文化の違い
「おかえりなさい、カイル様」
「ただいま、シャーロット。元気にしてたかい?」
「はい。私は健康そのものですわ、カイル様。それに、頑張ってこちらの言葉も覚えました」
「うん、すごいね。ボクが領地を得ている間にそこまで話せるようになったんだ。頑張ったんだね、シャーロット」
新年の祝いのためにフォンターナの街へと戻ってきた。
本来ならば時間のかかるはずの移動だが、転送魔法陣があるおかげでバルカニアまではあっという間に帰ることができる。
そのため、俺はカイルとともにギリギリまでリシャールの街にいて、年の暮れに帰還したというわけだ。
ちょくちょく帰ることもできたのだが、なんだかんだと忙しくて、これまであまりフォンターナの街には戻れていなかった。
が、久しぶりに会ったシャーロットはもう東方の言語ではなく、こちらの言語を使いこなしてカイルを出迎えている。
どうやら、かなり勉強して言葉を覚えたようだ。
立ち居振る舞いもブリリア魔導国式の礼儀作法ではなく、フォンターナ式になっている。
どうやら、フォンターナの街に残っている間にリリーナの側仕えでもあるクラリスが派遣されて、厳しい指導があったようだ。
クラリスはなかなかどうして礼儀作法に詳しくて、俺やカイルも以前にしごかれたことがある。
ただ、シャーロットのほうはそれまでの王女としての経験があるので、こちらの様式に慣れるのに時間がかかっただけで元々上品さを持ち合わせていたのですぐに習得した、とはクラリスが言っていたのだが。
まあ、なんにしてもようやくこれでカイルも結婚式を挙げられることになる。
なんと、カイルはいまだに結婚式が終わっていなかったのだ。
なにせ、国王であるガロードに挨拶に行ったその日に領地切り取り自由の話が出て、俺がその日のうちに出発してしまったからだろう。
その直後にカイルもそれまでいなかった家臣団を形成して、南に移動したので結婚式がまだだったのだ。
これはシャーロット的には不思議だったようだ。
彼女からすればカイルとの結婚式は東方で済んでいるという認識だった。
兄であるシャルルお姉さまの見ている前で式を執り行い、夫婦としての生活をスタートさせた。
故に、フォンターナ王国に戻っての結婚式は披露宴みたいなものだという考えだったのだろう。
もちろん、皆に見てもらうための披露宴という意味合いがないわけでもない。
が、東方と大きく事情が異なるのだ。
カイルからすれば、結婚はまだ正式に終わったことにはなっていなかった。
それは継承権というものが関係している。
東方のブリリア魔導国などであれば、魔力の高い男女同士が結婚し、より高い魔力の子どもを後世に残すのが王や貴族の務めだったのだろう。
だが、フォンターナを始めとするこちらの風習では違った。
教会が執り行う、継承の儀という儀式を結婚式のときにしない限り、結婚したことにはならないのだ。
継承の儀は鍵と鍵穴みたいな関係になるとでも言えばいいのだろうか。
教会の神父などに結婚する男性と女性がそれぞれに魔法陣を使って儀式を受ける。
そうすると、その男女で子どもを授かり、その子が男児であれば男性側の魔法と魔力パスの継承権を持った子が生まれるのだ。
そのため、東方の結婚式だけでは意味がない。
もし仮に、今カイルとシャーロットが子どもを授かっても、その子には継承権がないということになるからだ。
この話を聞いた時、シャーロットはすごい勢いで俺たちに質問攻めをしてきた。
どういう儀式を行えばいいのか。
その儀式に用いられる魔法陣はどんなものか。
かなり興味津々で聞いてきたものだ。
ちなみにだが、この継承の儀という制度があるゆえにフォンターナ王国を始めとする貴族や騎士の貞操観念は低いと言わざるを得ない。
結婚相手以外の男女で仲良くなることがよくあるのだ。
なにせ、他所で子どもを作っても継承権のある子どもは絶対に生まれてこないのだ。
どれだけ女好きな貴族がいて子沢山であっても、継承権を持たなければその子どもはただの人だ。
なんの気兼ねもなく、遊び回ることも可能と言えるだろう。
それゆえに、バイト兄などもバルカの騎士となった後は結構ヤンチャしていたりもした。
だが、東方ではそうではない。
魔力の高いもの同士で子どもを産めば、魔力の高い子が生まれやすい傾向にある。
が、当たり前だがそれ以外の相手でも子どもは生まれ、血の繋がりがあればその子が家督を継ぐ可能性が存在しないわけでもないのだ。
そのため、ブリリア魔導国では王家や貴族は正妻がきっちりと旦那の妾や愛人を把握して、お家騒動が起こらないように目を光らせているらしい。
そんなブリリア魔導国の元王女とカイルは結婚することになる。
いくら結婚するのがフォンターナ王国で、ブリリア魔導国ではないとはいえ、シャーロットの常識からすれば勝手な女遊びは許されないだろう。
こちらの制度的には問題なくとも、気持ち的には許容できないに違いない。
フォンターナの街にやってきてクラリスなどからいろいろと話を聞いて、シャーロットが一番驚いたのがその文化の違いだったそうなので、俺からもカイルにフォローは入れておく必要があるだろう。
なんだかんだで、カイルはモテるからな。
どこかそのへんで女性側から声をかけられてそれにつられてしまうことがないように注意しておこう。
こうして、カイルとともに文化の違いについて話し合いながらも年が明けた。
ガロードに対して挨拶を行い、その数日後にはパウロ教皇による継承の儀がカイルとシャーロットの間で行われて、正式に夫婦の関係になった。
そんなおめでたい新年に、リード領のリシャールの街には思わぬ客が訪れていたのだった。
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