押し付け
「お初にお目にかかります、シグマ・ドーレン王」
「は、はじめまして、神の盾アルス・バルカ」
うーむ。
こいつがドーレン王家の暫定王なのか。
まだ子どもじゃないか。
シャーロット城でヨーゼフと話した際に驚くべきことを聞かされた。
王都から逃げ延びてきたグレイテッド家。
ビスマルク家を始めとした王都の強硬派貴族たちに攻撃を受けたヨーゼフは傷ついた自身とともに一家総出でリシャールの街へと逃げてきていたのだ。
それ自体はさほど不思議でもない。
きっと、王都に残っていればなにがあるかわからないという判断からだったのだろう。
だが、その逃げてきたグレイテッド家の連中の中にドーレン王がいるとは思いもしなかった。
先代ドーレン王がナージャによって殺されて、継承権が奪われてしまった。
そのために、新たに魔力パスの移譲が行われず、仕方なく暫定的に継承権第一位の王子が王として担ぎ出されたのだ。
その暫定王ことシグマ・ドーレンはまだ子どもだった。
聞いたところによると、今年で8歳になる男の子だそうだ。
こんな子どもを王として神輿を担いでいたのか、王都の連中は。
さすがにこの子が王として各貴族の間を取り持って何かを差配するのはまだ難しいだろう。
なるほど、それで王都圏ではヨーゼフたちのような貴族連中が権謀術数を繰り広げていたわけだと思ってしまう。
おそらく、まだまだ幼さの残る子どもだったことで影武者を用意しやすかったのではないだろうか。
ヨーゼフはビスマルク家などに呼び出された際に不安を感じて、王都からいつでもドーレン王を連れ出せる用意をしていた。
その際に王都に残す影武者が必要だったが、成人男性よりも子どものほうがまだいくらかやりやすいのかもしれない。
背格好が似ていれば、あとは血の繋がり故に遠目からではわからない似たような雰囲気を出せるのではないだろうか。
大人だったら王としての仕事などもあるだろうが、特に仕事をしていない子どもだからこそ時間を稼げると考えたのだろう。
「さて、それではこちらに来てください、シグマ・ドーレン王。これは転送魔法陣と言って、瞬時に離れた土地へと移動することができます。これを使って、フォンターナの街へと来ていただくことになります」
そのシグマ・ドーレンという子どもを俺はフォンターナへと連れていくことにした。
ドーレン王家の継承権を元に戻すためにはそうする必要がある、と言ったのだ。
もちろん、そんな必要はない。
この少年の前にカイザーヴァルキリーを連れてきさえすれば継承権は片付く。
が、いくらなんでも勝手にドーレン王をリシャールの街に引き込んで、王家の継承権を戻すのはためらわれたのだ。
もしかすると、俺が悪者になってしまうかもしれない。
ヨーゼフという老人を使って王都から王を強奪した、などといいがかりをつけられてもおかしくない状況なのだ。
この状況を覆すのは難しい。
なので、他にも共犯関係を作ることにしたのだ。
つまり、シグマ・ドーレンをフォンターナの街に連れ帰ることで、少なくとも事情を話したリオンなどにもこの問題に関わらせることにしたのだ。
裏で糸を引いていたのは俺ではなく、フォンターナにいる別の誰かだ。
そう言い逃れできる余地を残しておくことができる、はずだ。
こうして、ドーレン王は王都から姿を消して、いつの間にかフォンターナ王国の首都にいることになったのだった。
※ ※ ※
「いや、こちらに問題を押し付けようとしないでくださいよ、アルス様」
「押し付けているわけじゃないよ、リオン。皆でこの問題を考えようって言っているだけだから」
「それはもう押し付けているのと同じですよ。なんでこんなことになっているんですか? いきなり、シグマ・ドーレン王を連れてくるなんて考えもしませんでしたよ」
「俺もそうだよ。非常に困惑している。というか、そもそもヨーゼフ殿が亡くなったという誤報をリオンに聞かされて飛んでいったらこうなっていたんだ。というわけで、リオンに知恵を借りたい。あの王様をどう扱うのがいいかな?」
「……難しいですね。こちらの希望としては、なにも見なかったことにしたいくらいですから」
「そんなことを言うなよ。とりあえず、さしあたっての問題はグレイテッド家とビスマルク家、双方への対応だな。フォンターナがどちらにつくか、という感じか」
自分一人では対処がちょっと面倒くさいということで、強引にリオンを巻き込み、話を切り出す。
ここまで、ドーレン王を連れてきていたがこの後どうするかのビジョンがさっぱりなかった。
が、方針としては基本的に二つしか無いだろう。
ヨーゼフのいるグレイテッド家と組んで、暫定王シグマ・ドーレンを正当なる王にするか。
あるいは、ヨーゼフたちの身柄を押さえてもう一度南に戻り、王都へと突き出すか。
すなわち、ビスマルク家へドーレン王たちを返品するかの二択だ。
どちらの選択肢もありだと思う。
シグマ・ドーレンを王にした場合、シグマ本人とグレイテッド家に大きな貸しができることになるからだ。
そして、このフォンターナの街にドーレン王がいるうちにドーレン王とフォンターナ王国側の和解などを成立させてしまうこともできるだろう。
こちらとしてはあくまでも、ドーレン王の要請によって王の座を取り戻す手伝いをした、と言い張ることもできる。
対して、王都に戻ってヨーゼフたちを突き出すというのも悪くはない選択だと思う。
ビスマルク家や他の貴族家に対しての貸しにつながるからだ。
結局のところ、フォンターナとしてはどちらと関係を持ってもいいのだ。
が、そのどちらであっても選ぶのはリオンのほうがいいだろう。
なんといっても、俺はフォンターナ王国で財務大臣にすぎないからだ。
今、この国を舵取りしているのは俺ではなくリオンだ。
というわけで、俺はリオンの決定に従おうと思う。
こうして、リオンはいきなり、なんの前触れもなく、ドーレン王家の未来についての決定権を委ねられることになり、ため息をつきながら考えをまとめていたのだった。
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