和解
「ドーレン王に王家の当主としての座が戻るというのであれば、これほど嬉しいことはありません。それが実現するのであれば、この老骨にどこまでも鞭を打って働きましょう。なにとぞ、よろしくおねがいします」
ヨーゼフが俺に対して頭を下げる。
よほどの覚悟なのだろう。
彼は長年ドーレン王家に仕え続けてきた名門貴族の人間だ。
その人物からみれば、俺は農民出身の成り上がり者にしか見えていないはずだ。
しかも、一度俺は王家からフォンターナ家に対して出された使者を切り、その後、ドーレン王家と反目し争ったこともあるのだ。
言ってみれば、俺という存在はドーレン王家側から見ればナージャと大差ないものだということだ。
そうでなくとも、王都圏という都会の者からすれば地方の田舎の人間などそのへんの雑草にしか見えていないはず。
だというのに、頭まで下げるというのは並々ならぬ思いを感じる。
「頭をお上げください、ヨーゼフ殿。ドーレン王家の失われた継承権を元に戻すことは可能です。そして、私としてもそれを拒む気はありません。魔法の継承権は正当な持ち主のもとに帰るべきだからです」
「ありがとうございます」
「ですが、条件があります」
「……なんでしょうか?」
「ドーレン王家との和解。それが、継承権復元に向けての条件です」
「和解、ですか?」
「そのとおりです、ヨーゼフ殿。私はかつてフォンターナ家の当主代行として騎士らを束ねてドーレン王家と争いました。そして、その戦いに勝利し、フォンターナ家は独立し、国を興しました。ですが、あのときは状況的には仕方がなかったとはいえ、我々にはドーレン王家に対して剣を向けたいなどという思いは決してなかったのです」
「ええ、ええ、わかっておりますとも。あのときは、使者に出した者が悪かったのでしょう。あの者による発言が両者の関係を悪化させてあのような事態を招いたのです。決して、ドーレン王家とフォンターナ家の間に確執があったわけではないことは私がよく存じています。なにせ、フォンターナ王国の祖王となられたカルロス様には先々代のドーレン王も良くしてもらいましたからな」
「そう言っていただけるとありがたい。まさにそのとおりで、不幸な出来事によって、両者は争い合うことになってしまった。そして、今もその関係はまだ完全に修復されたとは言えません。しかし、そのような状況がいつまでも続いていていいはずはないでしょう」
「そうですな。なるほど、では、ドーレン王に継承権を戻す際に、改めてフォンターナ王家、そして貴方様とドーレン王家は和解をし、関係修復を図ろうというわけですか」
「まさにそのとおりです、ヨーゼフ殿。そうですね。現在、聖都も復興中です。ですので、ある程度、聖都が機能するようになったころに聖都統括管理者であるミリアリア枢機卿に間に立ってもらって、それを実行するというのはどうでしょうか?」
「ええ、お安い御用です。その程度であれば、すぐに王都へと帰還して私が周囲を説得してみせましょう」
カイザーヴァルキリーが持つドーレン王家の当主の座。
それを返還するにあたって、俺は取引を持ちかけた。
継承権を取り戻すことはドーレン王家にとってみれば譲れない事柄だろう。
なので、ふっかけようと思えばいくらでもふっかけられるかもしれないと、頭の中で皮算用が働いた。
だが、あまり無理難題を押し付けることはやめておくことにした。
もちろん、それをすることもできるだろうが、今のドーレン王家からどうしても搾り取りたいものなどはあまりない。
なので、一度は敵対した関係を修復して仲直りするという選択をすることに決めた。
これは一見すると意味のあるものなのかとも思う。
確かに、目に見える価値というのははっきりしない。
が、おそらくはかなりいろんな波及効果があると睨んでいる。
まず、いちばん重要なのは時間が稼げるということだろうか。
ドーレン王家が継承権を取り戻すためにこちらと取引をするうえで、ヨーゼフは周囲を説得しなければならない。
現在、王を名乗っているドーレン王やその周囲の人間、そして、ドーレン王家に連なる貴族や騎士であれば、なにか言ったとしても割と簡単に説得できるだろう。
が、説得が難しい相手もいる。
それは、覇権貴族であるラインザッツ家だ。
力を失ったが、それでも存在感のあるドーレン王家を今、実際に支えているのはラインザッツ家だ。
王都を占領していたメメント家を追い出して解放し、そして荒廃した王都圏の救済を行っている。
そんな、ラインザッツ家にとってみれば、いきなり聖都跡地に現れたリード家の存在はどう考えても目障りだろう。
おそらくだが雪解けすぐにでもこちらを攻めてくるのではないかと思う。
だが、ラインザッツ家とリード家、ひいてはフォンターナ王国が交戦状態に入れば、ドーレン王家は困ることになる。
なるべく早く、確実に継承権を取り戻したいと考えているのに、その取引相手に攻撃を加えられたら困るというわけだ。
ゆえに、ヨーゼフはラインザッツ家を説得しなければならない。
フォンターナ王国とドーレン王家は和解し、敵対関係ではなくなるので攻撃はしてくれるな、と言い聞かせなければならないのだ。
名分だけでも教会が出した戦禁止令。
そして、それとは別にドーレン王家が希望するフォンターナ王国との和解と停戦。
それを無視してラインザッツ家も動くことはできないだろう。
さすがにちょっと春までにリード家が他の貴族の連合軍と戦うことになれば、勢力的に劣勢すぎると思っていたので、この取引はちょうどよかったのだ。
そして、ドーレン王家との和解は他の貴族との交渉材料にもなり得る。
かつて、すべての貴族を従えてきたドーレン王家という存在。
そのドーレン王家と敵対して、独立し王国を作り上げたフォンターナ家の存在を他の貴族はなかなか受け入れられなかった。
だが、こうして、ドーレン王家がフォンターナと和解をし、しかも、その独立性とフォンターナ家も王であると認めるとどうなるか。
教会とドーレン王家という二つの権威がフォンターナを王という存在であると正式に認めることになる。
しかも、ドーレン王家とは敵対していない良好な関係であるとなる。
であれば、それまでは様々なしがらみでフォンターナの下にはつけなかった貴族もフォンターナ王国の傘下に入りやすくなるのではないだろうか。
つまり、この和解をきっかけに他の貴族への調略がやりやすくなるかもしれない。
そのため、この取引の真の狙いはただの仲直りではないということになる。
本来ならば、リード家の周囲すべてが敵となるはずだった相手がこちらに付く可能性ができる。
もしかすると、オセロのように状況をひっくり返すことができるかもしれない。
そして、それをするのは俺ではなく俺の前で話がまとまって嬉しそうにしているヨーゼフという老人だった。
頑張って説得してきてくれ、ヨーゼフさん。
こちらにとってはもう別にドーレン王家の魔法にそこまで興味はない。
西のジャングルの確保に角ありたちを使っていたが、それもある程度一段落している。
失っても痛くない手札でいろいろな効果が見込める取引ができて、俺も思わずニッコリ笑顔になりながら、ヨーゼフとガッシリ握手を交わしたのだった。
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