救済
「墓を建てて、葬式でもするか」
「……今度はいったいなにを言い出すんですか、アルス様? 誰のお墓のことですか? もしかして、これから誰かの息の根を止めに行く、なんて物騒なことを言い出すつもりではないでしょうね?」
「おい、リオン。さすがにそれは言いすぎだろ。どんな野蛮人だよ、それは」
「冗談です。が、墓がどうかしたのですか? 祖王カルロス様のお墓ならば立派なものが建築中ですよ。もっとも、立派すぎてまだまだ完成まで時間がかかりそうだという話ですが」
「まあ、あれは雇用創出のための公共事業でもあるからな。そうじゃなくて、別の墓だよ。せっかく、ドーレン王家と和解するんだ。亡くなった先代ドーレン王の墓でも作ってやろうかと思ってな」
「アルス様がですか? ドーレン王家と和解するといっても臣下になったわけでもなく、どういう理由でそんなことをするつもりになったのでしょう?」
「いや、この間、リオンに言われたじゃないか。俺の印象があんまりよくないって。だから、ちょっとでもいいっぽいことをして好印象を勝ち取ろうかなって思ったわけだよ」
あれから数日ほどいろいろと考えた結果、俺はドーレン王の墓を作ることにした。
もちろん、ドーレン王家にはまだ何も言っていない。
勝手に俺のイメージアップに利用させてもらうことにしよう。
「確かに先日そんな話もしましたが、どうしてお墓なんですか?」
「うーん、単にいいことをしようと思ってもこれといったものが思いつかなくてな。けど、俺って普段からいろんなやつのところの葬式とかに出てるだろ? あれって結構喜ばれるんだよ。で、先代ドーレン王は今まで生死不明の行方不明状態だった。つまり、葬式をしていない。だから、俺が神の盾として弔ってやろうかと思ってな。そうすれば、一度敵対した相手でも慈悲深く対応する人情味あふれる人物として評価されるんじゃないかと思ってね」
「……死者を弔うことは確かにいいことでしょうが、随分と欲にまみれた話ですね」
俺の言った内容を聞いてリオンが呆れたように見つめてくる。
が、この方法というのは結構いい案だと思う。
それはなんと言ってもこのあたりの死生観が関係していた。
人は死ぬとどうなるのだろうか。
おそらく、人生で一度くらいは誰でもこんなことを考えるのではないだろうか。
そんなことをいくら考えても結論は出ない無意味なことだ。
だが、それがわかっていてもついつい考えてしまうことがある。
この、人が死んだらどうなるか、という考えは大別すると二つに分かれることになる。
それは、死ぬと天国などのあの世に行くという考え。
そして、もう一つは輪廻転生して現世に生き返るというものだ。
もちろん、ほかにもあるのだろうが、だいたいどっちかだろう。
そして、フォンターナ王国を始め、旧ドーレン王国系の人間は死んだら天国に行くという死生観を持つ者が多いようだ。
前世で見聞きしたあやふやな知識だが、これはおそらく収穫できる農作物が麦だからではないだろうか。
死生観として輪廻転生のようにこの世にもう一度戻ってくると考える地域では、概して食べ物が豊富である傾向にあるという。
豊富な食料があれば生きていても飢えで苦しむこともなく、それ故にもう一度この世に戻ってきたいと思うからこその輪廻転生という考えにつながるのだ、という話を聞いたことがあった。
そして、それは米作の地域で多い思想だそうだ。
それに対して、農作物が育ちにくく、飢えに苦しむ社会で生まれ育ったものはどうなるか。
死んでまで苦しみに溢れたこの世に戻ってきたいとは思わない。
つまり、死んだら飢えも苦しみもない天国に行きたいと願う傾向にあるという。
これはどちらかというと米よりも麦を作っている地域でそう考える傾向にあるという。
これが本当かどうかは知らないが、旧ドーレン王国系の俺たちの住む地域は死んだら天国に行きたいと言うやつが多い。
まあ、これは神界というものが存在しているからかもしれないが。
実際に神が住み、天空の楽園と呼ばれる場所があるのだ。
歴史上でごく限られた者だけがその地に住まうとされたが、教会の聖書では清く正しく生きればその者の魂は浄化されて天に召されるという記述もある。
つまり、死んだら天空の楽園で住む者の一人になれますよ、と教会は言っているのだ。
そして、それは多くの者が信じており、それを望んでいる。
ようするに、このあたりの風習では、死ぬことは終わりではなく救いなのだ。
飢えと苦しみ、そして暴力にあふれる戦乱続きのこの世からの解放、それが死ぬことなのだ。
なので、死者はなるべく丁重に弔わなければならない。
万が一、不死者となってこの世をさまよわないように遺体を清めて、神のもとに送り届ける。
それこそが、残された生きている者の務めなのだ。
そこで、ドーレン王家に継承権を返還する際に、俺が墓を建てる約束をして、盛大な葬式もしてやろうというわけだ。
なにせ俺は神の盾であり、実際に天国とも言える神界へと出入りし、神と会うことすらあるのだ。
そんな人物からきちんと清められて神のもとへと見送ってやろうといえば、いくら歴史ある王家でも断れないだろう。
墓は神界ではなく空に浮いた聖都にでも作ろうか。
あそこを有効活用しない手はない。
それに、教会の本拠地はあくまでもフォンターナの街にある大教会だということになっている。
聖都として復興するものの、教会の本部ではなく別の機能をもたせるという意味でも、天空霊園にでもしてしまおう。
うん。
我ながらなかなかいいアイデアではないかと思う。
なぜなら、この理論でいけば俺は死者を見送る者であるということになる。
つまり、俺と戦って命を落としたこれまでの相手にもその設定が適応できるのではないだろうか。
すなわち、敵対して命を奪ったのではなく神の許へと送ったのだと言えるのではないだろうか。
今まで俺がしてきたことは殺戮ではなく魂の救済だ、と言えば多少ごまかされてくれる人もいるかもしれない。
こうして、俺は自分のブランドイメージを上げるために、死の救済ビジネスを始めることにしたのだった。
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