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カイルの秘策

「審判」


 カイルがそうつぶやいて、魔法を発動した。

 いや、これはまだ呪文として完成していないので厳密には魔法とは言えないのかもしれない。

 正確にはカイルの魔力を使って発動する現象であるので、魔術が使用された。


「被告、アルベド村の住民レンデル。罪状は殺人。被告はリシャールの街にて知人と口論になり、相手を殺害。その後、その場にいた被害者の家族までもを殺めて、計5名を殺害した。フォンターナ憲章第3条第5項に照らして死刑を求刑するものとする。これより、有罪及び無罪の判決を取る」


 カイルが魔力を使いながら、そう言った。

 ここは新しく作られた街であるリシャールの中の裁判所に当たる建物の中だ。

 そこに多くの傍聴人が詰めかけていて、カイルの発言を聞いてる。


 今ここで行われているのは殺人の罪を犯した者への裁判だった。

 容疑者についての調べは終わっており、そこで罪状と照らし合わせて罪の重さを考えて求刑する。

 そして、その罰の重さが適切であるかどうかを民衆に対して問うているのだ。


 そう、つまり、カイルが行っているのは裁判員裁判とでも言うべきものだった。

 どうやら、カイルが考えていた秘策がこれらしい。

 カイルは新しく手に入れた、縁もゆかりもないフォンターナ王国とは離れた土地で統治するために裁判を利用することにしたのだった。


 土地を支配する領主の仕事は色々ある。

 一番重要なのは税を取り立てることであるのは間違いないだろう。

 その税を使って領地を運営していくことが絶対に必要だからだ。

 だが、その他にも重要な仕事があった。

 それが裁判権を持つということだ。


 土地を支配する者は裁判権を持ち、その領地内で起こったさまざまな問題に対して適切に判断をしていく必要がある。

 もし仮に、権力者にとって自分たちにだけの都合のいいことや、あるいは領主の仲間内だけが優遇されるような裁判をしていれば、その領地に住む住民に反感を持たれることになる。

 これは意外と馬鹿にできないもので、裁判の失敗で領地で反乱などが起こるケースはままあるのだ。


 そして、カイルのようになんの関係もない土地からやってきた人間がその土地を支配しようとすると、この裁判は結構面倒なことになる。

 普段からその土地を治めているのであれば、あるいは近隣にいたのであれば、そこに住む住民や商人、あるいは騎士たちの利害関係や歴史問題などを理解している。

 そのような、過去の由来までもを総合的に、複合的に判断して判決を下すことが裁判をうまくこなすための秘訣であると言ってもいいだろう。

 逆に、杓子定規にフォンターナ王国の決まりだけで判決をしてしまうとまず間違いなく揉める。


 それをクリアするために、カイルはリード家として裁判を実行するものの、最終的な有罪や無罪などの判決は領民たちに問う形で決めようとしているわけだ。

 もちろん、その前段階として逮捕や勾留、尋問などの行為はもちろんやる。

 が、決して無道な判決を下してこの地に住む者たちを痛めつけているわけではなく、きちんと罪を問うているのだとアピールしていることを示す。

 そんな感じで本来リード家が得るべき裁判権という権力をこの地に住む者たちに与えていることで、領民の心を掴もうというのだろう。


 だが、この裁判はただの裁判員裁判ではなかった。

 俺が知る普通の裁判員裁判であれば、カイルの求刑を聞いて判決を決めるための裁判員はこの裁判所にいる者だけに限られるのではないかと思う。

 が、このリシャールの街では、いや、リード領では違った。

 文字通り、本当に領民全員が裁判員になっていたのだ。


 まだ、呪文にはなっていないがカイルがつぶやいた【審判】という単語。

 これはいずれ呪文化する予定で裁判中必ず言っているそうで、使用する魔力量からはいわゆる当主級魔法になりそうだという話だった。


 そして、この【審判】という呪文化予定の魔法の効果は、リード家の魔力パスと繋がっている者に対して一斉に【念話】する、というものだったのだ。

 つまり、【審判】とつぶやいてからカイルは【念話】の魔法の持ち主に対して強制的に脳内で話しかける。

 そこで、容疑者である被告の罪と求刑内容を告げて、逆にそれを聞いた者たちから有罪か無罪かの判決を集計するのだそうだ。

 その結果、有罪が多ければ刑が執行され、無罪ならば釈放されるという仕組みになるらしい。


 いきなり頭の中に裁判の話を叩きつけられる者たちはたまったものじゃないのではないかと思ったが、【並列処理】を使っていれば、他の仕事で手が離せなくても問題ないらしい。

 頭の中で同時に複数のことを考えられるがゆえに、裁判の内容を聞いて判断して有罪無罪を決めることは、それほどの負担にはならないと聞いている。

 なにせ、手足を動かさず、一切口にすることなく作業は終了するのだ。

 肉体的に疲れるようなことはないのだろう。


 カイルはある程度軍を使って周囲を安定化させたあとは、この【審判】の呪文化と裁判の進行をずっとしていた。

 これは、元々このあたりの地に住む者たちがナージャによって魔法を使えるようになっていたことも影響したのだろう。

 ナージャの影響で魔法を手に入れた者たちの魔力パスはカイザーヴァルキリーが引き継いでおり、そのカイザーヴァルキリーにカイルが名付けをしていた。

 つまり、聖都跡地近郊の住人たちは多くがリード家の魔法を使えたのだ。

 故に、この裁判が実現できた。


 青の聖女ミリアリアの要請を受けて聖都跡地の土地を支配下に置いたリード家は、この全住民参加型裁判という他では絶対に見られない方法で統治を開始した。

 これはカイルいわく、軍の徴兵制を参考にしたらしい。

 強制的に土地に住む者たちを同じ組織に所属させて仕事をさせることで連帯感を植え付けて、自分たちがその国の一員であると強く認識させるという手法。

 俺はこれを使ってフォンターナ軍に若者たちを集めて、新しい王国の民としての認識を植え付けさせた。

 が、カイルは更にそれを発展させて、全住民に裁判という人を裁く仕事をさせて、リード領の一員であると認識させるように流れを作ったのだった。


 そして、どうやらこの作戦はうまくいったらしい。

 反抗的な盗賊の相手はバイト兄に任せ、街などの土地開発は俺に委ねたカイルは新年が明けるまでの期間、ずっと裁判所でこの仕事をし続けた。

 そうして【審判】の呪文化に成功するころには、リシャールの街やその周辺に住む者たちは「領民が裁判で判決を下す」という行為が当たり前になっていたのだ。


 決められた法に従い、人を裁く。

 つまり、この地に住む者たちの多くは法に従い、法に守られながら暮らしていくことを受け入れた。

 常に頭の中に流れてくる裁判の求刑と、リード家が発行した法律書を基に、リード家という権力者というよりは法律に自分たちの生活を委ねることにした。

 こうして、カイルは全く新しい土地の統治を法治という手法によって、限りなくスピーディーに達成することに成功したのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] シビュラシステムかな?
[一言] 「審判」の魔法自体は、本当にその罪状が正しいのかどうかを判断出来るものではなさそうなので、裁判以前の取り調べを凄くしっかりやらないと、冤罪は防げないような気がする。 捜査機関関係者をリード家…
[一言] 世界一治安の良い街になるな~ けど自ら手を汚さない教唆系の犯罪も明るみになるのかな? これ人によって刑罰別れそうですね。
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