不穏な噂
「おい、聞いたぞ、坊主。いや、アルス。旅人に土地を与えたらしいじゃないか。なんで俺には声をかけてくれないんだよ」
「ん? 行商人のおっさんには土地なんかいらないだろ?」
「そんな事言うなよ。俺とお前の仲じゃないか。俺もいつまでも行商だけでの商売じゃなくて店を出したいんだよ。このとおりだ、頼む。店を出す土地を俺にもくれないか?」
俺と以前から取引を行っている行商人のおっさんが声をかけてきた。
どうやらあちこちを旅しているというグランがここに家を建てたことを聞いてきたようだ。
意外と耳が早いなと感心してしまう。
「でもなー。おっさんには魔法を使う使役獣がいないって騙されたこともあったしなー」
「ぐっ、それは俺も知らなかったって前にも言っただろ」
「それがホントかどうか俺にはわからんけどな」
「それを言うならお互い様だろう。こっちだってヴァルキリーが魔法を使えるなんて話は聞いてなかったんだからな」
まあ、結局はそこに行き着くか。
魔法が使える使役獣は貴重らしく、ただでさえ高価な使役獣相場の中でも超高級品として取引されている。
行商人であるおっさんはそのことを知らなかったらしい。
厳密に言えば、今のヴァルキリーの取引価格は適正ではないのかもしれない。
だが、もともとは俺が最初にヴァルキリーが魔法を使えるということを話しておらず、おっさんも知らなかった。
どちらが悪いと言い出しても意味がない話だろう。
ヴァルキリーという使役獣が魔法を使えるということは行商人のおっさんもすでに知っている。
というか、この土地を俺がグルっと壁で囲んだ時点でそのことを知っている人は多い。
さすがに使役獣を連れ歩きながら何ヶ月も壁を建てるために動き回っている姿を隠すことは不可能だったからだ。
だが、ヴァルキリーの取引価格は多少値上げしたものの、高級品としては扱っていない。
俺が最初から角を切り落として魔法が使えない状態で販売しているからだ。
あくまでもヴァルキリーに魔法を使う力があることを知るのは村の連中くらいで、村の外での販売先では普通の騎乗用の使役獣にしか見えないからだ。
村で使役獣の値段の相場を知っている人もいないし、当分疑問に思う人はいないだろうし。
「しゃーねーな。いいよ、出店を許可する。できれば、料理を出す店なんかがあれば嬉しいかな」
なんだかんだと言い合いながらもこの行商人とはそれなりに長い時間付き合ってきただけあって信頼している。
店を出したいと言うのであればそれもいいだろう。
もっとも、こんな物々交換しかしていないようなところで店を出す意味があるのかははなはだ疑問ではあるのだが。
実家を出てから家事に時間を取られているので、せめてその手間を省けるように食事処があると嬉しい。
そんな事を考えていたのだった。
※ ※ ※
「そうだ、ほかにもアルスに言っておきたいことがあったんだ」
「なに? 店を出す場所くらいなら多少は融通するけど」
「そりゃありがたい。だが、そうじゃない。ちょっと嫌な噂を小耳に挟んでな」
「嫌な噂?」
「ああ、この土地のことでな。ここは危険な連中がいるんじゃないかって話になっているそうなんだよ」
「危険なやつ? そんなもんいないだろ?」
「やっぱり、自覚がなかったか。いいか、この話はな、お前のことだよ。お前は危険なんじゃないかって思われてるって話さ」
「俺が? なんでだよ。俺ほどピュアな心を持った清らかで清純な人間なんていないだろ?」
「……お前が自分のことをどう思っているかはとりあえず置いとこうか。ま、とにかくそう思われてるかもしれないってことは気をつけとけよ」
「うーん。さっきのは冗談だとしても、危険なことなんかひとつもしてないはずだけど……。なんでそんな話になるんだろうな」
「あのなあ、お前バカかよ。ここを治めてる貴族様から見たらどう思うよ。北の村に巨大な壁で囲われた要塞みたいなところができたんだぞ。不穏な気配を感じ取っても不思議じゃないだろ」
「でも、この壁は大猪の獣害対策だから今更取り壊したりなんかできないぞ」
「そりゃわかるけどな。ただ、急にできてびっくりしているんだろ。そのうち、ここにも貴族様が見に来たりするんじゃないか? ちゃんと説明しとけよ」
「そっか、わかった。先に聞けてよかったよ。ありがとう」
なるほど。
一応、この土地の許可証なんかはもらっているからある程度の裁量はあるものだと思っていた。
実際、去年の税金を納めるときにはそれほど変わったことは言われなかったように思う。
だが、考えてみればそういうこともありえるか。
俺は次の税の支払いまでにどう理由付けして話したものかと頭を悩ませることになるのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ぜひブックマークや評価などをお願いします。





