逃げてきた者
「暖かい。このように全身に染み渡るような回復魔法を受けるのは初めてです」
「調子はどうですか、ヨーゼフ殿? 今使った【回復】で傷はよくなったと思うのですが」
「ありがとうございます。もう大丈夫のようです。感謝いたします」
「いいですよ。なんにせよ、無事に再会できて何よりです」
シャーロット城の一室で横になっていたヨーゼフ。
どうやら、本当に危ない状態だったようだ。
ヨーゼフの体には胸からお腹にかけて、ざっくりと大きな傷が残っていた。
ミリアリアが【回復】を使用してなお、これだけの傷が残っているということは、おそらくは内臓なども大きく傷ついていたに違いない。
であるというのに、王都からここまで逃げ延びてくることができたというのはすごいとしか言いようがないだろう。
どうやら、ヨーゼフに対して【身代わり】を使っていた若く健康なグレイテッド家の者がいたようだ。
そいつが死にかけていてずっと減り続けるヨーゼフの生命力を繋ぎ止めていた。
何かあったときに大事な者を助けるための魔法。
これがあったからこそ、ドーレン王家からずっと信頼される貴族家として認められていたのだろう。
まあ、たしかにこんな魔法を持っていたのだったら、先々代のドーレン王が暗殺されたときに文句を言われても不思議ではないと思う。
どうしてお前が王の代わりに死ななかったのか、と言われ続けたことだろう。
そんなヨーゼフは俺が【回復】をしたことで肉体的には元気になった。
ただ、生命力が一時的に落ちている状態なのでもう少し安静にする必要があるという。
なので、そのままヨーゼフが横になった状態で俺たちは話をすることになった。
「王都ではビスマルク家の者に剣を向けられたと聞きましたが間違いないのですか、ヨーゼフ殿?」
「はい。ビスマルク家だけではありませんな。あそこにいた者たちの中では事前に話がついていたのでしょう。急に私に対して話し合いたいことがあると言われて呼び出してきたのです。もしかして、と思って備えていたらこの有様です」
「いえ、備えていたということは良い判断だったということでしょう。と、いうことはビスマルク家を始めとして王都ではいくつかの貴族家がヨーゼフ殿に対して強硬な手段に及んだということですね。となると、やはりドーレン王家とフォンターナ王国の和解はなしですか」
「お、お待ちください。和解の件はなんとか致します。ですので、どうか、どうかドーレン王家の継承権を王に返還を。お願い致します」
「え? いや、それは無理でしょう、ヨーゼフ殿。こうしてあなたは死に至る傷を負わされてここに逃げ延びてきたのです。今、王都にいるのはこちらに対して反発する者たちばかりとなっていることでしょう。とても、まともな話し合いができるとは思えませんよ」
「そんなことはありません。いや、この際、王都の意向などどうでもよいのです。どうか、ドーレン王に、当代の王であるシグマ・ドーレン王に王の座をお戻しください」
「うーん、そうは言っても難しいでしょう。相手とまともに交渉もできない状態になった以上、こちらがそれをする意味がありませんし」
「そんなことはありません。ドーレン王は王都ではなくここにいるのですから」
「……は? ドーレン王がここに?」
とうとう耄碌したのだろうか、この老人は。
ドーレン王の継承権を取り戻すことに躍起になっているとはいえ、さすがにそんなはずはないだろう。
いくらなんでも、グレイテッド家が名門貴族であるとはいえ、王都からここまで逃げてくる際は必死の逃亡だったはずだ。
そんな逃げる連中と一緒にドーレン王がいるはずがない。
もしいるのであれば目立ってしまって逃げるどころではなくなるだろう。
「貴方様はご存じないのかもしれませんな。当代のドーレン王であらせられるシグマ・ドーレン王は我がグレイテッド家と血の繋がりがあるのですよ。グレイテッド家から先代王に嫁いだ娘が男児を産み育てたのです」
「ああ、そうらしいですね。グレイテッド家はその暫定王の乳母や傅役を出していたからこそ、中枢に復帰できたと聞いています」
「然り。そして、偶然にも我が家にはシグマ王とそっくりで年頃が近い男児がいたのです」
「え。……それって、もしかして?」
「言ったではありませんか。ビスマルク家や他の者たちに呼び出された際に身の危険を感じていた、と。だから手を打っておいたのです。シグマ王の安全とともに」
「……もしかして、今、王都にいるのは本物のドーレン王ではない? グレイテッド家の王にそっくりな者が身代わりに残っている、ということですか?」
「そのとおりです。そして、シグマ王その人はここに、このリシャールの街に我々とともに来ているのです。ですので、どうか、シグマ王に継承権を」
いやいや、本当かよ。
ここにドーレン王がいるってことなのか。
……それって誘拐とかいうやつなんじゃなかろうか?
ドーレン王家とフォンターナ王国の和解の交渉で橋渡し役となっていたヨーゼフ。
そのヨーゼフが現ドーレン王を王都から連れ出して、ここに逃げてきた。
王都に残った偽物がどれくらいそっくりさんなのかは知らないが、さすがに見分けもつかないほどだということもないだろう。
いや、どれほど外見が似ていたとしても魔力量などの違いもあるし、ずっと気が付かれないはずはない。
いつか、王都にいる貴族たちにばれるはずだ。
そのとき、彼らはなんと思うだろうか。
ヨーゼフ・ド・グレイテッドが乱心して王を連れ去った?
それとも、誰かが手引して王を連れ出した?
もし、誰かが裏で手を引いていたのであれば、いったいそれは誰だ?
なんか嫌な予感しかしないな。
俺はヨーゼフとこの街にいるというドーレン王のことを考えて、思わず頭が痛くなってしまったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ぜひブックマークや評価などをお願いします。
評価は下方にある評価欄の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして頂けますと執筆の励みになります。





