ラインザッツ家への対応
「しかし、こうなるとラインザッツ家がどう出るかが問題ですな」
「覇権貴族であるラインザッツ家の動きですか、ヨーゼフ殿。ドーレン王家とフォンターナ王国の和解に対して、なにか言ってきているのですか?」
「難色を示している、というのが一番適切でしょうか。ラインザッツ家にとっても、ここで何もせず手をこまねくようなことは許容できないのでしょう」
「面子の問題だけではないのですよね?」
「もちろんです。まず、第一に安全保障があるでしょう。力のあるフォンターナ王国の飛び地が自分たちの領地のそばにできたというだけでも問題です。彼らからすると、リード家の領地は自分たちが持つ領地の一部であり、それを不当に占拠していると言ってきています」
「なるほど。まあ、そう言うでしょうね。ですが、リード領は教会の要請もあって行った領地の切り取りです。実際にこうして聖都跡地を空に飛ばして天空霊園を作るに至っている。その玄関口でもあるリシャールの街を始めとしたリード領はすでにラインザッツ家のものではありません」
「ううむ。それで納得できれば戦などというものは無くなっているでしょうな。それに、領地の問題だけではありません。和解そのものがラインザッツ家の存在を脅かしているという認識があるようです」
「覇権貴族としての地位、ですね?」
「そのとおりです。ラインザッツ家はドーレン王家と同盟を組むことで他の貴族家に対して優位に立つことになった。故にそれを覇権貴族と呼び表します。ですが、フォンターナ王国がドーレン王家と和解すれば、その同盟関係が脅かされるかもしれない。すなわち、覇権貴族という地位から転落する可能性もあるわけです」
「なるほど。領地も一部とはいえ取られてしまい、同盟関係も怪しくなるとくれば、和解話には積極的に賛成などとてもできないでしょうね」
先代ドーレン王の葬儀を俺に任せる。
ヨーゼフは天空霊園で安置されている先代の遺体を見ながらそう誓った。
だが、この老人が言うだけでそう簡単に和解の件がすんなりと終わるものでもないようだ。
ヨーゼフの頭髪から黒さが失われるほどに難しい状況。
それが覇権貴族であるラインザッツ家の扱いだった。
ドーレン王家としてもラインザッツ家を簡単に切り離すこともできない。
なんと言っても、これまで敵対関係にあったフォンターナ王国がどこまで信用できるかわからないということもあるのだろう。
実際に、メメント家の暴力から救い出してくれたラインザッツ家の功績は大きい。
そして、荒廃した王都圏を救済してくれているのもラインザッツ家なのだ。
相手の顔を立てず、自分たちだけの都合で動くには恩が大きすぎるということが関係しているのではないだろうか。
だが、それでもドーレン王家の継承権は取り戻す必要がある。
最悪の場合はラインザッツ家と手を切ってでもそれを実行するつもりもあるかもしれない。
が、そうなった場合、予想されるのはラインザッツ家とフォンターナ・ドーレン王家の連合軍での争いになる。
しかし、この王都圏近くにいるのは新しくできたリード家の領地のみで、とてもラインザッツ家に対抗できる気はしない。
そのためにそう簡単にラインザッツ家と離れる決断も取りにくいというのだろう。
「ふむ。それであれば、方法がないわけでもありませんよ、ヨーゼフ殿」
「なんですと? なにか妙案があるのですか?」
「妙案というほどではありませんが、説得するための材料は割と簡単に用意できるでしょう」
「……簡単に、ですか? どうするというのでしょうか?」
「ラインザッツ家に利益を提供するのです。ドーレン王家とフォンターナ王国の和解に賛同すれば利益が得られる。そうなれば、向こうから協力してくれるのではないでしょうか」
「利益、ですか。それは確かにそうかもしれませんが、正直な話、ドーレン王家はラインザッツ家に受けた恩とそれに加えて相手が満足できる利益を提供できるとは思えない状況なのですが」
「いえ、そんなことはないでしょう。むしろ、ドーレン王家だからこそできることがあります」
「それはいったい?」
「王権を与えるのですよ。覇権貴族であるラインザッツ家を納得させる取引材料。それは覇権貴族という立場と同等以上のものです。そして、それは何かと言えば、王家になれる権利ですよ、ヨーゼフ殿。ラインザッツ家を王家として認めてやるのです」
「な、なんですと? ラインザッツ家を王家にする? そんな馬鹿な、そんなことが……」
「できなくはないでしょう。というよりもドーレン王家が認めればそれでいいはずです。そして、ラインザッツ家はこの話をおそらくは受け入れるでしょう。なにせ、彼らも一度は王家を名乗ると主張したことがあるのですから」
今回の和解について、ラインザッツ家が最後の障害になるのはわかっていた。
ヨーゼフを始めとしてドーレン王家がラインザッツ家を説得できればそれで良し。
そう思っていたが、どうやらそれは難しそうだった。
なので、助け舟を出す。
それは、新たな王家を作り出すというものだった。
かつて、フォンターナ家がドーレン王家と敵対して新たな王家を名乗ったときのことだ。
王というのは王家の人間だけしかなることができない。
このような考えが一般的な世の中にあって、フォンターナ家のガロードを王に祭り上げる際に俺は一つの工作を行った。
それは、木を隠すなら森とでも言うべき作戦だった。
あるいは、赤信号皆で渡れば怖くない作戦だ。
あの時、俺はフォンターナ家を王家にするために教会を動かし、そしてリゾルテ家やラインザッツ家も王にならないかと話を持ちかけたのだ。
その結果、リゾルテ家は現在王家を名乗り、リゾルテ王国を作るに至った。
そして、その時、ラインザッツ家も王家としての名乗りを上げていたのだ。
だが、状況が動くうちにラインザッツ家は王を名乗らずに覇権貴族としての道を歩むことになった。
が、だからといって王家になるという一度は考えた野望が消え去ったかどうかは怪しいところだ。
むしろ、フォンターナ家が王を名乗っているにもかかわらず現在まで健在であり、しかも、ドーレン王家と和解する可能性も出てきたのだ。
ならば自分も、と思わないだろうか。
そこをうまくくすぐるように交渉すれば、あるいはラインザッツ家もドーレン王家との和解を認めるかもしれない。
なにせ、もはや負担にしかなっていない王都圏の救済に苦しんでいるのだから。
どうやら、この考えはヨーゼフを始めとするドーレン王家側にはまったくなかったようだ。
まあ、それもそうだろう。
彼らにすれば王というのは常にドーレン王ただ一人なのだ。
たとえ、フォンターナやリゾルテが王を名乗っていても、自分たちでは全く認めていない。
それゆえに、ラインザッツ家に王位を与えるという発想すら出てこなかったのだろう。
だが、他にあまり上手い手はないだろう。
しばらくは、この考えに拒絶反応を示すように唸っていたヨーゼフだが、時間が経ち、考えをまとめると少しずつ、このアイデアに理解を示すようになってきた。
こうして、ドーレン王家とフォンターナ王国の和解は新たな王家の誕生につながる可能性が急遽浮上してきたのだった。
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