遺体
「お久しぶりですね、ヨーゼフ殿。その後の進捗はいかがでしょうか?」
「……あの放送はどうにかならなかったのですかな? なんの準備もなしにいきなりフォンターナ王家とドーレン王国の和解話が広まり、我々としては困惑しています」
「ああ、あれですか。申し訳ない。知らないうちに話が広まっていたようで、ラジオなどでも取り上げられてしまったみたいです」
「……私が聞いた話では噂話の初出の放送は貴方様が出演なさっていたということですが」
「ええ、そうですね。急にあの話を振られて私も驚きました。ですが、その番組の司会者が王都出身だったということで、実家を心配する気持ちが大きかったのでしょう。私のほうから注意しておくのでどうかご容赦を」
「わかりました。貴方様のお顔を立ててこれ以上なにも言いますまい。で、話を戻しましょう。ドーレン王家の現王に王の座を戻す。それを持って和睦となす、という話でしたが、なにやら追加の案件があるとか?」
「ええ。実はもう教会とも準備を進めているのですが、先代ドーレン王の墓をミリアリア枢機卿が統括管理している旧聖都、現在の天空霊園に作ろうかと考えています。そして、その際に是非神の盾であるこのアルス・バルカに葬儀を執り行うことを認めていただきたい」
「先代ドーレン王の葬儀、ですか?」
「はい。天空霊園で葬儀を行うことで先代ドーレン王を安らかな眠りにいざない、神の待つ神界へとその魂を送り届けようと考えています。そして、その葬儀にフォンターナ王とドーレン王がともに参加し、そしてドーレン王への継承権も復活させる。さすれば、両王家の和解を皆に知らしめることに繋がるのではないかと思います」
「そ、それはありがたいお申し出ですが、いかんせん我が身では決めかねますな。ドーレン王自らにお伺いを立ててみないことには」
俺が天空霊園でドーレン王の墓(仮)を勝手に用意しているときだ。
リシャールの街に再びヨーゼフが来たという連絡が入った。
前回、ヨーゼフと会ってからもう一月ほどが経過している。
久しぶりに見た老人の頭は以前と比べると明らかに白髪が増えていた。
どうやら相当に苦労をしているようだ。
周囲への説得が大変だったに違いない。
ヨーゼフと会ってすぐにラジオ放送についてチクリと小言を言われた。
ただ、ラジオでの放送内容はあくまでもパーソナリティーが決めるもので俺は知らない。
そう説明したらわかってくれたようだ。
良かったよかった。
特に俺はなんにも悪くないことを理解してくれたようで助かる。
そのヨーゼフと和解への話をさらにすすめる。
和睦の際に葬式も一緒にやってしまおうぜ、というものだ。
すべてこちらが用意する。
パウロ教皇などとでっち上げた、神界が天国だの、魂が神界に行くだの、先祖の霊がどうのこうのといろいろと説明していく。
ただ、ここでいくらヨーゼフに対して口説いたところですぐに決められるものではない。
あくまでも、主体となるのは現ドーレン王や王家なのだから。
「しかし、葬儀と言いましても王家がそれを素直に認めるでしょうか? 遺体もない先代王の葬儀を勝手にやると言われても、なかなかどうして」
「ああ、ご心配には及びませんよ、ヨーゼフ殿。先代ドーレン王の遺体ならば私が発見して丁重に保管しています」
「…………え? 今、なんですと? 先代王のご遺体がある?」
「はい。ミリアリア枢機卿は先代王と生前に面識があったようです。そのミリアリア枢機卿に確認していただきました。先代ドーレン王その人の遺体であることは間違いないということです」
「お、お待ちください。先代王は神敵ナージャによって命を落としたのでは? なぜ、そのご遺体を貴方様が?」
「運良く発見しました」
「どこででしょう? 王はどこで亡くなったのですか?」
「さあ? どこかは知りません。が、遺体は見つかりました。それを丁重に保管しています」
「そ、そんな馬鹿な。か、確認を。私自らの目で先代王のご遺体を確認させていただきたい」
