印象
「……あの、アルス様、私は例の件について全然聞いていないんですが?」
「例の件って、和解の話か、リオン?」
「もちろんですよ。なんですか、あれは。フォンターナ王国がドーレン王家と和解という重要な案件を進めていたなんて知りませんでしたよ」
「いや、俺もそんな考えはなかったんだけどな。なんか、流れでそうなった」
「流れって……、無茶苦茶ですね、相変わらず」
「駄目だったか? リオンとしては和解はしないほうがいいってことか?」
「……いえ、そうは言いません。条件にもよりますが和解できるならばしておいたほうがいいでしょう。やはり、どれほど勢力が衰えたとはいえ、ドーレン王家は特別な存在であると考えている者は内外に多いですから。それにアルス様の印象も良くなるでしょうし」
「俺の印象?」
「はい。かつて、フォンターナ領にドーレン王家の使者としてやってきた者を激怒して切り捨て、反旗を翻した男。それがアルス様でしょう? 怒ったらなにをするかわからない人物としか思えない逸話ですが、正式に和解し、しかも双方にとって無理な注文がつかない内容で話がまとまれば印象は変わりますよ。怒っても、冷静になればまだまともに話が通じるのかもしれないという感じで」
「そんなに怒りっぽいわけでもないんだけどな。まあ、特定の話だけを拾い上げると恐ろしいやつにしか映らんわな、そりゃ」
リシャールの街でヨーゼフと話をし、その後、神界でアイシャと会った。
そして、さらにその後にはバルカニアでラジオ放送局にてキリと一緒に番組に出演し、そして今度はフォンターナの街に戻ってきてリオンと話をしている。
この順番は単に移動の順序で効率的にやるべきことをやったにすぎない。
が、当たり前だがリオンからすれば寝耳に水の話であり、たまたまラジオで和解の話を聞いて心底驚いていた。
だが、話の内容としては概ね賛成の立場でいるようだ。
というか、ほかのフォンターナ王国内の貴族や騎士も和解が成立するのであれば受け入れるべきだという意見が多かった。
やはり、それだけドーレン王家に対して剣を向けたということは皆にとって引っかかりとなっていたのだろう。
多くの者にとっては状況的に仕方がなくドーレン王家と反目し合うことになり、そして、そのドーレン王家から派遣された連合軍が来たために撃退せざるを得なかった。
そして、その後は各領地を守るために独立していく必要があった。
だからこそ、新たな王として君臨したフォンターナ家のもとで一丸となって頑張ってきたのだ。
が、それでもドーレン王家の存在をないがしろにする気はなかったのだろう。
この場合、唯一心の支えになっていたのが自分たちが直接ドーレン王家と戦ったわけではなかったというところだろうか。
連合軍を率いてきて、その中でも力があり各貴族軍をまとめていたメメント家が暴走して王都圏を地獄へと叩き込んだ。
そんな悪いメメント家と戦った自分たちは相対的に悪くはなく、むしろ良い側であったのではないか、と無理やり納得していたのだろう。
だが、その小さな心の傷もこれで消えるかもしれない。
正式にフォンターナとドーレン王家が和解をすれば、自分たちは晴れて無罪放免であるということになるからだ。
人は誰しも悪者にはなりたくないと心の中で思っているということなのだろう。
しかし、リオンに言われて改めて俺は自分の印象の悪さについて考えてしまう。
自分では割と温厚なほうだと自己分析しているんだが……。
人の話はきちんと聞いているつもりだし、機嫌が悪いから人を傷つけるということもそんなにないはずだ。
確かに使者としてやってきた王都圏のどこぞの貴族だとかいうやつに力を差し出せと言われたときには怒ったがあれは相手が悪いだろう。
そういえば、昔、バルカ騎士領の隣の騎士領の息子がリリーナをよこせと言ってきて九尾剣で切ったんだったか?
まあ、あれも相手が悪いだろう。
……いや、しかし、考えるといまだに俺は自分の知らないところで「白い悪魔」などと呼ばれたりすることもあるらしい。
あれは確か、最初に白い体毛で覆われて魔法を使う使役獣であるヴァルキリーを戦場に投入したときについた呼び名だったはずだ。
あくまでも、ヴァルキリーを指す名だった。
が、それがいつしか俺の呼び名として広まり始めて、よく知らない地方の農民にもそんなふうに呼ばれていたりもすると話には聞いたことがある。
今更ながら、これはあまり良くないのでは?
確かに戦場で戦ったときには包囲殲滅戦で相手を全滅させたり、ミッドウェイ河川の戦いでは水の上に浮いた船団ごと凍らせて焼いたこともある。
そういう話がだんだんと尾ひれをつけて広まってしまっている感もあるように思う。
が、もういい加減、そういう物騒な話ばかり広がらなくてもいいのではないだろうか。
もうちょっと、アルス・バルカという名前を白い悪魔などという不名誉なものからポジティブなものに変えられないか、模索していってもいいのではないだろうか。
こうして、俺はドーレン王家との和解交渉とともに自分の名前のブランドイメージを向上させるべくアイデアを絞り出すことにしたのだった。
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