領地でしょう」
「そうだ。暫定王を正当な王に認めるだけでも揉めるだろうけど、それ以上に荒れる。カイルの領地は周囲から攻撃を受けるかもしれない」
「そうでしょうね」
「そうでしょうねって、他人事かよ。カイルが困ることになるって言っているんだぞ、リオン」
「わかっていますよ、アルス様。ですが、それはあくまでもリード家の領地の話です。彼が困るから助けてくれと言ってくれば、こちらも対応を考えますよ」
……ああ、なるほど。
やはり、リオンは合理的にものを考えるな、と思ってしまった。
というか、これが普通なのだろうけど。
つまり、リオンとしてはカイルの持つ領地であるリード領がどうなろうと基本的には関係ないのだ。
カイルはガロードというフォンターナの王から切り取り自由の許可を得て、南の地を手に入れた。
それはバルカが手伝ったとは言え、カイル自身の力でリード領を得たことを意味する。
つまり、あのリード領はフォンターナ王国の所属ではあるが、カイル・リードの領地であり所有物なのだ。
辺境伯相当に位置する格を持つに至ったリード家の領地。
それはたとえフォンターナ王国の主であるフォンターナ王であろうとも、勝手に手出しをしていいものではない。
つまり、逆に言えばフォンターナ王国のいかなる決定において、その影響がリード領で出たとしても基本的にはリード家が自分で対処しなければならないのだ。
もしも、ここでカイルが自分の力だけでは対処できない場合、フォンターナ王国に対して援軍を要請することになる。
その場合、リード家は自力では領地を守れないほど弱いということを認めたことになり、また、フォンターナ王国に対して大きな借りを作ることにもなる。
考えてみれば、俺も以前キシリア家のワグナーに対して同じような扱いをしたことがあった。
辺境伯として領地の場所を変えられて、そこで奮闘していたワグナーだが、結局は多数の北部貴族連合軍から攻撃されることになり、当時大将軍を務めていた俺に救援を要請したのだ。
そして、その後、再びキシリア家は領地を転封になったが、その際、一切文句は言えなかった。
つまり、リオンが言いたいことはこうだ。
フォンターナに連れ込まれたドーレン王を正当な王として継承権を返還し、さらにその王と和解と国際法の話もまとめてしまおう、というわけだ。
だが、そこで王都圏の貴族連中やラインザッツ家とフォンターナが揉めて、その結果、リード領が襲われてもリード家は自力でなんとかしなければならない。
もし、どうにもならなければフォンターナ王国に借りを作る形で救援を要請してね、ということだろう。
もしも、カイルが救援要請を出さずに敗北してリード領を失っても、フォンターナ王国はさほどダメージを受けない。
なぜなら、本来はあの南の飛び地はフォンターナのものではなかったのだから。
プラスにはならないが、マイナスにもならない、という考えなのではないだろうか。
どうやら、リオンはもうすっかりと統治者の頭になってしまったようだ。
一緒にバルカ城で暮らしていたこともあるカイルにもこのように冷静に判断を下すのか、と思ってしまう。
だが、そんなものかとも思う。
立場が人を作る、などと言うし、国を動かす役割になった時点でそういう判断をすることもあるのだろう。
というか、多分俺が逆の立場だったら同じようなことをしていただろうしな。
なんにせよ、こうしてリオンの決定のもとに、フォンターナ王国は命からがら亡命してきたドーレン王を保護し、条件付きで継承権を返還することに決まったのだった。
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