「分かりました。それでは天空霊園へと案内いたしましょう。すでにドーレン王の墓は用意し、そこに先代王の遺体を安置しています」
俺の発言を聞いて心底驚いているヨーゼフ。
そのヨーゼフをリシャールの街から転送魔法陣を経て、天空霊園へと連れていく。
ちなみに、特別な許可がない者には立ち入り禁止になっているため、ヨーゼフが王都圏の人間として初めて空に浮く土地に移動したことになるだろうか。
まず、一瞬で転移できるという転送魔法陣を見てヨーゼフは驚いていた。
そんな驚きっぱなしの老人を連れて、天空霊園の端にある浮島に案内する。
ドーレン王家の墓になる予定の場所だ。
そこに安置されている一人の遺体をヨーゼフに見せた。
物言わぬ死者を見て、ヨーゼフは泣き崩れるようにして地に伏せてしまった。
ちなみに、この遺体は間違いなく先代ドーレン王その人のものだ。
なぜ、先代ドーレン王の遺体があるのかといえば、これまたナージャとカイザーヴァルキリーの関係にある。
ナージャはかつて【収集】という力を使い、先代ドーレン王を手にかけて継承権ごと力を取り込んだ。
だが、このときにナージャは先代ドーレン王の遺体も【収集】していたのだ。
というか、【収集】が継承権などの目に見えないものを手に入れられるというインパクトに忘れてしまっていたが、元々はナージャが迷宮街で荷物持ちとしてこき使われていたときに使用していたスキルなのだ。
つまり、【収集】は魔法鞄がわりに物を入れて運ぶことができる。
その基本的な機能を使って、ナージャは倒した先代ドーレン王の遺体を【収集】し、持ち運んでいたのだろう。
なぜ、そんな遺体を運ぶなどという行為をしたのかはわからない。
もしかしたら、【収集】の容量が大きく、一度入れたものを出すのも面倒になっていたのかもしれない。
とにかく、ナージャは【収集】の力を使って魔法や継承権を奪い、武器や食料などの荷物を持ち運んでいたのだ。
そのナージャに対して【収集】を使い、ドーレン王の継承権などを奪い取ったカイザーヴァルキリー。
実はあの時、カイザーヴァルキリーは継承権などだけではなく、ナージャの【収集】に入っている荷物までもを自身の【収集】に取り込んでいたのだ。
つまり、ナージャが持ち運んでいた物をカイザーヴァルキリーは奪い取っていた。
この中にどうやら遺体があったようなのだ。
最近までカイザーヴァルキリーが荷物そのものをナージャから奪っていたことを俺は知りもしなかった。
が、天空霊園で俺が墓を作り、それをミリアリアなどに説明している話を隣で聞いていて、会話内容を理解していたのかもしれない。
ある日突然、目の前で男性の遺体を【収集】から取り出して見せられてしまった。
あのときは俺もびっくりしてしまった。
いきなり死体を出されるのは初めての経験だったからだ。
だが、カイザーヴァルキリーがすることになにか意味があるのだろうと感じて、いろいろと質問を繰り返し、返事の代わりに首を振るヴァルキリーから遺体の主が誰なのかを突き止めたというわけだ。
そして、実際に先代王を知っていたミリアリアという存在によってその遺体が間違いなく先代ドーレン王のものだと確信するに至った。
「神の盾、アルス・バルカ様。どうぞ、先代王の葬儀を貴方様にお願いしたい。私が責任を持って周囲を説得してみせましょう」
「ええ、この者に安らかな眠りが訪れるようにともに祈りましょう」
ひとしきり涙を流したヨーゼフが顔を上げて俺に頼む。
まあ、これを見て葬儀をしないという選択はありえないだろう。
先代ドーレン王の遺体はこちらが確保しているのだ。
それを無視してしまえば、先代王を見捨てたことになる。
それだけは絶対にヨーゼフにとっても、ドーレン王家にとってもできないだろう。
こうして、ドーレン王家との和解には葬儀もセットで行うことが確定したのだった。
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