ドーレン王家の忠臣
「お待たせいたしました、アルス・バルカです」
「存じております。大きくなられましたな」
「覚えておられましたか。こうして話をするのは初めてだと思いますが」
「何をおっしゃる。もちろん覚えていますよ。貴方様はまだ小さな騎士だった頃より、只人ではない雰囲気を放っておられましたからね」
フォンターナの街で新年の祝いを行い、そして、カイルの結婚式があった。
俺はその後も、フォンターナの街でしばらく過ごすつもりだった。
が、今は再びリシャールの街へと戻ってきている。
フォンターナ王国よりも南ではあるが、それでも雪が降り積もるこの時期に、新しくできたばかりのリシャールの街に重要人物がやってきたと報告を受けたからだ。
その人物とシャーロット城の応接室で顔を合わせる。
顔には深いシワがあり、髪とひげは白くなっている老人がそこにはいた。
だが、この人物は食べ物がなくなってリシャールの街にやってきた者などではない。
その老人の瞳はこちらの心底を見通すような鋭さとともに、相手を受け入れる優しい光を写し込んでいた。
「懐かしいですね。私が騎士だったのはつい数年前ですが、もうかなり前のことのように感じます」
「そうですな。私のような老骨からしてみれば、つい昨日のことのようにも思います。ただ、あれからいろんなことがありました。私のように急激に流れ行く時節にはついていけない者にとっては、まさに激動の数年間です。そして、その中心にはいつもあなたがいた」
「本当に。あなたがまだフォンターナ領にいたころには、このようなことになるとは誰も予想していなかったでしょうね。ですが、今頃になってなんの用なのでしょうか、ヨーゼフ・ド・グレイテッド殿」
目の前にいる老人はヨーゼフという名の貴族だ。
グレイテッド家。
それははるか昔からドーレン王家に仕えた歴史ある貴族家。
ドーレン王が治める王都にて、王に仕える存在。
かつて、このヨーゼフはフォンターナにいたことがある。
それはもう何年も前のことだ。
その時、俺はまだバルカ騎士領を治める騎士家の当主という身分だった。
そう、かつて、王都からドーレン王がフォンターナ領に身を寄せていたときについてきた王の側近のうちの一人がこの老人だったのだ。
あのときの俺はただの農民上がりの騎士でしかなく、ドーレン王やその側近貴族とは顔を合わせる機会すらなかった。
当時、フォンターナに滞在していたドーレン王たちをもてなしていたのは貴族家であるフォンターナの当主カルロスの仕事だった。
ゆえに、俺はこのヨーゼフという人の存在は知ってはいたが直接の関わりはなく、まさか相手も覚えているとは思わなかった。
このヨーゼフ老は王の側近としてドーレン王とともにフォンターナ領の視察という名目での逃避行に付き合い、そして、その帰り道で襲撃を受けた。
歴史の転換点とも言える大事件である、ドーレン王襲撃事件の現場にいたのだ。
ドーレン王がその身を守ろうとしたカルロスとともに暗殺され、そして運良く生き延びたヨーゼフ老はその場にいたリオンと協力して難を逃れた。
そして、王都にたどり着いたと聞いている。
もっとも、その後の王都ではヨーゼフ老のことはあまり聞いたことがなかった。
確か、その場で一緒にいたはずの側近が王を守らずに逃げてきたと非難されて、政局争いに負けたのではなかったか?
故に、その後の次期ドーレン王の下では重用されずに閑職に回されているとかなんとか聞いたような気がする。
だが、そうは言っても歴史ある名門貴族で、ドーレン王に親しい存在であるはずだ。
そんな人物がいきなりこうしてリード領に訪ねてくるとは、どういうことだろうか?
しかも、今は新年の祝いがどこの貴族領でもまだ続いている時期だ。
こんなときに王都を抜けてくるとはただごとではない。
「それで、わざわざ私がこの場に参上した理由についてなのですが……」
「ええ、なんの御用でしょう? 正直、フォンターナ王国は以前ドーレン王家とは敵対しております。その後の関係も別に良好というわけでもありません。なぜ、そのような相手のところにあなたほどの人が来られたのでしょう?」
「私のことはヨーゼフとお呼びください、神の盾アルス・バルカ様。あなたは今や神に謁見するほどの人物です。私などそこらの木っ端のような存在でしょう」
「いえ、では、ヨーゼフ殿とお呼びしましょう。とすると、ヨーゼフ殿はフォンターナ王国の財務大臣ではなく、神の盾である私に会いに来た、という認識で良いのですか?」
「ええ、そのように捉えてもらえれば。私がこうして貴方様に会いに来たのは、どうしてもお伺いしたいことがあるからです」
「……私に分かることであればお答えしましょう」
「では……、我が主である当代ドーレン王、かの王は本来持つべき継承権が失われているのです。かつて、メメント家が王都を襲撃し、占領しました。その後、当時王だった先代のドーレン王は極秘に王都を脱したはずです。が、その行方が杳として知れず。しかし、王が亡くなったにしては現在の王に継承権が戻って参りません。これはいったいいかなることか。青の聖女ミリアリア様にお聞きしても理由がわかりません。なれば、もしや神の盾である貴方様であれば、その理由をご存知ではないかと思い、馳せ参じたのです」
ああ、それね。
わかった、理解した。
原因は俺だわ。
メメント家に襲撃された時、おそらくはそのときにドーレン王は死んでいる。
だが、普通に死んだだけならばそのドーレン王が持っていた魔力パスなどは継承権の第一位である者へと引き継がれるので、すぐに死亡が判明する。
が、そのときは違った。
おそらく、その時に死んだドーレン王の継承権をナージャが【収集】したのだろう。
そして、そのナージャもすでにいない。
であるのに、現在王であると名乗っている継承権第一位のドーレン王家の王子には継承権は戻っていない。
それはなぜか。
ナージャにトドメを刺したヴァルキリーが【収集】したからだ。
つまり、ドーレン王家の継承権は初代ヴァルキリー、つまり、カイザーヴァルキリーが持っていることになる。
そして、カイザーヴァルキリーは迷宮核と氷精入りの吸氷石とで【合成】されて、死を超越した精霊の肉体を持つ神の如き存在へと変じている。
おそらくだが、カイザーヴァルキリーには寿命がない。
そして、カイザーヴァルキリーの魔力量的にそうそう外敵にやられて死ぬこともないだろう。
故に、ドーレン王家に継承権は戻らない。
これ、どう説明しようか?
素直に説明して、ならばドーレン王家の継承権を持つカイザーヴァルキリーはドーレン王家のものだとか言われないだろうか?
そんなことになっても面倒だな。
俺はどう言い訳して理由をでっち上げるかを頭に魔力を集中させて考えるのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ぜひブックマークや評価などをお願いします。
評価は下方にある評価欄の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして頂けますと執筆の励みになります。
 





